3 エリアスside②






入学の一週間前、王の執務室にて____


◇◇◇




「エリアス、お前はその目で真実を見極めよ」



「…承りました。」




エリアスが退室した後の執務室で、国王とアンカー宰相の間で話が続いていた。







「陛下、本当に聖女と確認できた場合、その時は件の少女への対応は如何様に?」



「真実、その者が聖女であるならば、此までの聖女への通例通りに、王太子妃へと据える事になるだろうな。」



「…エリアス殿下の婚約者は、現在私の娘、ウェルミナが据えられておりますが…」



「あぁ、そうであったな。そなたらには悪いが、その時は婚約を解消となるであろう。」



「…っ、それは、聖女自体が、位が高い事に対しての処置ということでしょうか?」



氷の宰相と呼ばれるアンカー公爵でも、己の娘は溺愛するほど愛している。



その大事な娘の婚約を、王から簡単に解消するという発言を聞いて、心中は憤っていた。



王に文句を言いたくなるのを、尤もらしいであろう理由を述べる事で抑え込んだ。



「……そう言うことだ。


__宰相。何も、そなたらアンカー公爵家を陥れたい訳ではない。


もし、エリアスと令嬢が望むのであれば、側室に迎えても構わない。」




「………えぇ、判っております。」



「……………………まあ、儂はあの者が聖女であるとは思えぬがな。………寧ろ、あの者より………」



「……陛下?」



「いや、何でもない。


取り敢えず、ウェルミナ嬢への妃教育はそのまま続けるが、

一応、婚約解消の件は伝えておいてくれ。

いきなり解消されるよりは良いだろう。」



「畏まりました。」







◇◇◇




アンカー嬢との婚約解消……?



その代わりに、私があの少女と婚約?




