第8話 リュージ編8
あの山脈にはヨルムンガルドとかいう怪物がいるらしい。
そんな危険な場所にわざわざ足を踏み入れるなんて馬鹿くらいだろ?
しかし、同時に山脈に行かないと目的の飛竜にも会えない。
どうすればいいんだ。
奇跡などに頼る気などないが少しだけ入山し、欽治を優先して探すことにするか?
それか普通に街道を通り首都に向かうか……。
いや、この方法は時間的な問題で無しだ。
だが、欽治があの山脈にいる可能性も確実ではない。
すでにドラゴン討伐を果たして別のモンスターを探しているかも知れない。
くそっ!
どうすればいいんだ?
「くんくん! すんすん!」
何をしているんだ、この変態は。
「むきゅぅぅぅぅ! これは!」
貴女、傍から見ると本当に危ない人に見えますよ。
俺は恐る恐る杏樹に何をしてるのか聞いてみた。
「おい、何をしているんだ。」
「美少女だ」
ふぁっ!?
美少女?
どこだ?
辺りを見回してもどこにも美少女どころかモンスターの影すら見えない。
「あの山に私の美少女が二人いるかも知れない」
何を言ってるんだ。
ノルン山に美少女二人?
あんな雪深そうな山に……。
ん?
一人は欽治のことか?
こういう変態は意外なところで凄まじい能力を発揮する。
もはや、お約束だ。
一人は欽治だとするともう一人は誰だ?
「山頂付近に可愛い振袖を着た15歳くらいの超絶美少女がいる。美少女の匂いがするのだっ!」
出た――!
女の匂いの上位版。
美少女の匂い!
どんな匂いだよっ!
あのならず者もそうだが女好きには女の匂いが分かるのか!
俺もくんくんしてみてぇよ!
それより服装とか分かるとかどんな超能力なんだ。
「むっ! これはっ! 血の匂い……もう一人の美少女は怪我をしているのか! 私が助けに行くぞ! 待っていろっ! きゅふふふ!」
俺を置いて物凄い勢いでノルン山のほうへ走って行った。
もう、嫌な事しか想像できないが一人は欽治なら願ったり叶ったりだ。
俺も戸惑いながらも杏樹に付いて行くことにした。
カビル山脈で最高峰を誇る山。
それがこのノルン山だ。
麓に来てみてわかるが圧倒的な迫力でいかにもドラゴンの住処に最適な場所だと感じられる。
「さぁ! 私の美少女が助けを求めている! 行くぞっ!」
「いいか! 絶対に先行するなよっ!」
雪が進むごとに深くなっていく。
3時間ほど登り、今では前に進むのも足が雪に埋もれて体力が奪われるくらいの深さになっている。
さらに強風が吹くたびにホワイトアウトが起き、辺りがほとんど見えなくなってしまう。
本来ならロープでお互いを繋ぎ、それなりの雪山装備が無いと入山そのものが無理なのだが、もちろんそんな準備はしているわけでも無く、急遽残っているステータスポイントで感知魔法ディテクトを覚えた。
ディテクトは敵感知だけで無くアイテム感知や視界が悪い場合は付近の仲間の位置も感知できる優れた魔法だ。
離れすぎると感知できないがホワイトアウトで視界が無い場合は十分頼りになる。
5分ほどで効果が切れてしまうため、杏樹を見失ったときくらいで使用しなければMPが足りなくなってしまう。
「ガァァァァァ!」
「おいっ! リュージ! モンスターだっ!」
まさかの奇襲!?
ディテクトを使っていないときに遭遇してしまった。
こいつは雪の中を進んで来たのか?
アナライズをかけてモンスターのステータスを見てみる。
アイスコング?
レベルは俺たちより格下だな。
だが、攻撃力が高い。
ビッグモス戦で敗走した俺だ。
こんなのに勝てるわけないだろ。
こんなときこそ壁になる杏樹の出番だ。
「はぁぁぁ! ヘイトアテンション!」
杏樹が注意を惹く魔法を唱えてくれた。
さすがだな。
戦い慣れている感じがする。
「さぁ! 私を昇天させてくれっ! く――!」
本当に変態はどこでもブレないらしい。
アイスコングが杏樹に飛び掛かる。
だが、杏樹は全く避けようとしない。
ザシュ!
