17 ウェルミナside:2


「アンカー嬢、最近自分の感情がおかしいと思ったことはないか?」




「…はい?」



彼の言葉に私だけでなくその場で一緒に話を聞いていたお父様も目を丸くした。







二日前、話があるから公爵家に伺ってもいいか、とエリアス様に言われたときは遂に婚約者に!?などと思っていた私を殴りたい。



実際、お父様にも伝えたら同じように思ったらしかった。



だからこそ彼の発する言葉が予想外過ぎて思わず素が出てしまったのかもしれない。




慌てて失礼しました。と居ずまいを正し、さっきのエリアス様の言葉の意味を考える。



そうだ、彼は感情がおかしくないかと言ったのだ。つまりそれは、私自身が感じていた違和感はやはり気のせいではなかったのだということだ。



よかった。あの感情が自分にあるだけでも辛いのだ。何とかなるなら何とかしたい。



エリアス様がわざわざ我が家まで来て、お父様にまで同席させているのだから、きっと彼はその原因も判っていて、解決策も持っているに違いない。



そう思った私は、正直に話すことにした。





「殿下、実は以前から自分の感情が何かに引っ張られているような違和感があったのです。その感情は、とても良いものではなく…殿下は何かご存じなのですか?」





「あぁ、勿論判っている、そしてその根源からの対処方法もな。これから言うことは他言無用で頼む。この件に関しては秘密裏に動いているのでな」



エリアス様の神妙な言葉に私とお父様が顔を見合わせて、お互いにわかりました。と頷くとエリアス様は話し始めた。



「簡単に言えば、アンカー嬢のそれは、呪いだ。」



「呪い!?」



「そうだ、相手の思考を奪い、意のままに操る。一種の魅了のようなものだな。」



「つまり私は、誰かに呪われていたと?」



「そういうことになる。」



「そんな…」




「…ですが、殿下。よく娘が呪われていると気付きましたね。精神に危害を及ぼす魅了や呪いといったものはそうとは簡単に見破れないものでは?」


項垂れる私の隣で、信じられないと言った顔でお父様が疑問を口にすると、その通りだ、とエリアス様は頷いた。



と、そのまま続けられたエリアス様の言葉にはさらに驚いた。





「私が気付いたのは、また私もその呪いの被害者だからだ。」



「なんですって!?殿下にその様な事をした輩がいたのですか!!」



一国の王子に呪いをかける。それはまさに国家反逆罪ともいえる行為にお父様は憤慨した。



「まあ、そう興奮するな、アンカー公爵。今は適切に対処し、何ともない。」



「しかし…」



なおも渋るお父様に、それよりも、とエリアス様は話を続ける。



「現在も呪われているのは彼女だ。早急に呪いから解放させないと、アンカー公爵、お前たちは破滅するかもしれないぞ。」



「な!?」



破滅…という言葉を聞いて、私はゲームのシナリオである、卒業パーティーでの断罪シーンを思い出した。



あぁ、どうして。ゲームの流れからは逸れているはずなのに…そんなの嫌よ…



私は知らず震えながら自身を抱きしめていた。そんな私をお父様が優しく背中を撫でてくれる。




私のせいなの…?私のせいでお父様達まで…?無意識に呟いていたらしい私に、大丈夫、お前のせいじゃないさ。破滅もしない。そう言ってお父様は慰めてくれた。






「そうだ、これは彼女は何も悪くない。彼女のせいでもない。悪いのは呪いをかけた奴だ。」



「殿下はその呪いをかけたという人物が誰か判っているのですか?」



「もちろんだ。」



「では…!!」



「残念ながら、証拠が揃っていなくてな。相手の隠蔽による魔法防御が強すぎて、難航している状態だ。相手に気付かれるわけにもいかないから、秘密裏に動いてもらっている。」



「そういうことでしたか…」



私が中々話せないでいる間に、お父様とエリアス様がどんどん話を進めていく。



「それで、肝心のアンカー嬢の呪いを解呪する方法だが、結論から言って、可能だ。」



「本当ですか!!」


目を輝かせる私たちに、だが、と申し訳なさそうにエリアス様は言う。




「しばらくは、解呪しないままでいてもらいたい。」






「……なるほど、そういうことでしたらしかたありませんな」


その代わり、娘を呪いから遠ざけることは勿論できるのでしょう?というお父様に、問題ない。というエリアス様。




え?解呪しないままでいる理由って何?



どうやら話さなくてもその答えに行きついたお父様とエリアス様を見比べながら私の頭ははてなマークでいっぱいだった。



話が早くて助かる。というと、エリアス様は呪いからの対抗策を話し始めた。




「ひとつ。宮廷魔術師からの診察を受け、呪術や魅了からの抵抗魔法をかけてもらう。ふたつ。また抵抗魔法付与のある魔道具を身につけてもらうことだ。」



「抵抗魔法を二重につけるというのは…」



「それほど呪いの魔力が強い、ということだ。とりあえず、宮廷魔術師はこちらから派遣させよう。その時に魔道具の相談もするといい」



「わかりました。」



何か他に聞きたいことはあるか?というエリアス様に、婚約は…なんて場違いなことを言いそうになり、ありません。と慌てて首を振る。



そんな私にお父様は苦笑いをするも、私の頭をなだめるようにポンポンとした。



それでは失礼する。とまるで事務的なエリアス様の態度に私はやはりそうなのね…と思うのだった。





後日、王宮から魔術師が派遣され、診察を受け、そのまま魔法をかけてもらい、魔道具の事を相談したら、ちょうど魔術師団でそういった魔道具を精製しているらしく、


エリアス様からの話もあってか快くいただいた。




それからの私は何だかすがすがしい気持ちだった。今までの私は何だったのかしら…等と考えていると、目の前にスッと私の好きなミルクティーが置かれた。



え?と思って横を見れば、私の専属執事が優しい瞳で柔らかく微笑んだ。



「お嬢様は頑張りすぎたんですよ。もっと自分の心に素直に…もっと自由に生きてもいいと思いますよ。お嬢様はお嬢様でしかないのですから。」



そう言って私の手を握った彼は、




”貴女のそばには、常に俺がいることを忘れないでください”



「!!」



真正面から真摯に言う彼は眩しくて…とてもすてきだった。





『ここはセーブもリセットもできない現実です』




ふいに彼女の言葉が甦る。私は今になってようやく、彼女の言った言葉の意味を、本当の意味で理解した。




そうだ、ここは現実なんだ。ゲームもラノベも関係ない。そう思ったら体がとても楽になった。








彼女の事も好きになれそうだわ…



私は心からの微笑みを彼に向け、ありがとう。と呟いた。





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