16 ウェルミナside:1
私が前世を思い出したのは、10歳の時に両親に連れられて行った王子様のお茶会でのことだった。
アンカー公爵家の娘である私は、エリアス王子殿下の婚約者候補筆頭に選ばれるとかでその時初めて王子様と対面した。
王子様の顔を見ながら、私は何か懐かしい気持ちになり……と、唐突に記憶が甦ったのだ。
急に頭の中に沢山の映像が流れ、混乱した私は、そのまま倒れ………はしなかった。
一瞬で王子様が乙女ゲームの攻略対象なのだと気付き、自分は悪役令嬢だと判断していたのだ。
そういえばこの悪役令嬢、意外と鋼のメンタルで、頭も切れる、所謂姐御みたいなタイプだったわね。
何て思い出してみたものの、実際にそんな性格にもなれそうにない事に気付いてしまった。
このままいけば、王子様と婚約して、卒業パーティーで断罪されるんだわ…。何とか回避できないかしら…。あぁ、でも前世のころから思ってたけど、エリアス様は素敵ね…。
今の王子はゲームの時よりも全然子供だというのに、それでも私は彼に恋をしていたのだろう。
自分でもわかるくらい王子様に熱を持った目を当てているのが判る。
そんな目で見ながら令嬢としての挨拶をした私に、エリアス様は二コリと微笑むと、そのまま離れて行ってしまった。
あら?ちょっとそっけない?
なんて思ってる間に、あっという間にエリアス様の周りには人だかりができてしまい、結局その後は、あまり彼と話すことができないままお茶会は終了した。
邸に帰り自室にこもって今日の出来事を振り返る。
悪役令嬢の私は、王子様のお茶会で見染められ、婚約者になり、将来ヒロインが現れて王子様を奪われて断罪される。
まだ王宮からの連絡はないけれど、おそらくエリアス様の婚約者に選ばれるはず。
エリアス様の事は転生前から好きだったし、婚約自体は素直にうれしい。後は、嫌われないようにすることね。
ふと、そこまで考えてもう一つ思い出した。
あっ!そういえばこのゲーム、悪役令嬢が主役のスピンオフ小説があったわね!
そういった悪役令嬢物の小説は、大体の乙女ゲームでよく出るものだが、このゲームは他のゲームと違い、小説が出るのはすごい早かった気がする。
たしか、悪役令嬢ファンがすごく多く、また、ヒロインの性格がユーザーに嫌われ過ぎていたのも理由の一つだ。
私も悪役令嬢のファンだった。だからその本人に転生したのは本当にうれしかったし、だからこそ断罪されたくないと思う。
そう思った私は必死に小説の内容を思い出す。う~ん、とうなりながら考えていると、トントンと扉をたたく音がした。
「お嬢様、ご夕食ができましたよ。旦那様たちもお待ちです。」
そう言って部屋に入ってきた人物を見て私はあっ!と思った。
そうだわ、確か小説の方には私付きの専属執事がいたのだったわ!と、ゲームの方では執事ではなく侍女だったことを思い出す。
そう、今目の前にいる少年こそがその執事なのだ。
彼は私より2つ年上で、幼馴染でもある。お母様の親戚すじで私ともすぐに仲良くなった彼は、私に変な虫がつくよりはと、お父様が彼を私付きにと推したのだ。
幼いながらもすでに執事としての振る舞いを完璧にマスターしており、しかも見た目もかなり良い。とはいえ、小説のキャラクターなのかもちろんヒロインの攻略対象者ではない。
そこまで考えて、私は
よかった、私は断罪されずに済むのね!そして王子様に溺愛されるのよ…!!
