第9話 リュージ編9
「リュージさぁぁん! 大丈夫ですかぁぁ!」
遥か向こうから欽治が手を振ってこちらにやってくる。
あの姿、どう見ても超絶可愛い美少女にしか見えない。
だが……全国の萌え豚共よ、恐怖しろ。
男だ。
「何たる美少女! ヒャッフー!」
杏樹は周囲を警戒することなく物凄い早さで欽治のほうへ向かって行く。
俺も後に続き欽治と合流する。
だが、この変態は一体どうしたものか。
肉壁に使えると思っていたが期待しすぎた。
自ら興味を持ったモンスターにしかヘイトを取らないため壁としての利用価値がなくはっきり言って使えない。
いや、それでも注意を惹きつけてくれるなら良いのだが興味がなくなると俺にヘイトを集めるという暴挙までやってくる。
欽治が合流した今、この変態の利用価値は首都への道案内ぐらいだがどうしたものか。
「きゃぁ! 何をするんですか?」
「ああ――! 可愛ええ! 可愛ええよぉ! お持ち帰りしたいよぉ!」
杏樹が欽治を抱擁し顔を当てて頬擦りしている。
「欽治、先程は助かった。ありがとな!」
「い、いえ。それよりもこの方は?」
「ああ、武者小路杏樹さんだ」
「はわわわ! きゃわいいよぉ! おっ持ち帰りぃ――」
あかん、それはパクリだろ。
ってか、人の話を聞いていない。
「あの……女神様は?」
「そのことなんだがな、手を貸してほしい」
俺はこれまでの経緯を欽治に話した。
欽治は何らためらうことなく即答して了承してくれた。
「それより、ドラゴン討伐は成功したのか?」
「はい! それがですね、まさか、ヨルムンガルドと出会うとは思えませんでしたが一撃で討伐できました!」
………………。
こいつ、強すぎだろ。
一撃って何だよ!
ワンパンかよっ!
某少年誌の強すぎヒーローかよっ!
「ふむ! 素晴らしい! さすが、私のキンちゃんだ!」
いえ、貴女のものではないですけどね。
それよりも欽治って名前で男であるとは思わないのか?
ま、この格好だからな。
下手なこと言うとどうなるか分からないし黙っておこう。
「そうだ、欽治。この山で飛竜を見なかったか?」
「飛竜ですか? 頂上付近に大きな巣があることはわかりますが、何の巣かは」
何の巣かわからなくても行ったほうがいいよな。
他に探しようがないんだし。
「そうか、さっそくで悪いんだが飛竜が必要なんだ。そこへ道案内を頼めるか?」
「わかりました。離れないように付いて来てくださいね。えっと、杏樹さんそろそろ離れてもらえませんか?」
「断る!」
まったく、こいつは。
俺は杏樹に欽治を背負うことを提案した。
「な! なんてことだ! はわわわ! こいつは良い! 欽ちゃんの体温が! 私の背中に! くぅ――! 最高だ!」
はいはい、良かったな。
欽治はなぜおんぶされるのか理解していないが、大人しくしているし説明はしなくていいだろう。
「えっと、こっちです」
「頼む」
「はわわわ! 欽ちゃんの息がうなじに当たって……これは濡れる!」
こんなところで発情するなよ?
変態、ここに極まれりだな。
俺たちは飛竜の巣を目指して進むことにした。
そういえば、杏樹がこの山にもう一人誰かがいることを言っていたな。
「おい、杏樹。さっき言っていたもう一人の美少女はどうなっている」
「それなんだがな。なぜか頂上付近から匂いがするのだ」
この強風の中でよく匂いを感じられるなと突っ込みたいどころだが。
頂上か……目的の場所もそこだし、余計な寄り道をしなくて済むならそれに越したことはない。
それにしても風が強いな。
森林限界っていうやつか、辺りに木々は立っていない。
ときどき、足を滑らしハラハラしながらも山頂を目指す。
モンスターとも遭遇するが杏樹が敵の注意を惹き、その隙に欽治が一撃で倒す。
それが何度か続く。
この二人がいると俺は戦闘に参加しなくていいので助かる。
ま、こいつらを見ていると戦闘で役に立てそうも無いんだけど。
さすがに一日で頂上にたどり着けるわけでもなく、日が暮れる前にどこか休める場所がないか探索することにした。
思いのほか簡単に洞窟を見つけ、そこで一夜を取ることになった。
相変わらず杏樹は欽治にべったりだ。
欽治も杏樹の胸の中で深い眠りに入っている。
それにしても寝顔も極上に可愛いな。
……だが男だ。
外は段々と吹雪になっていく。
焚火の火を絶やさないように小枝を入れていく。
「……お父さん、
欽治が寝言を言っている。
ゆき?
家族かな?
