第20話 リュージ編20

 俺はユーナたちと露天風呂へ向かい、入り口前で別れた。


「リュージ、お風呂あがったら、アワアワ一気飲み大会よ!」

「へいへい」


 思いっきり飲ませて、酔ったところですぅんごぉいことをしてやる。

 それより、露天風呂か。

 うん、湯気で夜空が見にくい。

 ここの温泉、少し温度が高いんだよなぁ。

 疲れが取れるが同時に出汁も出ている感じだ。


『ごく』


 ん?

 なんか変な声が聞こえたような。

 気のせいか。


「リュージ! そっちに石鹸ある!?」


 おいおい、他の客もいるんだ。

 そんな大きな声出すなよ。


「あるぞ」

「こっちに投げて頂戴! 無くなっていて身体洗えないのよ!」

「そっちに他の客はいないのか?」

「私と雪だけよ! だから気にせず投げて!」


 うわぁ、他の客がこっちを見てるよ。

 さすがに思いっきり投げるわけにはいかないから、柵の傍まで行って軽く投げることにした。


「あら? ユーナさんと雪ちゃん?」


 この声はニーニャさん?

 なぜここに?


「あら? ニーニャんじゃない。貴女は別の旅館でしょ?」

「ええ、その旅館のご主人がここの露天風呂が村で一番広いから行ってきなさいと言われまして……」


 ナイスだ!

 その旅館のご主人。

 ちょうど、俺は柵の近くにいる。

 しかし、これは石鹸を向こうの秘境に渡すためだ。

 決して覗くつもりで柵に向かったわけでは無い。

 だが、石鹸を投げて渡すというのもいかがなものか。

 そうだ、柵の下2cmほどある隙間から転がして渡すとしよう。

 向こうにしっかりと届くか見極めるために無理な体勢を取ることになるが。

 これは覗きでは無い。

 もし、見えてしまったら、それはたまたまなのだ。

 そういえば、ユーナもニーニャさんをニーニャんって呼ぶんだな。

 ちくしょう、俺も呼びたい。

 

「リュージ! 早く石鹸投げてよ――!」

「え? リュージさん、いるんですか?」


 あの馬鹿!

 これで覗き……じゃなく、たまたま見えちゃいました作戦が台無しだろう!

 

「柵の下から渡すぞ、ちゃんと拾えよ」

「お兄ちゃん、ちょうだい――!」


 柵の下から雪ちゃんの手が出てきた。

 さすが、子どもだな。


「はい、雪ちゃん。落とさないようにな」


 そう言って、雪ちゃんの手に石鹸を渡した。

 これで覗き……じゃなく、ニーニャさんの美しい裸体を拝めるのは無くなったか。


「お兄ちゃん、ありがと――!」

「おう」

「雪、走ると転ぶわよ」


 よくよく考えると部屋にも露天風呂があったんだよな。

 夜中に入りたくなったら、入ってみるか。

 丸出しになるが、俺は気にせん。


「女神ちゃん、洗ってあげる――!」

「わっ! ちょっと、雪どこ触ってんのよ!」


 仲の良いことで。

 男湯にいる客が鼻の下延ばしている。

 本性を知ったら幻滅しますよ。

 見た目は良いけど。


「それ! 仕返しだ!」

「わぁ! 女神ちゃん、くすぐったい――!」

「ニーニャんも洗いっこしましょ!」

「きゃっ! ちょっと、ユーナさん!」


 アカン!

 想像してまうやないか!

 俺の一部も元気になってきよるがな!

 他の男性客も微妙に元気になってきているような。

 いや、まじまじと見ませんよ。

 気持ち悪い。

 後であいつらに他の客がいる前では絶対やるなよって言っておこう。


「さぁ! 雪、ニーニャん! どれだけ長く浸かってられるか勝負よ!」

「負けないもん!」

「わ、私はちょっと遠慮しますね」


 長風呂対決って、この熱い温泉でよくやる。

 のぼせても知らんぞ。


 ゴーン! 

 ゴーン!


「ん? 鐘の音? あぁ、9時か」


 鐘の音が村中に響き渡る。

 夕方の3時や5時なら分かるが、9時に鐘って……。

 異世界だから良いのか?

 気にしたら負けか。


「あれ――! 女神ちゃん、こんなところにホクロある!」

「え? どこどこ?」

「ここ――」

「きゃ! くすぐったいじゃない! 悪い子には、こうだ――!」

「あはは! 面白い――!」


 おいおい、浴槽で暴れるなって!


『ごくごくごく』


 ん?

 また、変な声が聞こえたが鼻の下を伸ばしてる男性客じゃないようだ。


「きゃあ! 何かいる!」

「女神ちゃん、お湯が少し減っていない?」

「おい、どうした?」

「リュージ! さてはあんた!」


 ユーナが声を大にして俺に言う。

 俺は大人しく入浴していたぞ。

 とやかく言われる筋合いはない。


「何だよ?」

「アンタ! 妄想したでしょ!」


 は?

 妄想?

 そりゃあ、隣でキャッキャウフフされると、少しはその場面を想像してしまうが。


「それがどうした?」

「奴らが来ちゃうじゃない!」


 奴ら? 

 誰だ?

 何をわけのわからないことを言っている。


「誰が来るんだよ?」

「駄目、口に出すのも恐ろしいわ! この状況じゃ!」

「ユ、ユーナさん。あれは実害は無いので……」

「何だよ、気になるだろ?」

「後で教えてあげるわよ、あんたはさっさと上がって! また奴らが来ちゃうから!」


 何だよ。

 俺だってゆっくりしたいんだよ。

 あっちからは見えないし、無視しておくか。

 黙っていれば、勝手に上がったと勘違いするだろうし。


「女神ちゃん、立ったら反則だよ――」

「え? あ、そうね!」

「それにしても、女神ちゃん。猫のお姉ちゃんよりおっきいね」

「ちょっと、雪ちゃん! 恥ずかしいこと言わないでください!」

「な!? 雪だって、まだ子どもなのに少し出てきてるじゃない!」


 な……んだと!?

