7 エリアスside⑥
「これは、エリアス殿下。また面会ですか?」
「いや、牢番を呼んでくれるか?」
塔の門番に話を通し、私の前に連れられてきた牢番の表情を見て、私は言葉を失った。
感情を伴っていない、どこか焦点の合わない目。
そうだ。
これは以前私が精神を操られかけていた時の表情と同じ。
よく見れば、牢番だけでなく、門番も同じような表情をしていることに気付いた。
こんな状態の彼らに、話をして通じるのか。
「……彼女、ユリーナを解放せよ。これは国王陛下からの命でもある」
私の言葉に彼らはカッと目を見開いた。
「何を言ってらっしゃるんですか!殿下!?あの女は我らの聖女様を害したんですよ!?」
「国王陛下の命だなんて、そんなの信じられません!!」
普通なら、王太子である自分が言っているのだ、そのまま命に従うだろう。
それも国王の命令だとも断言しているのだから、尚更に。
だが彼らは頑なに命令を拒否する。
「陛下の命に逆らうのか?」
「っ、たとえ本当に陛下の命だとしても、聞くわけにはいきません。聖女さまからも、あの女を決して牢から出すなと言われてますから!」
「陛下に逆らってお咎めを受けたとしても、俺達は何も怖くありませんよ。聖女さまが俺達を守って下さるそうですから!」
エリアナが、彼らを守る……?
ハッ、そんな事があるわけがない。
だが彼らは彼女を妄信的に信じている。
そんな彼らにこれ以上言っても無理なのはわかっていたが、
これ程までにエリアナの影響が大きいのかと思うと、どうにも出来ない己に嫌気がさす。
こうなれば、エリアナ本人を説得するか、屈服させるしか方法はないだろう。
それには影武者では荷が重いだろう。完全にエリアナに支配されてしまっていることも含め。
私は影武者が一人になった所を見計らい、彼に掛かっている幻惑魔法を解く。
催眠で兄上の所に行くよう仕向け、
私はそのままエリアナの所へ向かった。
私もまた操られるかもしれない。
だが、何もしないでいることはもっと出来ない。
まずは、説得からだ。
◇◇◇◇
「……もう、彼女を解放させてあげてもいいのではないか?」
「エリアスさま?何でそんな事言うんですか~?あたし、あんなに怖かったのに………」
態とらしい態度に顔が顰めそうになるのを堪える。
「彼女は、今魔法を使うどころか、体力も落ちて気力もないそうだ。もう充分だろう」
「…………」
「どうした?」
「……おかしい。今までエリアスさまはいつもあたしの事なら何でも聞いてくれた。」
「!!」
自分の背中に冷や汗が流れる。
「ねぇ………エリアスさま?エリアスさまはあたしを愛してるのよね?いつもそう言ってくれたもの。」
影武者の彼はそんな事まで言わされていたのか……
この後の展開に簡単に予想がつく私には恐怖でしかない。
「………あ、あぁ、そうだ」
「じゃあ、愛してるって言って。」
「…っ、あ、あい………………っ!」
やはり無理だ、ユリーナ以外に愛しているなど言えない。言いたくもない!
そう思って歯を食い縛っていると、エリアナの顔が歪んだ。
「……やっぱり、魔法が切れたのね!………ふふ、でも大丈夫。またあたしを愛するようにしてあげるから……」
呪いの力が、魅了が私の頭を攻撃する。
「っぐぅぅ、」
やはり、己の抵抗魔法の効力が呪いより下回っているのか効果がない。
だめだ、だからと言ってこのまま支配される訳にはいかない!
抗って、抗って。
気を失い、倒れる瞬間、また視界の隅にあの男が目に移った。
◇◇◇◇
「……大丈夫か?」
「お前は………」
以前にエリアナと話していたあの男だと思っていたが、
よくみると違和感がある。
よく似ているが違う。
「……誰だ?」
あの男に似ているというのに、不思議と自分から敵意が沸いてこない。
周りを見渡せばその場にエリアナはいないようだった。
「…俺の片割れが、悪いことをしたな。アイツはもういないから安心しろ。」
口調はとても穏やかなのに、目の前の男からは圧倒的な力の差を感じ、知らず体が震えた。
「そんなに怯えるなよ、悪いようにはしない。……まあ、彼女を牢から出すのは誓約があるから俺にも出来ないが……
そうだな、その代わりと言ったら何だが、あの女からの魔法に今後掛からないようにしてやろう。」
「!?何故、そこまで?」
「……あの方からの、お前への罪滅ぼしみたいなものだ。気にせず受けとれ。」
「あの方……?」
「お前のよく知る人だ。……それより、国王も少なからずあの女の魔法に掛かってしまっている。
あまりそっちには期待せず、後はお前の力のみで頑張るんだな。」
そう言って大きな黒翼を背中に広げ、男は消えた。
やはりただ者ではなかったか。
とにかく、父上も宛に出来ない、エリアナの説得も無理となれば、エリアナを屈服させる以外ない。
現段階で、エリアナの背後関係は、関わっていた貴族全ての汚職の証拠を集め終え、あとは提出しまとめて静粛させるだけになっている。
今この場で完全に呪術を解呪することも可能だが……
ユリーナが囚われている以上、おいそれと解呪すべきではないだろう。
エリアナはユリーナを処刑したがっている。
ならば、その時に牢から出される筈だ。
その時が最大のチャンスだろう。
私はユリーナを助け出せない事に歯痒く思いながら、魔法に掛かっている振りをしてその機会を伺い、
遂にその時が訪れた___
◇◇◇◇
「エリアスさま~、やっと明日ユリーナの処刑の日ですね!
ユリーナの家族も、あたしに尽くしてくれるって。キリクお兄様もあたしを愛してくれるみたいなんです~」
エリアナの言葉に彼らもエリアナの魔法に掛かってしまった事を知る。
全てが終わったなら、必ず魔法は解くと誓う。
すまない、
そう思いながらも、私はまずユリーナを救う事に全力を注ぐ。
今度こそ、彼女を救うために。
◇◇◇◇
翌日、ユリーナに魔獣をけしかけたことをエリアナから聞いて、居ても立ってもいられなかった。
元々、私は処刑方法を聞かされていなかったのだ。
エリアナが勝手に決めたのだと言う。
陛下は、父上はこれを認めたのか?
やはり完全に操られてしまっているのか。
そうは思っても、今確認する術はない。
どうか、ユリーナが無事で居てくれる事を願い、
操られているキリク令息を連れ、エリアナと処刑場である森へと向かった。
だが、
そこで見たのは、血だらけで横たわる、痛々しいユリーナの姿。
今にも彼女の元へ駆け寄りたい気持ちを押し留め、まだだ、まだ早い。
逸る気持ちを抑え、エリアナに従っている振りをし、機会を待つ。
そして、時は熟した_____
「エリアス様!エリアス様が好きなのはあたしでしょう!?魔法が効いてた筈なのに……なんで……」
「残念だが、もう君の魔法に掛かる事はない。」
近寄るエリアナを水魔法で拒絶し、
傷付いたユリーナの手を握る。
「本当の、本来の力は君にしか使えない物。
その心のまま、願えばきっとうまく行く。
真実の聖女は、君しか居ないのだから__。」
ユリーナに諭すように語りかけ、私は彼女に優しく笑みを向けたのだ____
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