Ver.7.1/第44話

「マズイな……」

 慌ただしく指揮を執りながら、テスタプラスは恐れていた事態に直面し、顔を歪めた。

 突如としてハルマ陣営に封魔の一族が加わったことで、魔界の勢力図はまたもや一変した。想定していなかったかと訊かれれば、想定はしていた。ただ、封魔の一族が絡んでくるとは思っていなかった。

 せいぜい、どこかの陣営が最後の最後にハルマ陣営に丸々飲み込まれるくらいだろうと思っていたのだ。

 それを見越した上で、〈裏切り〉や〈合併〉ができなくなってから動き出したのであるが、計算違いも甚だしい結果になっている。

 チップやスズコ達と話し合った結果、2位で終わっても最下位で終わっても同じであるなら、無理をしてでも攻めに出ようという結論に達した。

 そこまでは良い。

 テスタプラスとしても、大人しく負けを認める性格ではないと自覚しているので、望むところだった。

 ただ、話はそう単純なものではなかった。

 負けたくないと思うのは誰でも一緒だ。それは、敵だけでなく、味方でも同じことが言える。

 皆、必死になって戦うことを選択した。

 ただ、必死になりすぎて、マズい状況になっていた。

 そんな状況を見透かされたみたいに、ハルマ陣営が急に攻めに転じ始めたのである。ランキングトップの座も再び手が届く距離まで見えてきたが、伸ばした指先が触れるよりも前にスイっと離れてしまった感覚だ。

「このタイミングて打って出てくるなんて、嫌らしいわね」

 コヤも、テスタプラスの反応から、何が起こったのかを確かめると、同じように顔をしかめた。

「あっちも黙って見てるわけないからね。それにしても、絶妙なタイミングで動かれたな」

 残り時間は1時間を切っている。ハルマ陣営も、各地で少しずつ領土を広げていたが、ペースとしてはテスタプラス陣営の比ではなかった。おそらく、全体の方針として抵抗しているというよりは、個人の判断で動いているからであろう。

 その証拠に単発の動きばかりで、大規模な陣営であるにもかかわらず、動きは局地的なものに終始しているからだ。

 大々的に動かないのであれば、多少強引であっても、再逆転が可能であると判断して細かい指示はせずに見守ってきたのだ。

 それが、ようやく手が届きそうだと気が緩んだ瞬間を見極められたみたいにハルマ陣営に大きな動きが起こったのである。

 いけるかもと思った直後のやっぱりダメかもは、人の精神にダメージを与えてしまうものだ。

 更に、これが狙って行われたものなのか、ただの偶然なのかによっても、対応が変わってくる。しかし、それを判断するのは、相手がハルマ陣営でなかったとしても難しいことである。


 一方、ハルマ陣営。

「ネマキちゃん、大丈夫なの? うちらが動くのも、テスピーのことだから織り込み済みってことはない?」

 突然、打って出ると言い出したネマキに対し、モカは不安を口にする。

 自分自身で乗り込む分には強気に出れるが、残念ながら直接参加することはできない。敗北するのも致し方なしと思っていた第1ラウンドの時と違い、勝利は目の前だ。だというのに、これまで攻め込んだこともないのに、最後の最後になって未経験の部分に足を突っ込もうというのだから、腰が引けるのも無理はない。

 もちろん、勝利が目の前で零れ落ちそうな状況だということも理解しているので、必要なことだとは思っている。

「大丈夫だと思いますよ? たぶんですが、今の状況、テスピーも支配し切れていないと思いますから」

「「「え?」」」

 思ってもいなかった考察を聞かされた3人とも変な声を出してしまう。

 絶対的な統率力。テスタプラスのことを知っていれば、彼にコントロールできないことはないと思って当然だ。

「いえ。彼も人の子ですよ? 絶対なんかありゃしませんて」

 ふふふと、さも面白そうに笑みを浮かべネマキは話を続ける。

「確かに、今の状況は、さすがはテスピーって猛追ですけど、美しくないんですよ。正直、テスピーらしくない稚拙さです。多分ですが、わたし達に逆転されて、相当焦ったんだと思います。が」

「あ……。そういうことか」

 ネマキの話を聞いて、ハルマも改めてマップを眺め、戦況を確認する。言われてみれば、確かにテスタプラス軍の侵攻は雑に見える。ネマキの話を聞いたからかもしれないが、ひとつの意志によって導かれたものというよりは、どことなくバラバラに感じてしまう気がした。

 実を言えば、この感覚は正解で、全てがテスタプラスの指揮によるものではなかった。

 ハルマ陣営に逆転されたことで焦ったプレイヤーの一部が、暴走を始めてしまったのである。

 テスタプラスの指揮能力に疑問を持っての行動というよりも、ハルマ陣営が放つ意味不明な不気味さを目の当たりにして冷静な判断ができなくなったというところだが、それはハルマ達の知るところではない。

「それに、このタイミングでしたら、わたし達が負けることはあまり考えられないんですよね」

 今度は、明確に3人とも怪訝な顔になってしまった。

「どういうことです?」

 眉間にしわを寄せながら、マカリナは目をパチクリさせる。

「簡単なことです。もう〈裏切り〉も〈スカウト〉も〈合併〉も不可の状況ですよ? わたし達に負けたら〈魔界の覇者〉の軍勢に加われる可能性が高いとなれば、抵抗されるでしょうか? まあ、48時間を切ってから配下になった場合は、報酬の旨味はほとんどないので無防備ということもないでしょうが、あまり神経質になる必要もないと思いますよ」

「「「ああ~」」」

 

 こうして、必死に追い上げるテスタプラスの陣営VS手堅く逃げに入るハルマ陣営という構図となり、最後の最後まで戦いはもつれることになったのである。

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