この年齢だ。
家族が恋しいのだろう。
それにしても寝顔を見るとヤバい衝動に襲われる。
ちくしょう、女じゃないのが本当に悔やまれる。
ゴォォォォ
外の吹雪がかなり強い。
下手に寝てしまうと焚火が消えて凍死なんてことになるかもしれない。
この二人のどちらかが起きたら見張りを交代してもらおう。
静寂が辺りを包む。
俺はなぜこの世界に召喚されたのか考えたくもないが、そればかり脳内を過る。
世界を救うなど柄ではないし正直な話、この二人がいれば事足りそうだ。
俺にも何か役割があるのだろうか?
面倒なのはお断りだが、この異世界に来たことに意味があると信じたい。
無いならさっさと元の世界に戻せ。
俺はスローなライフを望んでいるんだ。
この世界でもできないことはないだろうが……。
それと勇者の存在、あれはどう見ても世界を滅ぼす側だろ。
魔王と間違ってるんじゃないのか?
「一体、どうなるのだろう」
俺はポツリと言葉をこぼしてしまう。
それにしても、この二人ぐっすり寝ているな。
起きそうにないし、こりゃ徹夜になるかも。
焚火が心地良く俺も眠気に襲われる。
なんとか耐えていたがやはり睡魔に勝てるわけなく眠ってしまった。
「う……ううん」
外が明るい。
もう朝になっていたのか。
焚火が消えている。
危ねえ、どうやら凍死はせずに済んだようだ。
「おい、二人とも起きろ!」
欽治はまだ育ち盛りだから別として、この変態はいつまで寝てるんだ。
幸せそうな顔しやがって。
「ふぁぁ。あ、リュージさん。おはようございます」
「おはよう、早速出発するぞ。杏樹も起こしてくれ」
「杏樹さん。杏樹さん。起きてください。行きますよ――」
「ん、んんん」
むほぅ、色っぽい……だが、変態だ。
惑わされたらアカン!
「ああ、おはよう。私の欽ちゃん」
バフッ
「はふぅ。杏樹さん、苦しいです!」
また、欽治に抱き付く。
なんか木にしがみつくデカいコアラみたいだ。
いや、ゴリラか?
「さて、急いで飛竜を捕まえてあいつらの後を追うぞ」
「今日はとても良い日ですね。風も無く一気に山頂まで行けそうです」
「そうでなきゃ困る。ほら、急ぐぞっ!」
昨日の悪天候で足止めを食った分、今日は急がなければ。
足早に山頂を目指す。
キュエエ!
「おい、あれを見ろ! 飛竜だ!」
「わぁ、可愛いですね」
上空を優雅に飛んでいる。
可愛くは無いが……。
飛竜が洞窟へ入ろうとしている。
あそこが飛竜の巣か。
近くから煙が出ているところを見るとこの山は火山なのだろう。
地熱で卵でも温めているのだろうか?
どちらにしても急がねばならない。
「むっ! あの洞窟から美少女の匂いがっ! 欽ちゃん、しっかり捕まっているのだぞ!」
「は、はい!」
凄い早さで洞窟へ向かって行く。
相変わらず元気というか何というか。
俺も後を追い洞窟へ向かう。
洞窟の入り口へ着いたが、いきなり分かれ道だ。
足元はゴツゴツした岩であの二人がどっちに行ったか判断が付かない。
せめてどっちに進んだか目印くらい残しておけよ。
変態と脳筋だ。
気が回るはずもないか。
キュエエエエ!
キュエエエエ!
飛竜の鳴き声が聞こえる。
一頭では無い。
二頭?
先行した二人が気になる。
やられることは万が一も無いだろうが、逆に欽治が飛竜を真っ二つにしてしまったら元も子もない。
どちらかというと飛竜のほうが心配だ。
「ウオラァァァ!」
ん?
誰かバトってるのかな?
ヤバい!
飛竜をやられたら、たまったもんじゃない。
声がする方向へ行ってみる。
洞窟内は外に比べ格段に温かい。
いや、暑いほどだ。
やはり、火山なのだろうか。
周りの岩も温かく、地面の岩に限っては熱いくらいだ。
「ウラ! ウラ! ウラァァ!」
キュエエエ!
誰だろう。
えらく乱暴な声だな。
「オラ! オラ!」
キュ――!
広い場所へ出た。
縦方向にも穴が広がっており上を見上げると空が見える。
なるほど、飛竜の巣にしては持って来いの場所だな。
下へも穴が広がっている。
声は下からするようだ。
覗いてみると飛竜に跨っている人が見える。
いや、子どもか?
「オラ! オラァ!」
飛竜の頭をポコポコ殴ってやがる。
無邪気だな。
足場に気を付けながら洞窟を下り、子どもに声を掛けてみる。
「すまない。飛竜に用があるんだ」
「アアン? 誰だよ? あんちゃん、この飛竜はあたいのもんだっ!」
こいつぅ!
なんて生意気なガキだ!
「オラ! オラ! あっ!」
ゴツン!
飛竜が動くと子どもの体勢が崩れ飛竜から落下する。
頭から落ちたぞ、大丈夫か?
「び……びぇぇぇぇぇ! お姉ちゃぁん!」
おいおい、こんな所で泣かれても何もできないぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます