第26話 リュージ編26

 暴風雨は嘘のように消え、晴天が広がっている。

 これって倒したってことで良いんだよな?


「姉ちゃん、すごーい!!」


 ほんとに……。

 凄すぎますよ、貴女のお兄ちゃんは。

 

「ふぅ……」


 溜息を交えながら欽治がこちらに戻ってくる。

 

「さすが欽治ね! 女神の加護があってこその力だわ!」


 いや、お前は何もしてないだろ。

 

「きゃ――! 可愛いのに、お強いのね貴女!」

「ああ、貴女は村の救世主ですじゃ! ぜひ、感謝の気持ちを込めて一泊していってくだされ!」


 あの、そいつ男なんですけどね。

 村の取り巻きが騒がしいな。

 ま、あんな強さを見せつけられたら誰でも感激するだろう。


「あ、あのっ! お言葉は嬉しいですが、僕はドラゴン退治をしただけなので」


 そのドラゴン退治が凄すぎるんだが、なんかこいつの前ではドラゴンも雑魚に見えてくる。

 悲しきドラゴンかな。

 

「お疲れ、欽治!」

「あ、リュージさん!」

「姉ちゃ――ん!」

「わぁ、ゆきまで! ん……せつまでありがとう」

「欽治、よくやったわ! さすが、女神の眷属ね!」

「女神様、ご無事だったんですね」


 いろいろと追及をしたいが、まぁ良いだろう。

 この最悪の事態も欽治のお陰で助かったわけだし。


「それにしても、あの怪獣をよく倒せたな」

「そうですね、思っていたより雑魚過ぎました。えへへ」

 

 笑顔で言われてもなぁ。

 雑魚過ぎって……俺には魔王級にしか見えなかったぞ。


「それよりも皆さんはどうしてここに?」


 いや、それをお前が聞くか?


「ユーナや町の住人を助けたあとに凄い怪獣が襲って来てだな……まぁ、徒歩でこの村まで来たってわけだ。それよりもお前こそどうやって、ここに来たんだ?」

「あの山脈から、さっきのドラゴンがこっち方向に飛んでいくのが見えたので、飛んで来たんです」


 え? 

 飛んできた?

 まさか、こいつ某世界的人気漫画のように空を飛べる術があるとか?

 もう万能すぎるだろ!

 俺、必要無く無く無いかっ!


「空を飛べるのか、欽治?」

「いえ、丸太を投げて飛び乗るんですよ。あっという間です」


 それも某世界的人気漫画の暗殺者がしてただろ!


「もう、お前は何でもありだな。頼むからこれからは離れないでくれ」


 こいつはそばに置いておくのがこの世界にとっては最強の安全装置だ。

 もう手放すことはしない。


「え? い、いや……あの僕にも心の準備が……」


 頬を赤らめて言うな。

 ただでさえ見た目は可愛いのに男だから、そんな関係になるつもりはない。


「リュージさ――ん! お待たせしました!」


 お、ニーニャさん無事だったか。

 これでやっと町に戻れるな。


「よし! 後の始末は村の人に任せて俺たちは戻るとするか」

「はい。ユーナさん、お願いしますね」

「早く帰らないとね! 任せなさい! 女神の慈悲において、貴女達を無事に町に戻してあげるわ!」

「はいはい、早くしろ」


 なぜか、ユーナがみょうに落ち着いていない様子だ。

 なにかあるのか?


「えっと、皆さんどこに行かれるんですか?」

「ん? ドリアドの町に戻るんだよ。欽治、お前も来い」

「わかりました。ほら、雪もおいで」

「はぁい! 姉ちゃん!」


 まだ『セツ』の状態だよな?

 欽治の前では素直なんだよなあ。


「早く行かないと! 行くわよ! テレポー……」


 ギュエエ!


 ふぁっ!

 鳴き声?

 あの怪獣は倒したはずだ。

 あそこに真っ二つになった胴体が……。

 溶けてる?

 ドロドロになって元の形が分からないくらいになっている。

 しかも、微妙に動いている?


「やはり。Z指定だけはありますね」


 ニーニャさんが親密な顔をして話す。

 

「どういうことですか?」

「あの首都のモンスターといい、このモンスターといい死なないんです」


 え?

 いや、だって真っ二つになったぞ。


「死なない? どういうことですか?」

「わぁぁ、やっぱり! だから、急いでいたのに! リュージ、日記よ」


 日記? 

 自称マッドサイエンティストのか。

 死なない理由でも書いていたか?


「この世界のモンスターでZ指定の一つ前はD指定モンスターなんですが、その中で厄介なのがスライムなんです」


 ふぁっ!

 スライムが最強種?

 あ、あれだ。

 この世界のどこかにスライムによって統治された町でもあるんだな。

 うん、きっとそうだ。


「スライムが王様の国でもあるんですか?」

「何を言っているんです? スライムは不死のモンスターなんです。斬っても再生、殴っても再生、魔法で焼いても再生の繰り返しなんです」


 え?

 じゃあ、あの怪獣がZ指定と言うのはもともとがスライムだから?

 ……自称マッドサイエンティストォォォ!

 どんなもん、作ってやがるんだ!

 迷惑千万だろ!


 ギュエエエ!

 キューエエ!


 ひぃぃ、再生速度は遅いが確かに再生している。

 真っ二つになった胴体が一つになろうと動いている。


「おい! ユーナ、あいつはどうしたら倒せるんだ?」

「え? 無理よ。もともとスライムなんだから」


 いや、死なないなんてあるわけがない。

 元の世界でも斬っても焼いても死なないクマムシというのがいるが、致命的な欠陥があるのを聞いたことがある。

 踏み潰すだけで死んでしまうという割と簡単な方法だ。

 スライムだって何らかの方法で倒すことはできるはずだ。

 いや、倒せなくても活動を停止させるのは意外と簡単ではないのか?