それからの私の行動は小説に沿うようになった。何度も何度も小説の内容を思い出しては同じように行動する。
そうすると結果は確かに小説の通りになっていった。ただエリアス様の婚約者に選ばれなかったこと以外は。
大丈夫、ちゃんと小説通りに話は進んでいるもの、婚約者でなくてもエリアス様とは何度かお茶会をしているし、嫌われている感じでもないわ。
きっと最後には私を選んでくれるはず。
そう私は自分に言い聞かせていたのかもしれない。元々ゲーム設定のウェルミナの性格とはあまり似ていない私は、必死に自分を隠し、ウェルミナを演じていた。
そんな風に無理をしている私を、ずっと傍で見ていた彼の視線にも気付かないまま……
ウェルミナとして生きて、学園に入学する歳になった私は、未だにエリアス様の婚約者にはなれておらず、婚約者候補止まりだった。公爵家ということで筆頭ではあるが。
学園に入学し、エリアス様に嫌われないよう、公爵家令嬢としても、そして勉学も頑張った私はもちろん一番上のAクラスだった。
やはり同じクラスにはエリアス様もいてうれしくなる。同時にヒロインであろう子を周りを見渡し探す。すると自分の目にピンクゴールドの髪が移った。
え?確かヒロインはこの時点ではまだ聖女に覚醒していないはず…よく見ると顔も違うし…でも他にヒロインらしい子が見当たらない。
私が知らないだけでもう一人ヒロインがいたのかしら?
そう思っていたら自己紹介の時に本当のヒロインが誰なのかがはっきりした。
眼鏡なんかかけて、地味に見せているようだけど、名前も同じ、眼鏡で良く見えないけど顔も間違いないわ。
腰まである紫色のストレートの髪を後ろで一つに縛り、眼鏡をかけている彼女をじっと見つめた。
でも、小説のヒロインはそんな恰好していなかったはず。
小説の彼女も転生者ではあったが、あんな地味な装いではなく、寧ろ己の容姿をうまく引き立てるように派手さがあった。
きっと彼女も転生者に違いない。あの恰好は、私に逆ざまあされるのが嫌で、あえて地味な恰好をしてエリアス様の気を引こうとしているのね!
そうよ、間違いないわ!この時の私は完全にエリアス様に目がくらみ過ぎていたのだと思う。
自分でも判っているけど中々治せない、思い込んだらそのまま突っ走ってしまう性格を。
授業が始まり数日、私は成績上位者だからと生徒会に選ばれた。
まあ、当然よね!これも小説の通り。もちろんエリアス様も同じ。
彼は一位だからとそのまま会長になった。その下はとりあえず慣れてから誰が適しているか見極めて決めようということになった。
生徒会に慣れてきてさらに数日後、教室に生徒会顧問であるマクドウェル先生が来て、ヒロインであるユリーナ・フェリス公爵令嬢が生徒会に入ることが聞かされた。
ゲームや小説の彼女の性格が好きではなかった私は、きっと
ヒロインが生徒会に入るのも小説通り。だけど、素直に歓迎できない私がいる。自分でもわかるくらいには彼女に向けた私の微笑みが敵意が入ってしまっている。
だめよ、ここで彼女にきつく当たってしまってはゲームのように断罪されてしまう。大丈夫、この世界は小説の方なのよ…と己に言い聞かせる。
だけど、彼女がエリアス様の補佐になって一緒に仕事をしているところを見ると、どうしても黒い感情が出てしまう。
暫く同じ生徒会で過ごすうちに、彼女がゲームのようなひどい性格ではないことは気付いているはずなのに…
彼女とエリアス様を見ると感情が引っ張られてしまう。
その感情のまま、ついに私はゲームのような悪役令嬢の振舞いを彼女にしてしまう。
その日、自室に戻った私は自己嫌悪に陥っていた。
どうしてあんな事を言ったしまったのかしら。これではエリアス様に嫌われてしまう。
今思えば、私があんな風に相手に詰め寄ることなどできるはずがないのだ。ウェルミナを演じてはいるけど、実際の私は臆病で、口喧嘩だって得意ではない。
そもそも小説のウェルミナを演じているのだからあんな事を言うべきではない。
なのに…あの時の私は…いや、もっと前から…?
何かに感情を操られているかのように、彼女に対して憎悪ともいえる程敵対視していて、その感情のままに言葉をぶつけてしまったように思う。
その違和感はある日エリアス様の話によって解決されることになる。
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