6 エリアスside⑤
「あまり術を掛けすぎると、そいつの精神は崩壊するぞ」
「…じゃあどうしろって言うのよ!!」
ぼんやり浮上してきた意識に、エリアナと誰かの話声が聞こえてきた。
エリアナに呪術を教えたのはこの男か………
朦朧とする頭で思考を巡らせる。
まさかこんなところに黒幕かもしれない者がいようとは。
私1人では、無理かもしれない。兄上に相談すべきか…
考え込んでいる間に男はいつの間にかいなくなっていた。
部屋の扉が開く音もしなかった。
あの男は人間ですらないのでは……
そんなばかな……
おかしな方向に考えが行きそうになり、ふるふると頭を左右に揺らす。
そんな私に気が付いたエリアナが心配そうな顔で駆け寄ってくる。
「エリアスさまあ、急に倒れるから心配したんですよ~?大丈夫ですか~?」
白々しい。吐き気がする。
私が既に多少なりとも術に掛かっているとでも思っているのかもしれない。
だが、
術に掛かっている、と完全に思わせれば、もしかしたらもう呪いに掛かることはないかもしれない。
そう思わせるには、嘘でもエリアナを愛していると言わなければ信じないだろう。
そこまで考えて、私はやはり無理だと首を振る。
嘘でも、ユリーナ以外に愛を囁くなど絶対にしたくはない。
どうすればいい。このままでは、また魔法を掛けられ、じきに操られてしまうかもしれない。
操られ、ユリーナを私自身で傷付けることになるのだけは避けたい。
「……大丈夫だ。心配かけてすまない。私は少し自室で休ませてもらう。」
とりあえず、今はエリアナから離れるのが先決だろう。
私は、看病します~と追い縋るエリアナをやんわりかわし、自室に戻った。
今のこの体調では、考えが纏まらない。
ひと休みして、明日兄上に相談することにしよう。
こんな時、事情を知る味方が1人でもいるのは本当に有難い事だ。
しかもそれが兄上なのだから、私はもう兄上には頭が上がらないだろう。
◇◇◇◇
早朝、エリアナに見つかる前に兄上の自室へ伺う。
アポもなしに朝の早い時間にいきなり訪れた私に、
兄上は嫌な顔ひとつせず迎え入れてくれた。
「監査はどこまで進んでいる?」
「関わっている貴族、背後関係はほぼ特定し終えています。後はエリアナの使っている呪術…魅了に関してはまだわかっておりません。」
「成る程…」
「…ただ……」
「何だ?」
「エリアナに呪術を教えたのはただの人間ではないかもしれません。」
「……エリアス、お前は何か見たのか?」
「見たと言うか、エリアナがそれらしき者と話している内容を聞いて、恐らくですが……」
「……その者とは、黒髪、黒目の、この世のものとも思えぬ風貌の男ではなかったか?」
「!?兄上、知っているのですか!」
「……まあ、色々あってな。
とりあえず、その男の事なら心配いらない。直接何かしてくるわけではないからな。どちらにしろ………」
「兄上?」
「何でもない。
……で、今後の事だが、お前は暫く表にでるな。」
「表に出ないとは……?」
「その言葉の通りだ。あの女にはお前の影武者をあてる。それで時間稼ぎをさせるから、その間にお前はあの女の周辺を一掃させろ。」
「成る程、ですが、影武者だとすぐにばれませんか?」
「なに、影武者には相当の幻惑魔法を掛けておく。
傍目には影武者等と誰も気付かぬだろう。」
「影武者がエリアナに呪術を掛けられた場合は?」
「一応、俺の抵抗魔法は掛けておくが、長くは持たんだろうな。だからエリアス、なるべく時間は掛けるなよ。」
「わかりました。」
それから、私はエリアナの目を掻い潜り、兄上が用意した影武者と交代し、自分にも幻惑魔法をかける。
これで自分は誰が見ても王太子だと気付かないだろう。
幻惑で一騎士の姿をした私は、なに食わぬ顔でエリアナの横を通りすぎ、そのまま城を後にした。
◇◇◇◇
城を出て掃除に奔走していた私は気付かなかった。
まさかユリーナが貶められ、牢屋に幽閉されていたなど。
貴族達の噂話でユリーナが捕らえられた事を知った私は、直ぐにでも彼女が閉じ込められているであろう、牢屋へと向かった。
聖女を害した?そんなことが有るわけがない!