立ち聞きなど、こんな無作法なことはわかっていたが、


己に関わる王太子妃という重大な事を耳にして、そのまま立ち去ることなどできなかった。





自分が王太子である以上、結婚相手は政略になるだろう事は判っていた。



だから、周りの貴族から尤も反感が少なく、妥当であろうアンカー嬢を選んだ。



流石公爵家ということだろうか、アンカー嬢は所作や立ち振舞いも良く、中々の才女だ。


外見も整っており、ちょっと勝ち気そうな造形ではあるが、可愛らしい。



初対面の時はその顔を周りの令嬢達と同じように頬を薔薇色に染めていたが、


実際に話して見ると、何というか、年上の女性と話しているようで、サバサバした感じの少女だった。


だが、私にはそれが何だか演技に見える…



しかし、彼女は彼女なりに

王太子である自分に合わせているのだろうと、そこまでで思考を止めた。



結局は彼女と一緒になるのだから、これから心を開いていけばいいだろう。



そう思って、婚約者となってからは彼女とは心を通わせる努力をしてきたのだが……



もし本当にあの少女が正妃になった場合、上手くやっていけるのか。



先日、魔力測定の受験の為に学園に来ていた彼女を実際目の当たりした私は、



彼女から聖女である清廉さの気は全く感じられず、寧ろ禍々しさを感じたものだった。



ただ、聖女の証であろう、金色の髪と、光魔法を所持しているということで、周りの貴族が進んで肯定的なのだ。


髪の色と力だけで言うならば探せば他にもいるだろうに、

彼女を強く推す貴族の思惑がありそうでならない。


そういう事から、私は彼女が聖女だとは全く思えなかった。



これは早々に結果が出るだろうな。と、思いつつ、学園に入学した。






◇◇◇





試験の結果から、エリアナ嬢はあまり勉強が得意でないようだ。



それよりも驚いた事があった。


てっきりアンカー嬢が私の次の順位となるだろうと思っていたのだが、


まさかのもう一人の公爵令嬢が上位に入っていた。

それも私と同列1位の満点で。



ユリーナ・フェリス公爵令嬢。

彼女の見た目は、令嬢としては無いであろう地味な外見をしていたので


最初の自己紹介の時の事もあまり記憶にない位だった。



入試の成績上位者という事で、一緒に生徒会で働き、


生徒会業務等に関する事で、時折ちょっとした彼女の気遣いに次第に絆されている自分に気付く。


何時しか彼女とは気兼ねなく話せる程に仲良くなっていた。


そして彼女はアンカー嬢とも仲良くなり、親友とまでなっていて、微笑ましく見ていたものだった。



その時の自分の視線が、知らずフェリス嬢だけに向けられていた事に自分では気付いていなかった。



後にアンカー嬢から指摘され、私の婚約者を自ら降りると言い出されて、私はその時初めて己の気持ちに確信を持って気付いた。



そんな私の態度がかの少女の行動を増長させてしまったのかもしれない。



入学してから今まで、エリアナ嬢はよく私に媚びを売っていたから、私に気があるだろう事はわかっていた。



だからエリアナ嬢は最初こそ私の婚約者であるアンカー嬢によく絡んでいたが、



そのうちにフェリス嬢に絡みだしたのだ。


誰が見てもエリアナ嬢の自作自演の冤罪をフェリス嬢に何度も掛ける。



クラスメートも初めは誰もエリアナ嬢の事を信じず、寧ろ蔑んでいたが、


ある日を境にクラス内で可笑しな現象が起こりだした。




フェリス嬢以外のクラス全員がエリアナ嬢の言葉を肯定するようになり、フェリス嬢を追い詰め出したのだ。



その同時期、私は厄介な事に体を苛まれるようになり、上手く己の思考が動かせなくなってしまっていた。


連日、頭を酷い痛みで襲われる。


苦しみの中で、常に頭に流れ込んでくるあり得ない思考。




“自分が尤も愛する者はエリアナ。

エリアナは聖女。ユリーナはエリアナとエリアスを引き裂く、害する最悪である。”




そんな馬鹿なことがあるか!!


どんなに抵抗し、思考を歪めても、また頭に流れ出す。


振り払っても、振り払っても繰り返される思考に、

精神が支配されるのは時間の問題だった。



そうして殆どの自我を支配されかけてしまうようになった辺りから、


エリアナ嬢がアンカー嬢とフェリス嬢に魔法を掛け始めた。



……あれは呪いだ



僅かに残る自我でぼんやり彼女らを見つめる自分。


止めたいのに、彼女達を助けたいのに、体は動かない。



何故、…どうしてこうなった…




虚ろに見る私の視線の先、アンカー嬢は踞り、フェリス嬢は………










「………ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!ユリーナ!!」





血を吐きながら、ゆっくり地面に倒れ込む彼女。



その彼女を見た瞬間、私の頭は鋭い痛みと共に思考がクリアになった。


私は彼女に向かって走りだし、仰向けで倒れている彼女を上半身だけゆっくり抱き起こした。



「ユリーナ!ユリーナ!!」



「…………」



「頼む!目を開けてくれ!!」



「…………」



どんなに懇願し、揺すっても、彼女は目を開けない。




死んでしまったのか?


息をしていない。



だめだ、私はまだ何も伝えていない。


置いて行かないでくれ。



ユリーナ、君が居ない世界など、私は生きていけない。



私は、全く動かなくなった彼女を強く抱きしめ、


私とユリーナから少し離れた場所で、


驚愕の目で見ていたエリアナを睨み付ける。



「……お前は、何の恨みがあってこんなことをする!?」



「……な、だ、だって………あ、あたしは自分の物を取り返しただけよ!!悪いのはその女で…「もういい。」」



エリアナの言い訳を最後まで聞いていられなくなり、途中で被せるように言った。



「…私は、お前を許さない。」




私は彼女を抱き上げ、アンカー嬢を護衛にまかせると、

そのまま彼女を連れて王城へと向かった。








◇◇◇



王城に着いてすぐ、王宮治癒師に彼女を診てもらう。



だが、治癒師から告げられたのは残酷な現実だった。




「魔法による精神干渉、それと……魔力が全て抜き取られています。

血を吐いたのは、急激に起きた精神への影響からくる身体的負担による内臓への負荷でしょう。

………しかし、外傷はないため、これ以上の治療は……残念ですが………」




治癒師は申し訳なさそうに辞した。



「…っく、何故……」



先ほどはユリーナから呼吸を感じられなかったが、どうやら僅かに息をしていたようだった。


まだ生きている。


だがそれも残り僅か。


「ユリーナ………、ユリーナ。逝かないでくれ。」



「…………」




ふと、ぼんやり彼女の体が光に包まれる。


ユリーナの体が一瞬暖かみを帯びた。


そして数分もしないうちに光は消え、またユリーナの体は冷たくなっていった。









「………どうやら、遅かったようだな」




ユリーナを抱きしめていた己の体を起こし、声の方に振り向くと、


いつの間に来ていたのか、

サディアス兄上が見下ろしていた。




「覚醒するにも、体が限界で出来ずに終わってしまったようだ。」



「……か、くせい?」



何の事かわからず、おうむ返しのように聞いてしまう。



「…あぁ、聖女としての覚醒だ。」



「彼女が、………ユリーナが聖女だと?」



「そうだ。

本来聖女の聖魔法とは、普通の魔力とは異なる。


だからいくら魔力を奪われたとしても、聖魔法は関係なく使える。聖魔法とは、その魂その物だからな。」



「では……、何故ユリーナは覚醒出来なかったのですか」







「………………もう、彼女の体は死んでいるからだ」



「……そ、んな……」



実際、ユリーナはもう完全に息をしていなかった。


本当に死んでしまったのか………?












