4 エリアスside③



「_________ス?……エリアス!」



「っ、あ、あれ?兄…上?」



「急に微動だにしなくなったから心配したぞ、具合でも悪いのか?」



「い、…いえ、大丈夫です。」



目の前にいるサディアス兄上は、話していた彼よりも年若い。



兄上が手に持っているのは建国記の本。


周りを見渡せば王城の図書館のようだ。



つまりは、昔兄上から魔王と王族について話して聞かされていたあの時ということ。





本当に時を遡る事が出来たのか……



兄上から力の使い方を習いはしたものの、本当に過去へ行けるのか半信半疑だった。




...実際に過去へ来ても、夢でも見ているのではないかと疑ってしまう。



「…エリアス?………そうか、………」



「……兄上?」



考え込んでいた私を見て、兄上は何を思ったのか何かを納得したような顔になった。



「エリアス。わかっているとは思うが、。悔いのないように生きろよ。」



「!!兄上、まさか知って……?」




「……さてな。何の話だ?


とりあえず、大分時間が立ってしまったようだな。戻るぞ、エリアス」



「……はい、」



はぐらかされてしまったものの、やはり兄上は私が時を越えた事に気がついている。



兄上の言うように、力を一度使ってしまった私には2度と過去へは行けないのだろう。



普通、人生等というのは、やり直しの効かないものだ。



私がしているのは狡いことなのだろうというのはわかっている。



だが、の喪失感。悲痛な心に苛まれる位ならと、力を使わずにいられなかった。





彼女を、ユリーナを助けられるなら私はどうなっても構わない。



彼女を愛している。


この気持ちに嘘はない。



そうだ。兄上も言っていた、悔いのないように生きるべきだ。



なら、まずは___




「兄上、お願いがあります」






私は、きっと兄上なら知っているはずだと、全く疑いもなくある頼みごとをした。








◇◇◇◇





数年後、私の婚約者を決める為のお茶会が開かれた。



沢山の令嬢に囲まれつつ、居ないだろう事はわかっていても、私は1人の少女を探していた。



今回は私は婚約者を決めるつもりはない。


自分に特定の相手がいることで、エリアナからの被害を受ける事は間違いないのだから、



それがわかっていて態々婚約者をつくるべきではないだろう。




一通り周りを見渡せ、やはり彼女がいない事にがっかりする。




婚約者をつくらないと言いながら、もしかしたらこの場で逢えるのではないか……


等と浅ましく考えているのだ。




前回も沢山の令嬢と挨拶をかわしたが、彼女---ユリーナは居なかった事を思い出す。



公爵家なのだから居ても可笑しくはないはずなのに、

この時空ときでも最後まで現れる事はなかった。



今、私は10歳。


調べたところ、彼女がフェリス公爵家の養子となってから5年は立っている。



作法なども既に習っている筈だ。


だがその後の何度か開かれたお茶会にも彼女が姿を見せる事はなかった。




結果的に婚約者を決めなかった私に、


父上は打開策として、お茶会に来ていた令嬢の中から婚約者候補の筆頭を決めると言うことで落ち着いた。



あの沢山の令嬢達から選ばなければならないとすれば、やはりアンカー嬢が一番無難だろう。



候補筆頭でもエリアナから害を受けるかもしれない。


だが候補を作らなかった場合、もしくはユリーナを婚約者へと決めた場合の事を想定し、


私は最悪な想像が頭によぎった。




私は最後までアンカー嬢を婚約者にすることはないだろう。




まるでアンカー嬢を囮にするかのような、


そんな彼女に申し訳なさはあるものの、他に良い案が浮かばなかった。


全ては自分に力がないばかりに…



少しでもエリアナからの呪いを受けないように動こう。








◇◇◇◇





___あれから3年。



エリアナ、彼女は今は普通に市井で暮らしている筈だ。


学園に入学するまであと数年ある。


その間に彼女に関して何か調べてみよう、そう考えていたときだった。



「……っ、う」



不意に、酷い頭痛に襲われる。


最初はただの頭痛だろう、疲れているのかもしれない。

そう思っただけだった。



だがその後も度々頭痛に苛まれる事になり、明らかにおかしいと思った私は、兄上に相談した。




「それは呪いだろう。」



「!?そんな……以前はこの時期に呪いを受けませんでしたが……」



「お前は既に過去を変えている。なら他の事も変わって当然だろう。」



「……ですが……」



「その頭痛が起こるとき、何か変わった事はないか?」



「変わった事…?いえ、特には」



