「もう、いったあ~い」




「……大丈夫か?」




一瞬眉を顰めるも、すぐに表情を戻しエリアナさんに手を差し伸べる。一応目の前で転んでいるのをそのままにしておけないと思ったのか、紳士な振舞いをする殿下。



さすが、王子様だ。ともはや先ほど自分に起こったイベント的な事も忘れて感心する私。


だがふと気付いたことがある。



大丈夫か?と心配する声をかけてはいるが、その表情は無表情なのだ。そういえば殿下は普段から笑っているところを見たことがない。寧ろ、いつもどこか醒めた目でいることが多かったように思う。



にも拘わらず、さっき私を助けた時は普通に心配している顔をし、さらに笑顔まで見せた。



一体どういうことだと思いながらも目の前の茶番劇は進んでいく。



「ありがとうございますぅ~」


「いや、礼には及ばない」



殿下に助け起こされ、手を放されたエリアナさんはえ~?と不満気な顔をしている。もしや、私がされたように殿下に抱きしめてもらえるとでも思ったのだろうか。



なんかこれは早々に離れた方が身のためだ、と思った私はアマリアにもう行くねと言うとさっさと教室の出口へと向かう。




「ユリーナ嬢、君も生徒会室に行くんだろう?」


足早で教室を出ようとしていた私に殿下が声を掛けてきた。


え?いつのまにこっちに?エリアナさんは?と思って彼女を見ればすごい形相でこちらを睨んでいた。うわ~もうそんなのはウェルミナ様だけでお腹いっぱいだというのに…



「方向は同じなのだから一緒に行こう」


うへぇなんて思っている私に余計な提案をしてくる殿下。相手は一応王太子。断ることなどできるはずもなく…私は渋々わかりましたと告げる。



どうしてこうなった。



教室を出るときのあの強い視線。あれはウェルミナ様以上にやっかいな気がする。



お願いだから私をほっといてくれと思うが無理なんだろうなあ…




そういえば、


教室にウェルミナ様はいなかったが、この学園という小さな箱庭で、さっきの出来事は尾ひれ付きまくりで噂が広まるだろう。ウェルミナ様に伝わるのもきっとあっという間だ。



しかもいま殿下と同伴みたいなことになってるし。あぁ、生徒会室にまだウェルミナ様がいないことを祈る。せめていまの事だけでも知られなければいいと思うのだった。


















結果的にウェルミナ様は生徒会室にいなかった。というか誰もいなかった。先に殿下が扉を開け、そのまま入るのかなと思いきや。


殿下はレディーファーストよろしく私を先に入れようと、扉を片手で抑えたまま私に目線を送ってきた。


私はその流れでありがとうございます、と扉に向かう。と、同時に殿下の腕が私の腰を掴むようにあてられたかと思ったら、そのまま押されるように教室の中に進められた。



入ってすぐに腕は放されたが、何かボディタッチ多くない?と思わずにいられない。お兄様といい、殿下といい、それともこれがこの世界の当たり前なのだろうか?


お兄様で多少慣れている私はこれくらいでは赤面はしないが、ちょっと困惑するのも確かで。それでもそんなに親しくない相手からはやはり遠慮したい所ではある。




そんなことを考えている私には気付くでもなくさっさと机に向かい仕事を始める殿下。私もそれに倣って手伝っていく。



それから数分もしないうちに他の生徒会メンバーが集まり、その日はまだ噂が広がっていないのか、何事もなく終わった。




















_______________________________________________________________________________________________________________________



ユリーナと殿下が教室を去った後______________








「さっきのユリーナ様への殿下、あれってやっぱりそういうこと!?」



「あなたもそう思う?普段笑わない殿下があんな風に笑うのだもの、きっとそうよね!」



「殿下には今婚約者がいらっしゃらないはず。ユリーナ様なら身分も申し分ないし、お人柄も良いし、教養もある。なにより!普段は眼鏡で隠してらっしゃるけど、


さっき眼鏡が落ちた時のお素顔!」



「「「とても美しかったわ~」」」



「本当、何で眼鏡なんてかけてるのかしら。もったいない」



「きっと、誠実で、謙虚な方なのね。」



基本、攻略対象者以外のクラスメートとは、ユリーナは皆仲が良い方だ。だからユリーナを悪く言う者はほとんどいない。普段地味な恰好をしていても。



だから皆期待する。王太子の相手がユリーナならと。



だがそれを良く思わない人物が、ここにはいる。


それは誰が見てもわかるくらい明らかなのは、先ほどの流れで皆気付いていた。だからこそわざとユリーナを誉めたてる。



ユリーナは素晴らしい。誰かとは大違いよね。後者の方は小声だったが、相手は敏感に聞き取ったようで彼女は発言した相手を睨んだ。






彼女は文句を言うわけでもなくそのまま教室を後にした。





「________このままじゃ済まさない。」







彼女の呟きは誰も聞く者はいなかった。









「っ!?」




生徒会室で業務をしていたユリーナは一瞬悪寒がしたが、きっとまたウェルミナ様の視線だろうと、気にしないことにした。



まさか自分が去った後の教室で自分が持ち上げられ、ユリーナの望む地味で平和な学園生活が崩されようとしている事にも気付かずに…






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