32
「おら、着いたぞ。降りろ!」
「_っ!」
「それにしても、こんなひ弱そうな女が聖女様を害したなんて、信じらんねーよなあ。」
「人は見かけによらねえんだろ?女は怖いねぇ」
「とにかく、此処には長居は無用だ。さっさと行くぞ」
男達は私を馬車から無理矢理引きずりおろし、言いたい事だけ言って
私を独り残し戻って行った。
私が捨てられた場所、此処は以前に魔獣が大量発生した東の森らしい。
魔獣はエリアナが浄化したのではなかったのか?
あの時確かに収束はしたらしい。だが、また今、大多数の魔獣が現れたと言う。
魔獣はまだこの森留まりで、王都や市民街などには影響はないと言う。
いや、むしろ、何故かこの森から
その事に丁度良いからと、私をその魔獣に喰わせる事にしたのだと。
馬車に乗せられている間、一緒に乗っていた男達がそんな事を話していたのを横で聞きながら、
私は考えていた。
このままただ殺されるにはいかない。
森から魔獣が出てこないなら、自分が森から逃げられれば死なずにすむかもしれない、と。
だから、男達が森から見えなくなった後、私はすぐに駆け出した。
大丈夫、森を出さえすれば…!
「っっ!?」
私は甘かった………
あと一歩で外に出られる!と、森の出口にそのまま駆け込んだ。が、
私はその勢いのまま、何かに弾かれるように体が後ろに飛ばされた。
訳が分からないまま、唖然と森の出口を見るも、やはり何も見えない。
魔獣が森から出ないという事で気付くべきだったのかもしれない。
森の周りには、おそらく結界が張られているのだろう。
男達がそのまま外に出られたから私は疑いもしなかったのだ。
だから自分も簡単に出られると。
でも、何故…私だけ出ることが出来ない……?
私は己の両手首に嵌められたままの腕輪を見る。
何故か自分で外す事が出来ないこの魔道具は、今も尚私の魔力を封じたまま。
何の力も出せない自分に、魔獣から逃れる方法なんて…
「グルルル……」
「!!」
考え込んでいた私は、後ろに魔獣が迫っていたことに気付かなかった。
いやだ、死にたくない!
私はその場から走り出した。
とにかく魔獣から離れなければ!
がむしゃらに走り、気がついたら森の奥まで来てしまっていた。
ハア、ハアと、音のない息遣いが自分の口から出る。
とりあえず、今周りに魔獣は見当たらない。と、安心した所だった__
「_ッッ!!」
カハッと自分の口から血が出るのを、私はぼんやり見ながらそのまま倒れた。
魔獣に、襲われた………?
このまま喰い殺される……?
虚ろな目で私を襲ってきた魔獣を見ると、
その魔獣は口から涎を垂らし、目はギョロっと今にもまた私に襲いかからんばかりに此方を見ている。
だが、魔獣はその場から一歩も動かない。
不思議に思いながらも、私が呼吸を整えている間にも、魔獣は更に増え、
今ではかなりの数の魔獣に囲まれている。
もう、逃げられないな……
先程の傷で、既に意識が朦朧としている私は、もう体に力が出ないと、そのまま瞼が閉じようとしていた。
「__!…い!しっかりしろ!!」
「………?」
ほとんど意識がない状態で、誰かの声が聞こえた。
「駄目だ!そのまま逝くんじゃない!ユリーナ!!」
その声に導かれるまま、私は重たい瞼をゆっくり開けた。
「ユリーナ!意識が戻ったのか?」
良かった。と泣きながら私を抱き締める。
「…………」
どうして此処に………?
私は此処にいる筈のない相手を見て、力なく苦笑いした。
元々、私は彼が苦手だった。今でもその苦手意識はある。
なのに、助けに来てもらえたと思ったせいなのか、私は彼がとても頼もしい存在に見えていた。
「っくそ、血が止まらない!…それに、何故だ?魔法がうまく使えない…?」
横たわる私の背中に腕を回し、上半身だけ起こすように抱えているグランツァー先生は、
私の手首にある腕輪を必死に外そうとしている。
先生でも外せないのであれば、もう無理だろう。
さっき先生は魔法がうまく使えないと言っていた。
なら、私と一緒にいたら先生も魔獣の餌食になってしまう。
それだけは駄目だ。
私は、腕輪を外そうとしている先生の手に触れ、止めさせた。
「…ユリーナ?」
どうした?と言う先生に、声の出ない私は首を振ってもういいのだと伝える。
「どうして…」
あぁ、うまく伝わらない。
私は地面に落ちている木の棒で、地面に文字を書く。
自分を置いて早く逃げろと。
何故か魔獣が襲ってこない今なら逃げられる筈だと。
私は森から出れなくても、男達は出られたのだから先生もきっと出られるだろうと。
来てくれただけでも、私は嬉しかった。
だから、私は口の動きだけでありがとうと伝えた。
「…っ、辞めろ!そんな最期みたいな……、俺は、お前を離さない!絶対に!」
逃げるなら、一緒だ。そう言う先生の表情は、何だか私よりも辛そうで…
私はふっと微笑んだ。
先生の言葉、何だか……
「愛の告白みた~い!」
「「!?」」
突然聞こえた第三者の声に、私達は驚きを隠せなかった。
そこには、背中まであるピンクゴールドの髪を靡かせ、クスクス嗤うエリアナ。
その左脇には、エリアナの腰を抱き、私を無表情で見つめたまま立っている殿下。
そして反対の右脇には……
同じように無表情のお兄様が剣を携え立っていた___
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