18 ウェルミナside:3






あれから数日、殿下とユリーナ様を見ても、心が穏やかでいられることがわかる。寧ろ、微笑ましくもある自分の変化に内心驚きながらも、



きっと王子様に好意を寄せてたのは、恋に恋してただけなんだわ。と素直に納得していた。












それからしばらく平和に数日が過ぎ、ある時ユリーナ様の様子がおかしい事に気が付いた。


時々、片頭痛持ちなのだろうかと辛そうにしていることがある。





大抵その時になると、ちょっと離れた位置にいるエリアナが、なんだか嫌な嗤い方をしているのだ。



怪訝に思いながらも視線をユリーナ様に戻すと、痛みが引いたのか、普通に戻っていた。






そんなことを何回か繰り返しているのを見て、私は彼女が心配になり、いつも彼女に気を配るように見ていたある日の事だった。






私は、……見た。



ちょっと家政婦は見たみたいになってしまったが気にしない。



その日は初めての魔法実技の授業の日で、クラス合同で行うため、学園にあるとても大きな競技場に集まっていた。




私の属性は風、ユリーナ様は水属性のためグループはわかれてしまったが、それでも彼女が心配で、何度も彼女の方をチラチラ見てしまう。








やはりユリーナ様の様子がおかしい。



何かぼ~としながら考え事をしているようで、大丈夫かしら?とハラハラしている時だった。





私とは逆の方向から、何か引っ張られるような、身の毛がよだつ感じがして…その発生元に目を向けた私はそのまま悲鳴を上げそうになってしまった。






は真っ黒で…まるで亡者のような、おどろおどろしい靄が、上空へ広がっていた。



あんなに禍々しく、それにはっきり見えるのに、私以外誰も気付いている人はいない。



どうして?と思いつつ、靄を出している人物であろう、魔力を辿ってみると、それはエリアナだった。エリアナは…歪んだ表情で嗤っていた。





あの子、何なの!?と思ったのと同時だった。




「キャアア!ユリーナ!」



しまった、と慌てて声の方を振り向くと、彼女がゆっくり倒れるところで…彼女の体から先ほどの黒い靄が出でいることに気付く。



え?どういうこと?



と思うもすぐにその靄は彼女から離れ…それはエリアナに戻っていった。



彼女がユリーナ様にあの靄で何かしたって事なの…?