 まだ8歳なのに、少し出てきているだと!?

 妄想しちまうじゃねーか!


『ごくごくごくごくごくごく』


 ん?

 また、変な声が?

 一体どこから聞こえるんだ?


「きゃぁぁぁ!」

「や――!」


 どうした?

 痴漢がいたのか?

 俺が居ることを知ったら、いろいろ言われそうだし黙っておくけど。


「リュージ! そこにいるんでしょ! 妄想をやめなさい!」

「女神ちゃん、さっきの何だったの?」

「あれの数、多そうですね?」


 妄想してしまったが黙っておこう。

 また言われの無い罪を着せられるのも面倒だ。

 それにニーニャさんもいるんだし。


「あれ、居ないのかしら?」

「女神ちゃん、お湯がまた少なくなってるよ?」

「これはやっぱりあれですね」


 お湯が減る?

 源泉かけ流しだろ?

 脱衣場で温泉成分表に書いてあったぞ。

 女湯が壊れてるんじゃないのか?


「すぐにいっぱいになるわよ。気にせず浸かりましょ」

「うん」

「私はそろそろ上がりますね」


 あっ、ニーニャさん上がってしまうのか。

 早いな。

 猫だから熱いのに弱いとかかな?

 ユーナたちもさっきまでの元気さが無いな。

 ま、静かに浸かるだろうから放っておこう。


 それから1時間ほど、あいつらは静かに浸かっているようだ。

 俺はそろそろ上がるとしよう。

 さすがにのぼせそうだ。

 脱衣場に行き、バスタオルで身体を拭きながら壁に貼っているポスターなどを見る。

 村興しも大変だな。

 いろんな名産品を出している。

 温泉饅頭から始まり、木彫りのドラゴン?

 ちょっとカッコいいじゃないか。

 土産屋はこの旅館の中にもあったな。

 後で寄ってみるか。

 ん、出没注意?

 熊か? 

 まあ、田舎だしな。

 お風呂場での妄想はお控えください?

 ここでもか。

 妄想くらい自由だろうが。

 そもそも何が出没するのか書いてないし、わけわからん。


 浴衣を着て、そのまま土産屋に足を運ぶ。

 ドラゴンの木彫りが目にはいった。

 いろんな種類があるな。

 飛竜、ドレイク、ヒドラ、おいおいバハムートまであるのかよ。

 まさか、この世界じゃ現実にいるのか?

 一番大きい木彫りがヨルムンガルドか。

 これを欽治が倒したって、あいつこそ勇者で良いんじゃないか?


「それでね、賢者様が出たのよ」

「えっ? 夕食後に?」


 また賢者の話か。

 宿泊客二人が土産を見歩きながら話をしている。

 情報があるかも知れないし、聞き耳を立てて様子をうかがう。


「やっぱり、賢者って言われることはあるわね」

「そうでしょ。私も会ったことあるけど凄いわね」


 ふむ、凄いのか。

 え、何が?

 そこ、詳しく!


「そういえば、ついさっき露天の女湯に出たんですって!」

「まぁ、入らなくて良かったわ」

「賢者様はともかく、あれはねぇ」

「でしょう。あたくしも一度被害に遭ってしまったわ」


 ユーナが言いかけた奴か?

 だが、どいつもこいつも名前を言ってくれないと気になるだろ!

 まぁ、男湯には被害無いみたいだし別にいいけど。

 おっと、あいつらも上がってきたようだな。


「リュージ、お待たせ!」

「お兄ちゃん、あたし勝ったよ!」

「おやぁ? 女神様、負けちゃったんですか? プップー」

「違うわよっ! 負けてあげたのよ!」

「はいはい」

「お兄ちゃん、ジュース飲みたい!」

「私たちはアワアワよっ! 勝負よっ! リュージ!」

「お前、本当に勝負好きだな」


 オレンジジュースと缶アワアワを買い、三人で部屋に戻ることにした。

 「奴」のことユーナに聞いておかないとな。

 気になるし。


「ユーナ、さっきの奴って誰のことだ?」

「え? あ、ああ……それね。気にしないで良いわよ」


 おい、教えろって!

 余計に気になるだろ。

 風呂場の張り紙やさっきのおばさんたちの会話で余計に気になっているんだよ。


「遠慮するな。教えろ」

「嫌! あれはね……声に出すのも恐ろしいの!」


 おいおい、さらに隠すのかよ。


「いやいや、気にするな。教えろ」

「駄目だってば! 今、この瞬間も見ているかも知れないのよ!」


 ほう、忍者みたいな痴漢ってところか?


「女神ちゃん、上がるときにも出たよね?」

「雪! 絶対に思い出しては駄目よ!」

「う、うん」


 なんだよっ!

 雪ちゃんも知ったのか!

 俺だけ知らないって、余計に気になって仕方なくなるだろ!


「気になるから教えくださいよぉ、女神様ぁ」

「駄目だってば! 家に帰ってからこっそり教えてあげるから!」


 ふむ、テレポートで明日には帰れるだろうし我慢してやるか。


「わかったよ。明日、帰ったら絶対に教えろよ」

「貴方も私の家に来たときに被害に遭いかけたのよ」


 え?

 何かあったか?

 覚えてないが……。


「そんなことより、飲むわよっ!」

「イェーイ!」


 雪ちゃんもノリノリだな。

 可愛いから許すが。

 三人で部屋に戻るのだった。

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