「どうする?」



「……?」


兄上の言っている意味が判らず言葉に詰まっていると、

苦笑いされる。




「忘れたのか?」



「……え?」



やれやれ、困った弟だ。


そう言って兄上に頭を撫でられる。



「お前に教えただろう。力の使い方を。」



「…力?……っ、あ、」



「思い出したか。」



「はい。すみません、兄上」



「まあいいさ。…で?使うのか?」



まるで眠っているかのような、今にも瞼を開けそうなユリーナの顔を見る。



ユリーナは逝ってしまった。



私を置いて。



気持ちを伝える事すら出来なかった。



こんな世界で生きていける気はしない。



ならば、跳ぶしかないだろう。


過去へ戻り、ユリーナを助けることが出来るのなら。


ただ____




「兄上、私が時を越えた後、この世界はどうなるのですか?」



「………さてな。歴史を変えるんだ、なかった事になるだろうよ。」



「……それは、今こうして話している兄上も消えると?この時空とき自体が消えるという事ですか。」



「まあ、そういう事だ。」



「………そうですか」



「気にする必要はないだろう。

最初からなかった事になるということは、考えても仕方がない。今は、お前がすべき事をすれば良い。」




「…………はい。」



何となく釈然としないが、確かに時を越えると決めた以上、考えても仕方がない事なのだろう。



そして私は、決意を新たにした。



ユリーナの頬を優しく撫で、手を強く握る。



ユリーナ、君を必ず助ける__!!



私は魔力を体全体に循環させ、頭の中で術式を組む。



「兄上、行って参ります___」




兄上が頷いたのを見ながら、


私は過去へと跳んだのだ_____












































____________________



「………行ったか。」





「……ん、あれ、兄…上?いつ此処へ?」



目の前にいる甥っ子は、涙を流しながら俺を見て驚いている。



「……俺も、彼女の事が気になってな。間に合わなかったようだが。」



「……はい。彼女は、ユリーナは…もう……っ、」



そう言ってまた涙を流しながらは彼女を抱きしめる。




俺は、エリアスに嘘を教えた。



時を越えた後の、残された世界。


それは消える事など有りはしない。


この世界もまた、一つの世界として成っており、


過去を変えた所で、変えた分世界が増えるだけ。



世界で言うならば、パラレルワールドと言ったところか。




因みに、


力を一度しか使えないのは、魔力がなくなるからではない。


魂に負荷がかかりすぎて体がもたないのだ。





力を使った後の残された身体からだの人間は、その力の存在自体を永遠に忘れるようになっている。



だが、魔王は魂さえも強靭で、関係なく何度も時を越えることができ、忘れることもない。



まるで迷路にでも入っているようだ。


サディアスは自嘲する。


世界の彼女は助けられなかった………





「……っっ、カハッ」



「!!」



「……で、んか……?」



「…ユリーナ!?」



「な!?」



サディアスは目の前の光景を疑った。



ユリーナが生き返った!?



「おい、エリアス!何をしたんだ!?」



「いえ……ユリーナの体が冷たいから、私の魔力で暖めてあげようと………」



エリアスは少し照れながら顔伏せいている。


どうやら口移しで魔力をユリーナに注ぎ込んだらしい。



人は死ねば冷たくなる。そんな事は当たり前なのに、


その当たり前を哀しみ、まさか己の魔力で暖を移すとは……




「……くっ、は、ははははは!!」



こんな、まさに奇跡としか言いようがない。


確かにユリーナは先程まで死んでいたはずだった。



もしかしたら、本当の本当に僅か、命が残っていたとしたら………



ユリーナを見れば、ほんのり顔が色付いているのがわかる。


勿論、元気とまでは行かないが、生気が見違えるようにあるのが目で見てとれた。




このまま完全に回復すれば、聖女に覚醒することも出来るだろう。



長く生きていれば、何が起こるか分からないものだ。




ならば、俺も、諦めないでもう少し抗ってみるか。




抗った先、いつか、俺の元に舞い降りてくれ。


俺の_____。





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