アイスコングの引っ掻きが杏樹の身体を引き裂く音がした。
だが、さすがの防御特化。
まったくの無傷だ。
HPも減っていないとか硬すぎる。
「ふむ、期待外れか。リュージよ、後は頼む。ヘイトアテンション!」
ふぁっ!?
俺に向けてヘイトアテンションを放つ杏樹。
「ガァァァァァ!」
アホかぁぁぁ!
何しやがる!
ほら――!
アイスコングが俺に狙いを定めていらっしゃるだろ!
「ひぃぃぃ! おい、こら! 杏樹、何してくれてんだ!」
「なんだ? そんなクズも真面に相手出来ないのか?」
「できるわけねぇだろ! 俺はまだ本格的な戦闘は初めてなんだよ!」
呆れ果てた顔で俺を見る杏樹。
アイスコングが俺に向かって来る。
ヤバい!
この強風で弓が全く当たらない。
短剣での攻撃に切り替えるしかないか。
でも、怖いんですってば!
「ガァァァァァ!」
先ほどと同じ爪での引掻き攻撃だ。
タイミングを間違えば大怪我だ。
いや、最悪命を落とす。
よく見ろ、俺!
アイスコングが猛烈な勢いで殴り掛かって来る。
やっぱ怖いって!
シュッ!
ん?
外した?
俺は無我夢中で攻撃態勢を取る。
「うおおお!」
短剣のスキル、ツインリッパーを放ってみる。
相手に2連撃の斬撃ダメージを与える技だ。
ザン!
カキン!
えっ!?
2連撃目が弾かれた!?
アイスコングの毛皮の下は氷に覆われていた。
そんなのわかるかよ!
レベル下だと思って油断した!
「ガァァァァァ!」
アイスコングの傷は想像以上に浅く、今度は噛みつき攻撃を繰り出してきた。
あ、死んだ。
やはり無謀だったか。
お母さん、もう一度カレーライスを食べたかったです。
ガブッ!
………………。
あれ?
生きている?
見上げてみると杏樹にアイスコングが噛みついている。
「ふむ、やはり弱いな。私より弱い奴に昇天させられても何も嬉しくないのでな」
守ってくれたのか?
いや、そんなことはどうでもいい。
「武者小路流格闘術! 轟!」
格闘術?
一応は戦えるのか?
アイスコングの目に向けて杏樹の左ストレートが決まる。
いや、手がグーではなくチョキ?
ま、まさか!?
「グガァァァァァ!」
すげえ!
目潰しって格闘技じゃ反則だよな。
ためらわずにやるとは……。
しかし、眼球までは氷で覆われていなかったようだ。
「ガァァァァァ!」
だが、余計に怒らせてしまったようだ。
どうする?
ちょうど、無風になっている。
弓で援護くらいしてやるか。
「杏樹! 注意を引き付けてくれっ!」
「断る!」
いやん!
即答かよ!
「ふざけるなっ! 美少女を助けたいんだろっ! こんな所で時間を食ってる暇ないだろう!」
「む? そうだった! 私の美少女を助けなければっ!」
こいつもチョロいな。
………………。
ふぁっ!?
え?
えええ!
杏樹は俺を置いて山頂へ向けて走り出した。
「ちょっと待てぇぇぇい!」
「ガァァァァァ!」
しまった!
大声を出してしまったことでアイスコングが再び俺に襲い掛かる。
そのときだった。
ドシュ!
大きな太刀がアイスコングの頭部を貫通する。
なんだ?
何が起きた?
ん?
この太刀は見覚えがある。
欽治の太刀だ。
しかし、肝心の欽治が見当たらない。
太刀に羊皮紙が括り付けており、何か書かれている。
「えっと、今から取りに行きますので少し待っていてくださいね?」
「おいっ! リュージ! あそこに美少女だ! はわわわ! 私の美少女だっ!」
遠くに人の姿が見える。
しかし、まだ豆粒ぐらいの大きさだ。
俺にはまだ誰なのか判別が付かない。
「はわわわ! 振袖姿の美少女だぁ! ヒャッフー!」
えええ!?
まさか、あそこから投げたのか?
この太刀を!?
それで運良くアイスコングの頭を貫いた?
有り得ない。
羊皮紙の裏にまだ何か書いてある。
「神倒の型、荊鬼剣です」
関東?
茨城県?
あ――。
このダサいネーミングセンス、欽治だわぁ。
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