早く彼女を解放させなければ!
影武者の自分がしたことならば、本物の自分が会いに行くのはおかしく思われる事はないだろうと思い、
自分に掛けた幻惑を解いて、牢屋の塔にある門前まで来ると、予想通りすんなり門を通る事が出来た。
だが。そこで思いもよらない事が起きた。
塔の出入口に手を掛けた瞬間、バチッと体に強い刺激が走り、そのまま体が弾かれてしまった。
何度も試してみたが結果は変わらず。
入り口がだめなら裏口とか、直接壁伝いならどうかと色々試すもやはり無理だった。
まるで、この塔自体に結界でも張られているかのようだ。
結局、ユリーナを牢屋から出してあげるどころか、彼女に会うことも、中に入る事すら出来なかった。
影武者になど任せるべきではなかったのか。
だが。もし自分がそのままエリアナの側にいたとして、操られないという自信はなかった。
操れたその先、私は影武者と同じように彼女を貶めてしまっていたかもしれない。
そう考えると、影武者がやったことは他人事ではないのだ。
なにより、ユリーナ自身は影武者を王太子である私だと思っているのだから、
私がやったことと変わらないだろう。
くそ!
思わず一王太子とは思えない口汚さがついて出る。
こうなる前に、兄上は気付かなかったのだろうか?
入る事が出来ないのであれば、何か策を考えなければならない。
とりあえず、兄上に現状を聞きに行くためにと王城へ向かった。
◇◇◇◇
「お前も入る事は出来なかったか。」
「も?という事は兄上も塔まで行ったのですか?」
「あぁ、彼女が牢に入れられて直ぐにな。」
「……兄上、兄上ならば、ユリーナが捕らえられる前に助ける事も出来たのではないのですか?」
「………お前は、何を勘違いしているのか知らないが、俺は神でもないし、何でも出きる訳ではない。……実際に塔にも入ることが出来なかったしな。」
兄上の言葉にハッとする。
今まで兄上が助けてくれたから、兄上は何でも出きると思い込んでいたのかもしれない。
人に頼りっぱなしで、いざ成果が出なければ責め立てる。
私はなんて浅はかで、最低な人間か。
「…兄上、申し訳ありませんでした。」
「いいさ。……それに、塔に入れないのは俺のせいでもあるしな。すまない、エリアス。」
「え?それはどういう意味ですか?」
「これは……俺の業とでもいうか、力を使いすぎた男への、神の試練というやつだ。それにお前も巻き込んでしまったようだな。」
「神の試練…?神は、本当にいると?」
「……ああ、クソみたいな神がな。」
「では、その神が塔に入れないように妨害していると?」
「そういう事だ。」
「…では、ユリーナを助けるにはどうすれば……」
人の力だけで行われているなら何とか出来たかもしれない。
だが、信じがたい事ではあるが、神が関与しているならば、そう簡単にはいかないだろう。
ふと、そういえばと、疑問が浮かぶ。
「塔に入れないのは私と兄上だけでしょうか?」
「……!そうか、牢番の人間が彼女に食事を運びに行っていたな。他の者はわからないが、その男なら出入り自由なのだろう。」
「はい。何とかその者を使って彼女を出してあげられないでしょうか?」
「そうだな。お前から、王から釈放命令が出たとでも告げればいいだろう。」
「…ですが、それではエリアナに見つかってしまいませんか?」
「…今、あの女は、影武者のお前にベッタリだそうだ。……愛されてるな?エリアス。」
意地の悪い顔で兄上が言う。
「やめてください。私は、彼女には好意どころか、憎しみしかありませんよ。」
心底嫌そうに言えば、兄上は悪い、と謝ってくる。
「…まあ、とりあえず、やってみます。」
「ああ、上手くいく事を願う」
◇◇◇◇
「……上手く行く可能性は、限りなく低いがな……」
現状、王城に関わる人間はほぼエリアナの魔法に掛かっていると言ってもおかしくはない。
兄上……国王はどうかわからないが、その牢番も例にもれなくだろう。
そんな相手に果たして話が通じるかどうか。
だが、他に選択肢がないのも事実。
己の因果に巻き込んでしまった哀れな甥に申し訳なくも、
彼がユリーナと幸せになってくれればとも思う。
どうせ自分にはこの
彼女の違う誰かとの幸せもあってもいいだろうと………
サディアスの懸念は、
残念ながら的中することになる____
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