私ははやる気持ちでユリーナ様に目線を向けると、ちょうど傍にいたのか、彼女は殿下に抱きとめられていた。





「ユリーナ嬢、しっかりするんだ!…頼む、!!」



殿下のユリーナ様に対する必死な声が響く。




彼女をしっかり腕に抱きながら、ユリーナ!と、叫ぶ殿下の声は、とてもただの友人に向けるようなものではなく…




どこか悲痛な感情がこもっていた。




「(なる事は、まだ時期じゃなかったはずだ…どうして…)」




彼女たちから離れている私には聞こえなかったが、殿下が何かを呟いた後、ユリーナ様をゆっくり抱き上げ、医務室へ向かった。



ユリーナ様が心配で、私も医務室へついていく。






医務室へ着くと、殿下は中にいた学園の医師にフェリス公爵家へ連絡するように告げ、奥のベッドに彼女を横たえた。



ユリーナ様は気を失っているようだった。



彼女の顔を見つめながら、彼女の頬を撫でる殿下は、まるで愛おしい者を見るような表情をしていた。






「アンカー嬢、君も、を見ただろう?」



「!!…はい、では、やはり…?」





不意にかけられた声に驚くも、殿下の言葉の意味を考えて、先ほど自分の見たものはやはり見間違いではなかったのだと確信する。



その通りだ、と頷く殿下に、殿下もまた同じを見ていたのだと気付く。




「もう気付いているとは思うが、あれが君を呪っていた原因だ。」



「…ということは、エリアナさんが私や殿下、ユリーナ様まで呪っていると…?」



「そういうことになるだろう。」



「そんな、どうして彼女が…一体何の目的で…?」



「それについては、ユリーナ嬢が目を覚まして、落ち着いたころに彼女を交えて一緒に話そう。」



だからここは私に任せて、君はもう戻るといい。そういう殿下に、いや、寧ろ殿下を残していくなんて逆に申し訳ないのでは…と言おうとしてやめた。




殿下のユリーナ様を見る表情が、彼女のそばを離れたくないと言っているようで…



これは、完全に私の負けね…



私は、心の中で自嘲し殿下にわかりました。と告げ、出口へ向かう。



ふと、足を止め、もう一度殿下を見て、今しかもう聞くチャンスはないだろうと思った私は疑問を口にすることにした。





「…殿下、一つ聞いてもよろしいですか?」



「あぁ、なんだ?」



私の言葉を促すものの、殿下の視線はユリーナ様から離れない。そんな彼に苦笑いをするも、私はちょっといたずら心が芽生えてしまった。



「殿下は本当にユリーナ様がお好きなのですね?」



「!?」



「殿下のお顔、まるで捨てられた子犬のようですよ?」



本当なら王族相手にこんな事を言えば不敬になるのだろう。だがここは自由を掲げた学園の場。友人同士の掛け合いでこの程度なら許されるはずだ。




でも、バカにされたと殿下は怒るかしら?なんて思ったが、そんなことはなかった。




クスクスと微笑む私に、殿下は気分を害するでもなく。ふわっと優しい表情を浮かべた。



「子犬…あながち間違っていないかもな。だが…そうだ、私はユリーナ嬢を愛している。」



私の婚約者候補筆頭である君には悪いが…と続ける殿下は心底私に申し訳ないという顔で言う。



「それについては、今の殿下のお心を聞いて、完全に吹っ切れましたので大丈夫です。」



「そうか、君がそう言うのなら……」



「ですが殿下、彼女を愛していながら私を候補から外さないのはなぜですか?」



「それは、彼女に私への気持ちがない事もあるが、君を候補から外すことによって生じる呪いの可能性に慎重になりすぎていたせいだ。」



結局、なってしまったが。という殿下にあぁ、そういうことなのね。と私は納得した。



私が候補から外れることによって、呪いが彼女に一身に受けないかが心配だったのだろう。



何だか私を囮に使われたようなものでもあるが、別に私はそんなに気にしなかった。




殿下もそれが判っているのか、またすまなかったと謝ってくる。



「殿下、王族がそんな簡単に頭を下げてはいけませんよ。別に私は気にしてませんから、この件はこれで終わりです。」



では、今度こそ戻りますね。とそのまま殿下を残し私は医務室を後にした。



「アンカー嬢、ありがとう」



そう呟いた殿下の声は医務室を出たウェルミナにはもう届いていなかった。











殿下が見ていてくれているならユリーナ様は大丈夫だろう。その日の授業はもうなかったため、あとは放課後の生徒会のみだった。



先に生徒会室で皆と業務をしていると、殿下が遅れてやってくる。



ユリーナ様は大丈夫でしたか?と聞くと、無事に目を覚まし、彼女を迎えに来たユリーナ様の兄であるキリク様に引き渡したそうだ。



よかった。彼女が早く元気になってくれるといいな、と、私は素直に思えた。














それから数日、ユリーナ様は何事もなく元気そうに過ごしているようだった。



話をするなら今が良いかもしれない、今は元気でもまた同じことが起こるのではと、私は彼女が心配だった。



心配の方が気持ちが勝っていたせいもあるかもしれない。



私は、以前彼女にひどいことを言ってしまったことに対する謝罪の事を頭から抜け落ちてしまったのだろう。



最初に彼女に口にした言葉が心配の言葉となってしまった。言葉を端折りすぎて彼女にはあまり伝わらなかったが。





とりあえず、殿下と私が話した内容や呪の事は伏せたまま、ユリーナ様が倒れたときに見た現象のこと、エリアナさんのことなどを彼女に話してみる。


どうやら彼女もエリアナさんについては思うところがあったようで、私の話も信じてくれた。






落ち着いたところで、やっと私は彼女に謝らないといけない事を思い出した。それに、他に話したいこともある。



でも、何だかそれを口に出すのはちょっと恥ずかしくて…もじもじしてしまった。






そんな私にどうしたの?と優しく語りかけてくる彼女に、ゆっくり話し始めた。



「あの…この間はごめんなさい!」



「え?」



急に謝られて何に対してなのかが伝わっていない彼女に慌てて説明する。



「前にユリーナ様と二人で話した時、私、ユリーナ様にひどい事を言ってしまって…」




本当にごめんなさい。と伝えると、彼女は気にしてないと笑ってくれた。




うれしくなって、私はもう殿下の事は何とも思っていないこと、そして、実はもう他に気になっている人がいるのだということを彼女に伝えると、



彼女は驚き、そして私の新たな恋を応援してくれた。…殿下がユリーナ様を強く想われているように、私も想い、想われたいわ。



「え?」



「あ、なんでもないのよ。」



無意識に声に出てしまっていたらしい。



ただ声事態は小さかったためか何を言ってるのかまでは聞き取れなかったようで、ユリーナ様はかわいらしく首をこてんとしていた。



きっとそれも無意識なんだろうなあ。エリアナさんのようなあざとさは見えない。









そうして、私は一番言いたかったお願いを口にした。







「ユリーナ様、私の友達になってもらえますか?」




「はい!!」





いつか、友人を超えて親友になれたらいいわね。なんて思いながら、とてもきれいに微笑わらう彼女に私も笑みを返した。






その数日後、学園の休日に、殿下と私がユリーナ様の屋敷に伺うことになった。








※補足  ウェルミナの心の中でも殿下呼びになったのは、ウェルミナの殿下への気持ちが離れたこと、新たな心境の変化のためです。




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