「ユーナ! 今、お前が発動できる氷魔法の中で永久に融けない氷を作ることはできるか?」

「リュージ、誰に向かって言っているのよ。女神の私に不可能という文字は無いわ!」

「できるんだな? じゃあ、あいつが復活する前に氷で閉じ込めてしまうことはできるか?」

「相手はスライムなのよ? 融けない氷の中にいても生きているわよ?」

「だが、融けない氷なら永久に出てくることもできないだろ?」

「どうかしら? やったことないけど面白そうね! やってみましょう!」

「あ、ユーナさん! ちょっと待ってくだ……」

「フリージングコフィン!」


 カチカチカチ


 ギュエェェェ!


 スライムの周りが氷に覆われていく。

 よし、これでチェックメイトだ。


「どうよ? リュージ、凄いでしょ!」

「ああ、さすがは女神様だな」

「ふふん、もっと褒めなさい!」

「あ、あの……ユーナさん、リュージさん」


 ニーニャさんが小声で呼びかけてくる。


「どうしました?」

「あ、あのスライムにその方法は……」


 ふむ、村の中ではないとしても街道と村の間に永久に融けないデカい氷があるのも迷惑か?

 だが、下手に移動させて氷に亀裂とか入らないとも限らないし……


「はわわわ……リュージ、大変よ!」


 ユーナが氷を指差して叫ぶ。


「あああ、やっぱり」

「ニーニャさん、何かまずかったですか?」

「スライムの身体のほとんどは水なんです。なので、水属性と相性の良い氷属性も与えるのは逆効果なんです」


 え?

 ほとんどが水ってクラゲみたいなものか?

 でも、個体にしてしまえば動くことはできないのでは?


 パキッ!

 パキパキパキ……

 

 ひぇぇぇ!

 氷の中で動けている。

 なんか、氷の中に隙間が出来ているように見えるが、まさか吸収しているのか?


「あのままでは、復活の手助けをしてしまったようなものですね。おそらく、あと2~3時間以内には元の姿に戻ると思います」


 やってしまったぁぁぁ!

 俺の采配ミスだ。

 それじゃ、あの怪獣が再生して結局この村は壊滅か?

 俺たちは逃げる時間があるが、今後の脅威になることは間違いないぞ。

 こんな存在は今の内に何とかしておかないと。


「欽治! 復活する前に粉々にしてしまえ!」


 ……ん?

 欽治がスライムを見て興奮している?

 

「はわわわ! 素晴らしい! 素晴らしいドラゴンです! こんなのと戦って見たかったんです!」


 またハンターモードになってる!?


「欽治、ダメだ! 今すぐ攻撃を……」

「おい! てめぇ、姉ちゃんの邪魔をする気か? ああん!?」


 あ――、もう。

 せつに逆らっても強制に支配されるだけだし、欽治は再生が完了するまでは攻撃する気ないんだろうなぁ。

 相手が完全に回復してから、また戦うってか?

 

「「ああ、救世主様! ぜひともこの村をお助けください!」」


 村の住人は欽治に頼りきっているな。

 だが、こんな消耗戦なら体力の限界がある欽治のほうが負けるに決まっている。

 スライムの弱点ってあるのか?

 たまに出るアニメとかなら核となるものがあったりするんだが。


「ニーニャさん、スライムに核のようなものは?」

「無いです! 本当にスライムは最強種なんです!」


 この世界のスライムは核がない種類ってことか。

 残り時間は早くても2時間か。

 欽治にも少しは休憩できる時間があるってことか。

 粉々にしてしまえば、次の復活まで早くても1日だと仮定すると。

 欽治にも1日の休息はできるわけか。

 それってずっとここで欽治VSスライムが続かないか?

 いや、欽治はこれから手の届く範囲に置いておきたい存在だ。

 今の内に何とかしないと。

 

「はわわ……あっ!」


 ん? 

 欽治の様子がおかしい。


「ちょ、ちょっとお花を摘みに」


 顔を赤らめて、そんなこと言うな!

 

「トイレ? 私も!」

「姉ちゃん、あたいも――!」


 お前らはもっと恥じらいを持て。


 ごく


 ん?

 ごくごく民いるのか?

 見えないから、わからないな。

 ま、役に立たない奴らだ。

 放っておいても別にいいだろう。


「さすがは救世主様だわ! 賢者様を召喚なさるのね!」

「これで、村は救われた!」


 え?

 何言ってんの?

 村の住人、おかしくなったか?


「救世主様のマル秘シーンを妄想するのじゃ!」

 

 そんなもの想像したら……うえっぷ!

 

 ごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごく

 ごくごくごく

 うぇ


 ギュエエエエエ!

 キュ――!


 氷ごとスライムの身体がどこかへ消えて行く。

 何が起こってるんだ?

 それより、どこに消えて行ってるんだ?


「ふぅ――、すっきり……えええ! ドラゴンが!」

「いやぁぁぁ!」

「姉ちゃん、すご――い!」


 欽治も驚いている。

 ユーナは相変わらず凄い嫌な顔をしていた。

 いや、俺も驚くわ。

 もう跡形もなく、消えてしまっている。


「さすが賢者様だ!」

「これも救世主様のお陰ね!」


 村の住人は凄く喜んでいるが正直、何が起こったのかよくわからない。

 後からニーニャさんに聞くと、ごくごく賢者がスライムを欽治のアレと勘違いして飲み尽くしたそうだ。

 なんだよ……それ!

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