「ユリーナ、もう体は大丈夫かい?」



「はい、お兄様もお元気になられたようで良かったです」




フェリス家にある応接室で、私とお兄様はひとつのソファーに隣り合って座っている。



これからお兄様が話す事は何となく雰囲気でわかる。



緊張で頭がどうにかなりそうなのを、先ほど侍女が用意してくれた紅茶を喉に流し込む事でごまかした。




クスリ。


「………可愛いな。」



余りの緊張に心臓がバクバク早鐘を打っているのを、


必死に抑えようとしている私にお兄様の呟きは聞こえていない。



「……ユリーナ」


そんな私を落ち着かせるように、私の手を両手で包み込み、優しく私の名前を呼んだ。




「……ユリーナ。」



もう一度呼ばれ、


はい。と、返事をしようとしたところで、お兄様が私の手を取ったまま、そのままスッと立ち上がった。



いきなりの行動にえ?と思っていたのも束の間、


お兄様は流れるように私の正面に移動し、そのまま片足を膝立て、跪いた。











____________________





___キリクside



ユリーナに王宮から登城命令が届き、私はユリーナに請われるまま一緒に王宮に向かった。




謁見の間に入れるのはユリーナだけだと言われ、扉前で

終わるのを待っていた間、私は気が気じゃなかった。



ユリーナが完全に聖女として目覚めた事で、王家から何らかの要望という名の勅命があるだろう事はわかっていた。



王家のために、その身を捧げる__


王家のために、生涯尽くす事を余儀なくされるだろう。




エリアナが婚約者ではなかったエリアス殿下に、正式な婚約者はいない。


また、サディアス殿下にもおらず、



そしてユリーナにも婚約者はいない。




それが意味する所は……




私は謁見の間の扉を睨み付けながら、己の無力を感じ、掌を強く握りしめながら憤る。




もし、ユリーナが婚約してしまったら……




ユリーナが心から喜んで(思いたくはないが)いるなら祝福しよう。



だが、少しでも嫌がっていたのなら……



ユリーナを連れて、何処までも逃げよう。



もしそうなってもいいように、両親には言い含めてはある。



両親を悲しませる事はユリーナの本意ではない。

だから、一家で隣国でも、何処へでも逃亡しようと。


逃亡先で困る事の無いように蓄えは随分前から貯めてきた。



両親が反対の意を示さなかったのは、



きっとユリーナが牢屋で苦しめられた事で、王家に対し少しでも思う事ができたせいだろう。



反逆何て事はしないが、私に協力することで、ちょっとした意趣返しになると思ったのかもしれない。







◇◇◇



謁見の間から出てきたユリーナの表情は、私が思っていたのとは裏腹に、とてもスッキリしていた。




だが、その晴れやかなユリーナの表情に、もしかしたら婚約の王命があり逆にそれで喜んでいるのかと……



ユリーナとエリアス殿下の学園での噂。


私は決して信じていないが、あの森で、ユリーナは殿下に色々助けてもらったと言った。



それに対して、ユリーナが少しでも殿下に好意を持っているのではないかと……







しかし私のそんな心配は杞憂に終わった。



邸に戻る馬車の中で、

陛下から下った命をユリーナから聞いて、驚きと共に納得もした。



もしかしたら陛下は私達フェリス公爵家の企みを気付いていたのかもしれない。



ユリーナを苦しめた事にも少しでも負い目を感じているのかもしれない。



意趣返しを出来なかったことは少し残念ではあるが、

ユリーナが幸せならいいかと、


馬車の中でユリーナの髪を優しく撫でながら息を吐いた。





ならば、ユリーナ。もう私は我慢しないよ____








_____________________






私の目の前で跪くお兄様を見て、私は脳内パニックに陥りそうになっていた。



前世、私は恋人が居たことはない。


好きな人は勿論いたが、あの時の私は仕事の方が好きで、


今思えば、仕事が先に来る辺り、そんなに好きではなかったのかもしれない。



だから、勿論男の人から愛の告白なんて事もあるわけがなく……




私が真っ赤になりながら惚けていると、お兄様は私の左手を口元に持っていき、そのまま私の指に口付けた。




「ユリーナ、愛している。どうか、私の妻になって欲しい。」




「………はい!」



私の返事を聞いた瞬間、お兄様はガバッと私を抱き締めた。



嬉しくて、私もぎゅっと抱き締め返す。



「……お兄様、私もお兄様を愛しています。」



「…ユリーナ、それは兄として?」


お兄様が少し不満そうに聞く。



確かにさっきの言い方だと、いつも言っているような家族としての愛に聞こえるかもしれない。


私はクスリと笑って、言い方を変える事にした。



「勿論兄としても愛しています。

でも、それ以上に、異性として、1人の男の人として、貴方を愛しています。」



言うが否や、奪うようにお兄様に口付けられる。




激しい口付けに、酸素を欲して口を開けばすかさず舌がするりと入って来た。



口の中で生き物のように暴れ廻るお兄様の舌が私を絡めとり、歯列を舐める。





口付けに翻弄されて、快感にぶるりと体が震え、

意識が朦朧としてきたあたりでお兄様の唇が離れていった。





「……はぁっ、お、にいさま……」



漸く出した声が思っていたより甘ったるい事に自分でも驚いた。



「……そんな顔をしないでくれ、私が我慢出来なくなる。」




お兄様はソファーに座り直し、


腰が抜けて立てなくなった私を膝の上に横向きに座らせる。



私を抱き締め、髪を撫でながら、チュッチュッと今度はバードキスを繰り返した。



