第1章 寝る子は育つ
Ver.7.1/第1話
「ざっけんな! ざっけんな! ざっけんな! ざっけんな! ざっけんな! ふざけんなああああ!! クソがあっ!!」
魔界の一角。それまで順調にトップを突っ走っていた三皇のリーダー格フィクサは、突如として切り替わったランキングを目にして、しばらく思考停止に陥ったかと思ったら、怒号を止められなかった。
見ているセゲツも、かける言葉がない。
何しろ、自身も何が起こったのか理解不能だったからだ。何かの手違いかと、今でも思っているくらいである。
拠点の強度も並み以下の上に、指揮官も初期NPCのままでありながら10時間以上も耐え抜いていることだけでも意味不明だというのに、突如としてハルマ陣営のフラッグが溢れ出したのだ。
全体の10%近い数の陣営が、ちょっと目を離していた隙にハルマ陣営の軍門に降っていたのだ。
フィクサでなくとも、ふざけるなと罵りたくなるというものだ。
セゲツ達も、まさか自分達の存在がこの動きに一役買っているとは思いもしないだろう。
一方、ハルマ陣営である。
『ところで、ハルマさん達の拠点って、どうやって耐え抜いてるんです? うちの拠点、そろそろヤバそうなんですけど。リーダーも、少しでも耐久値上げたいからって玉座の間から動けないほどですよ』
同じ陣営になることで使えるようになるグループチャットに、SOSに近い書き込みが流れる。とはいえ、この手の質問は、かなりの数が寄せられている。
ハルマ達も、別に秘匿するつもりはなかったのだが、単純に対応が追いついていないだけの話であった。
だが、ここで別のチャットも入ってくる。
『ハルマさんの所の意味不明なタフさは気になるところだけど、どこにスパイが潜んでるかわからないんだ。レアな情報だったら、公開しない方が良いんじゃないかな?』
『確かに。しかも、このサーバー三皇もいるから、なおさら気をつけた方が良いと思う。あいつら、姑息な手段を使うことに躊躇しないだろうから』
『ああ、そっか。あいつ等がいるのか。いや、でも、マジでいつまで持つか怪しいんですわ。誰か〈救援〉にきて助けてもらえません?』
『私のところ近いので〈救援〉に向かいますね。どこまでお役に立てるかわかりませんけど』
『マジっすか!? 助かります』
急ごしらえのグループであるため、連携をとるのも一苦労だが、集まった大部分がハルマに恩返しをしたいと考えるようなプレイヤーであるので、簡単に仲間を見捨てるような集団でもない。
やれることは限られる中で、ハルマが指示しなくとも独自に最善を尽くし始めてくれたのは、単純にありがたいことだった。
〈ドアーズ〉で助けてもらった恩返しのために陣営に加わったとはいっても、やれることは少ない。近くに味方がいれば、派兵して共闘することも視野に入れてもいいのだろうが、多くがてんでバラバラの位置に城を構えている。当面の目標は、自軍の拠点を守ることになる。ただ、碁盤の目状の1割近くが同じ陣営であるので、余程運が悪くない限り、近くに味方がいる状態ではある。
「別に教えてもイイですけどねえ。どう思います?」
チャットを目で追いながら口を開いたところで視線を上げる。
視線の先には、モカ、マカリナ、ネマキが同じような表情で佇んでいる。
別にどうでもイイヨー。そんな顔だ。
そもそも、〈魔界の覇者〉を目指していないので、集まってくれた他の陣営と熱量が違う。とはいえ、不本意ながらも総大将になってしまったからには見捨てるのも忍びない。
「いつものハルのスタンスで良いんじゃない?」
うーむと悩むハルマを見かねて、マカリナが口を開いた。
「いつもの?」
「そ。人の楽しみを奪わない程度の支援」
「あー。なるほど」
自分達で見つける楽しみを残しておく。〈ドアーズ〉の場合は期限が決まっていたので、頃合いを見計らってギミックの情報を公表していったが、魔界での戦いは定期的に開催されることが決まっている。次回以降も開催されることが決まっているため、今回全てを明かす必要もない。
「ってなると、どの辺がラインですかね? ゴーレムの進化方法は、伏せておいた方がイイですよね?」
「そうだね。教えたところで、すぐに迷宮が作れるものじゃないでしょうし。それと、とりあえず桃にかんしては、あたしらもよくわからないからダメでしょ?」
年長組に対して問われたハルマの提案だったが、先にマカリナが反応してしまうが、両者の意見を受けてネマキもきっちり答えてくれた。
「そうですねえ。外堀に水を引けることと、それと合わせて投石が有効なことくらいじゃないでしょうか。守りを重視することになるでしょうから、その辺はすぐ作戦に取り込めそうですし」
更にモカも入ってくる。
「あと、あれは? 森の中に回復してくれる植物系モンスターが隠れてること。うちも回復してくれる人が一緒の時は気が楽だから、いると便利なんじゃない? 見つけるの大変だろうけど」
ハルマ達が得ている情報は多い。
しかし、条件が不確かなものも少なくない。
初期NPCを最上級ランクへと変化させた激レアアイテムであろう桃にいたっては、条件の片鱗すらつかめていない。教えたところで余計な混乱を起こしかねない。ゴーレムの進化についても、似たようなものだ。
与えられる情報は、ネマキとモカの口にしたラインが最適だろうとハルマも判断した。
『俺達が耐えてる理由を全部教えるのは、皆さんの楽しみを奪いかねないので止めておきます。教えても、再現できるのかわかりませんし』
どこまで丁寧な口調を使うべきか迷ったが、気にしすぎても何も話せなくなってしまう。
これだけ読んで落胆する者、納得する者と反応は半々といったところか。
しかし、続いて打ち込まれた内容には、同じような反応が返ってくることになる。
『教えられる範囲で有効なのは、フィールドで取れる石を指揮官に渡すことで、ゴブリンなんかが城壁の上から投石として使ってくれるようになること』
『石を集めるのにはフィールドを掘るのが有効です。加えて、城壁の回りに外堀があるので、近くの川から水路を作って水を引くと水系モンスターが勝手に湧くので防衛戦に役立ちます』
『あとは、森で植物系モンスターを捕獲すると、回復役として活躍してくれます』
以上が教えられるうちで、すぐにでも採用できそうな情報であることを伝えたが、しばらく反応がなかった。
あれ? と、ハルマも3人に視線を泳がせたが、互いにグループチャットにはちゃんと反映されているのを確認するだけで、同じように首を傾げるばかりだ。
「もしかして、あまりに初歩的な情報過ぎて、反応に困ってる?」
もし、そうだとしたら、非常に格好悪いと思っていたのだが、そうではなかった。
『ちょ……。何言ってるんですか?』
『これ、マジの情報です? 冗談とかじゃなくて?』
『は? フィールドを掘る?』
『え? 外堀に水?』
『ヒーラー担当のモンスターいたんだ……』
最初はざわざわとした小さな波だったが、次第に目で追い切れないほどの速度でチャットは流れ始めた。
そのほとんどが、ハルマ達への驚愕が占めていた。
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