「ユリーナ・フェリス公爵令嬢、王族を陥れようとした罪、我が婚約者、ウェルミナ・アンカー公爵令嬢に危害を加えた罪でお前を拘束する!」




ここは学園のダンスパーティー会場。一年に一度ある学園祭の後にある後夜祭がこの会場で開かれている。


会場にはすべての生徒、令息、令嬢が集まっており、教師陣や来賓も大勢参加し、後夜祭というより一つの社交界の場と化していた。



そんな周りが学園祭の興奮冷めやらぬ中、会場の中央で、今私はこの国の王太子であるエリアス・クレーズ殿下から断罪されている。



殿下の横にはウェルミナ様が。殿下に愛されているというように、腰を抱かれて寄り添うウェルミナ様。


扇からちらりと覗いた彼女の口に愉悦の形を見つけた私は苦々しい表情を浮かべた。




自分はこうなるのが嫌で今まで地味に生きてきたのではなかったか。


最初、彼女は殿下の婚約者ではなかった。だが彼女が前に言っていた婚約はただ先延ばしに過ぎないという言葉は本当だったのだろう。


いつの間にか殿下とウェルミナ様との婚約は決定されていた。私はそのことには別に何とも思っていなかったし、祝福もした。



嫉妬でウェルミナ様に危害を加えるとか、殿下を誘惑して陥れようだとかそんなことは以ての外だ。



だというのに、いつの間にか私はありもしない罪を被せられ、今、冤罪で捕らえられようとしている。




視界の端に、私を愛してくれたお兄様、両親の姿が見える。彼らの表情からは何の感情も映してはいなかった。見捨てられたのだろうか…


家族だけは、信じてくれていると思っていたのに…






否定の言葉は許さないとばかりに殿下の冷たい視線が私を射抜き、身動きできないでいるうちに私は衛兵に捕らえられ、牢屋にいれられてしまった。





最終的に私は王族反乱を企てたとして、処刑されることになり、牢屋にいる間、私は何度も無実を訴えた。だが私の言葉を聞き入れて貰えるはずもなく…


しかも家族も娘の所業に加担したとされ、私よりも先に皆処刑されてしまった。牢屋でその事実を聞いた私は発狂し、暴れて手が付けられないと宮廷医師から鎮静剤を投与された。



それから数日後、私は処刑執行の日を迎えた。




私は憔悴しきっていた。疲れた…もう、いいよね。私は、充分頑張ったと思う。ただ、うまく生きられなかっただけだ。





乙女ゲームの世界観なのに、ギロチンだなんて恐ろしい処刑道具があったんだなあ…なんて暢気に思いながら、ギロチンのに首を乗せる。




お父様、お母様、お兄様、今逝きます。



ギロチンに乗せた頭を押さえつけられ、顔を少し上げ目線だけで少し上を向く。


その視線の先に、優雅に椅子に座ってこちらを見ている殿下とウェルミナ様の姿が見えた。



ウェルミナ様は私を見て嗤っていて、殿下の表情は……










ザシュッ______
























「______っっ!!はっ、はあ、はあ」









あまりの悪夢に私は飛び起きていた。窓の外はいまだ暗く、夜が明けていないようだ。



荒くなった息を整えながら、私はさっきまで見ていた夢の内容を思い出し、ブルりと震えた。無意識に自分の体を抱きしめ、己の寝巻が汗でぐっしょりしているのに気付いた。



とりあえず、着替えようと、ベッドから降りようとして…うまく立てずにそのまま前のめりにバタンと倒れてしまった。



悪夢で自分でも気付かないうちに大分体に効ているようだった。




確かにあの夢は、ただの悪夢というよりは、何だか現実味が帯びていて…私は首筋に手をあてた。


夢だというのに、まるで本当に首をギロチンで切られたかのような感触が残っているような気がする…




あれはゆめ、あれはゆめ、そう、あれはただの夢…




「ユリーナ!?」



ベッドから落ちたまま、がたがた震えながらその場で自身を抱きしめていると、お兄様が慌てた様子で部屋へやってきた。



「…お兄様、どうして…?」



「ユリーナの部屋から大きな音が聞こえてね、賊でも入ったのかと思ったんだよ。」


そう言ってお兄様は震える私を抱きしめた。



「いったいどうしたんだい?」


優しくまるで子守唄を歌うように聞いてくるお兄様の優しさに、いままで我慢していたのか涙が溢れてくるも、怖い夢を見ただけです。と返すと、お兄様は怪訝そうな顔をしたが、