甘い。甘すぎる。



キスの合間に、お兄様が何度も愛してる。と愛を囁いて、蕩けそうな眼差しを向けてくる。





お兄様って、今までも私には甘かったと思うけど、これは想像以上だな…


なんてぼんやりキスを受けながら考えていた。









◇◇◇






あの後、お兄様と一緒にお父様とお母様に結婚することを告げると、二人とも喜んでくれた。



私が何処かの嫁に行ってしまうと思っていたらしいお父様は、

お兄様と結婚することで邸から出ないことに嬉し泣きをしていた。



養子だけど、一応兄妹なことで反対されるのではないかと思っていただけに拍子抜けだった。







◇◇◇





直ぐにでも結婚したいというお兄様。



でも、私がまだ学生だということもあり、婚姻は私の卒業を待ってからと言うことになった。



今は婚約期間中。


久しぶりの学園は、最後に見た陰湿な雰囲気は何処にもなく、


皆私に優しい笑顔で迎えてくれた。



会う人皆に、婚約おめでとう!と言われ、私は素直にありがとう。と返して言った。



最初、教室に入った瞬間、聖女さま!何て呼ばれたけど、



私はそんなに高潔な人間でもないし。


何だかそんな風に呼ばれるとくすぐったいので、今まで通りでお願いしてもらった。









「ユリーナ!ちょっと……」



「ウェルミナ?」




ウェルミナに腕を引っ張られ、教室の隅まで連れていかれる。



ウェルミナは内緒話をするようにヒソヒソと話し出した。



「私、てっきり殿下の事が好きなんだと思ってたわ。お兄様の事が好きだったのね。」




そういえばウェルミナにあまりお兄様の話をしたことがなかった。


だから余計にそんな風に思われてしまったのかもしれない。




「…うん。お兄様の事は、愛しているから……」



「……!まあ、ユリーナったら、本当に恋する乙女ね。可愛い。婚約おめでとう。ユリーナ!」



頬を染めながら、ウェルミナに告げると彼女はニッコリと笑って喜んでくれた。



「ありがとう、ウェルミナ。」






その後、遅れて教室に入って来た殿下にもおめでとうと言われ、ありがとうございます。と返した。



そのときの殿下の表情が、少し寂しそうに見えたのは気のせいだったのだろうか?





◇◇◇






いつも通りの学園生活が過ぎて行く。



今は昼休み。


ふと窓の外を見ると、今日はとても天気が良く、気持ちの良い陽気が広がっていた。



今日は屋上でお昼ご飯食べようかな。


そう思ってウェルミナを誘って昼食を持って屋上へ向かう。



するとそこにはまた、サディアス殿下がいた。



「婚約したそうだな。相手は兄のキリク令息か。おめでとう。」



「はい、ありがとうございます。」



私はお礼を言いながらも、相変わらず無表情の殿下に疑問をぶつけてみる事にした。



「サディアス殿下。…聞いても宜しいですか?」



「あぁ、何だ?」



「……、何故彼処に?」



あの森で、黒翼の男性と現れたサディアス殿下。


何をするでもなく、いつの間にか現れ、そしていつの間にか居なくなっていた。




「……………ただの確認だ」



何か言えない事があるのだろうか、殿下は出し渋るように言う。



「…確認、ですか?」



「……そうだ。お前が聖女なのかどうかの。」



何となくそれだけではない気がするが、殿下はきっとこれ以上は話してくれないだろう。




私も腑に落ちない所はあるが、納得するふりをした。



「なるほど、そうでしたか。」



そう言って私はこの話は終わりだとばかりに、持って来た昼食を広げた。



そんな私に驚いたのか殿下は目を丸くしている。



「…ここで食べるのか?」



「はい、だって天気が良くて気持ち良いではないですか。

この青空の下で食べるときっともっと美味しいと思いますよ?」



そのまま黙々と食べ出す私を見て、殿下は少し笑った。



「……お前は今、幸せか?」



「…?はい。とても幸せです。」



「そうか……、ならいい。」



以前、私が泣いて苦しんでいたのを知っているからだろうか?


それとも他に意味があるのだろうか?



幸せか?と聞く殿下の表情は本当に心配そうな顔をしていたので、私は心からの笑みを見せた。



隣でウェルミナに何があったのか聞かせなさいよ。何て小声で言われ、苦笑いしながら後でねと返す。





まあ、気にはなるけど、今になっては殿下の事は私には関係がないだろう。






そうして、穏やかな毎日が過ぎて行った。







◇◇◇





学園生活の残り一年の間に、何度か森に魔獣が出現し、



その度に私は聖女としての役割として、浄化に駆り出された。



浄化に立ち合った騎士たちは口々に言う。



それはまるで女神のごとき神聖な輝きだったと。


エリアナのような偽物の力とは全く違うと。




現金なものだと思う。



結局、人はその場の事にしか目が行かない。


本質まで見通すことなどできはしないのだ。





褒め称える騎士の人達に愛想笑いを浮かべ、


浄化が終わればそそくさと自室に戻った。



毎回、駆り出される度にお兄様には心配され、元々過保護だったのが更に拍車がかかったようで、



愛情表現がさらにパワーアップした。



まだ婚姻前だと言うのに、この溺愛ぶりに着いていくのがやっとの私には、


婚姻したらいったいどうなってしまうのかと。愛される嬉しさ半分、不安半分といったところだ。










そうこうして、残りの学園生活も無事終え、卒業した私は、明日お兄様と婚姻する___




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