「なら、その時、お前は何を考えていた?」



「何を…って、……っっ!そうだ、まさか?!」



「何を考えていたのかは知らないが、思い当たる事があるようだな。」



そうだ、だいたい頭痛がするとき、エリアナについて考えていた。


彼女の周辺を探れないかと。


その度に強い頭痛に襲われ、思考が飛ぶのだ。


まるでエリアナを探らせまいかのように。


お陰で未だに探る事が出来ていない。


なんと言うことだろうか。


と、その時。また痛みがやってくる。




「……っうぅ、」



やはり当たりか。そう思うもあまりの痛みに意識がとびそうになる。



「っち!…エリアス!しっかりしろ!!」



頭を抱えて振らついている私の体を兄上が押さえる。



「教えただろう!呪いの抵抗を!!」



そう、私は過去へ跳んだ直後、兄上に呪いの抵抗、対抗策を教えてもらったのだ。




今まで、普段の王太子教育の他に、兄上に魔法を享受してもらい、それを励んで来た。



だが………




「……っくう、ぅ」



さっきから抵抗魔法を展開させているのだが、全く効果がない。


己の力が弱すぎるのだろうか



「エリアス!っくそ、」



不意に、暖かい力が体を包む。


どうやら兄上が抵抗魔法を私に重ね掛けしてくれたようだ。



「………っは、はあ、は………」



「落ち着いたか?」



「……はい、ありがとう、ございます。…兄上」



「あれが呪いか………、しかし、やけに強力な呪いのようだな。エリアス、お前、頭は平気か?」



「はい……」




「だが。今は平気でも此れからは判らないな。……お前の魔法が弱い訳ではないから安心しろ。」



呪いの方が強すぎなんだ、と言う兄上にも若干の疲れが見える。



「今後の呪いの対抗策だが、お前はもっと力を磨け。


それから、宮廷魔術師に強力な抵抗魔法の魔道具を作らせるんだ」



「……わかりました。」



こうして作られた魔道具は、後にアンカー嬢とユリーナに渡る事になる。






「……あんなに呪力が強いことなどなかったのだがな………」



「……兄上?何か言いましたか?」



「いや、何でもない。」



兄上が何か呟いていたのはわかっていたが、声が小さくて私に聞き取る事は出来なかった。





あれから鍛練の効果が現れたのか、頭痛は最初の頃より痛みが少ない。



エリアナへの調べも徐々に始めていった。





◇◇◇◇







また数年立ち、私は学園に入学する16歳になった。


兄上と協力し、エリアナの周辺を探っていくにつれ、背後関係にあるであろう貴族を殆どの数で突き止めることができ、その関係性も調べが進んでいる。



だがそれだけだ。呪いの力の事だとか、未だに全て把握出来ていないことから油断はできない。





そんな中で、また以前と同じように密命を受けるため、父上の執務室に呼ばれる。



「父上、一つ言っておきます。」



「……何だ?」



私が反論すると思わなかったのか、驚きに目を見開いた後、父上はニヤリと笑って続きを促した。



「……かの少女、エリアナは、まことの聖女ではありません」



「ほお?なぜそう言い切れる?」



「……それは今はまだ言えません。」



「………成る程、お前もまだ全てを掴んでいない、ということか。」



「…………」




父上ももしかして気付いているのだろうか?



「…まあ、良いだろう。監査の方は頼んだぞ」



「承りました」






◇◇◇◇




無事に入学を終え、クラスで自己紹介が進む。



入学式の時にも彼女の姿は壇上から遠目で確認できたが、



こうやって近くで、生きている彼女を目の当たりにした私は、

余りの嬉しさに、思わず抱き締めにいきたい衝動に駈られる。



ユリーナは、以前と同様、紫の艶やかなストレートの髪を後ろで1つに結び、眼鏡を掛けた地味な装いだ。



以前、彼女の自己紹介で殆ど記憶に残らなかった私は、今回はしっかり頭に焼き付ける。



「ユリーナです。宜しくお願いします」


簡潔で、家名も名乗っていなかったのか……


前回はそれで余計に記憶に残らなかったのかもしれない。




そう思っているとエリアナの順番が回ってきて、ピンクゴールドの髪をなびかせた彼女は元気に挨拶していた。



今までの他の皆の自己紹介を全て霞ませるかのような、圧倒感。



アンカー嬢とユリーナを傷付けた彼女に憎悪の目を向けそうになり、自制する。



前のときも思ったが、こうして気を付けて観察すると、


彼女には禍々しい空気が漂っている。



これが呪いの正体かもしれないと、私は気を引き締めた。







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