すぐに優しい顔を浮かべると、すっくと私をお姫様抱っこで抱き上げた。



突然の事にえっ?となる私に、立てないのだろう?というお兄様の言葉に頷くと、そのまま私をベッドの上に運び、徐に部屋のクローゼットを開くと、そこから私の新しい寝巻を取り、私に手渡してきた。



ありがとうございます、お兄様。と言うと、着替えたらもう一度私を呼ぶんだよと私の頭を優しくなでて部屋を出て行った。







「お兄様、今日は一緒に寝てもらえませんか…?」


着替え終わって部屋の扉の外にいるお兄様を呼び、お願いしますと私は思い切ってお兄様に懇願する。



いい歳して兄にこんなことを頼むなど、良くないことは判っているが、今の私には一人で寝直すことなどできそうになかった。



そんな必死の私にお兄様は仕方ないな、今夜だけだよ?と、未だ自分の足で立てない私を先ほどと同じように姫抱きにすると、私をお兄様の部屋へと連れて行った。



私のベッドは私の汗で濡れていてユリーも寝にくいだろう?とお兄様は言う。



お兄様の寝室、そういえば初めてだな…なんて思いながら、私を抱っこしているお兄様の首にしがみつく。安心する。



寝室につくと、お兄様は私を優しくベッドに横たえた。そしてそのまま私の横に滑り込むようにお兄様が入ってきた。


ん?と、急にこの展開に焦りだす。いくら兄とはいえ、血は繋がっていない。え?やっぱりこれってだめなやつ?



確かに小さい頃は一緒に寝ることは何度かあった。だが、小さい頃と今では状況が違う。等と思っていると、お兄様がどうしたの?と顔を覗き込んでくる。



もう今更か。どちらにしろ、今日はもう一人で寝るのが怖くて仕方がないのだから。一日くらい、こんな日があってもいいじゃないか。



「なんでもありません」


お兄様、ごめんなさい。と呟いて目を瞑ると、チュッと私の瞼にキスをし、おやすみ、私の可愛いユリー。といって私を抱きしめた。



すっぽりとお兄様に包まれ、安心してお兄様に体を預ける。



暫くお兄様に髪を撫でられて、だんだんと睡魔に落ちていく。そういえばと、思う。


あの夢で最後に見た殿下の瞳には、何の感情も感じられなかった。まるで心が消えているような…


それは断罪されているときに見たお兄様たちの瞳と同じ。どこか操られているかのような…仄暗い瞳をしていた。



前世で妹がやっていたゲームにあんな展開はなかったはずだ。





『この世界はラノベなのよ』


『性悪ヒロインを追い詰め、ハッピーエンドになるのよ!』




ふと、ウェルミナ様の言葉が頭によみがえる。



正直、この世界はゲームの方のシナリオが主体なのか、ラノベの内容の方なのか、どちらなのかはわからない。シナリオ事態あまり覚えていないのもあるが、



そもそも、大元のシナリオはゲームであって、そこからラノベやらができるのだから、


ウェルミナ様が言うようなラノベのストーリーなのか、ゲームに沿ったストーリーの世界のどちらかを断言することは難しい話なのだ。



だが、と思う。あの夢は、まさにヒロインである私を追い詰めた内容だった。あれが予知夢などとは思いたくもないが、ラノベのシナリオがもしそうであるなら…





何か目に見えない力が働いているようで、これからちゃんと生きていけるか私は怖くなったのだった。









「ユリーナ、君は何も心配することはないんだ。私が、守るから________」





寝息を立てるユリーナを抱きしめながら、兄、キリクは静かに呟くと、幸せそうに眼を閉じた。





キリクの寝室には、二人の寝息だけが響いていた____。



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