Ver.7.1/プロローグ

「いやー。初日から動いたねえ」

 Greenhorn-onlineの開発運営チームのスタッフルームで、プロデューサーの吉多は各サーバーの状況を一通り確認するとチーフプランナーの白石に声をかけた。

 最後に見つめているのは、その中でも特殊なサーバーだ。

 魔界での戦いは3つのラウンドに区切られ、1つのラウンドは長くとも1週間の短期決戦。第1ラウンドでは、ひとつのサーバーに500前後のパーティが振り分けられ陣を構える。

 動いたと言っても、せいぜいが3~4陣営を傘下に収めた程度である。運良く知り合いが身近にそろっており、戦わずして味方を増やせたとしても10前後といったところだ。

 というのに。

「初日のこの時間で48陣営か。無血開城だけでこれは、さすがに驚きだねえ」

 白石が答える前に、吉多の背後からディレクターの安藤が現れ、アゴをさすりながら面白そうに同じ画面を見つめる。そこに映し出されているのは、初日にして圧倒的な勢力となったひとつの陣営だ。

 しかも、これで途中経過。この日のうちにまだまだ増えそうである。

「無血開城で陣営が増えているのは、良いんですけどね。いや、先々のことを考えると良くもないんですが……。というか、非常にマズイんですが。それどころか致命的なまでにマズイんですが」

 安藤と吉多の反応に対して、白石はどこか疲れた表情を浮かべたかと思ったら、プルプルと肩を震わせ始める。

 ハルマの陣営にモカ、マカリナ、ネマキといった有名プレイヤーがそろったことで、周囲のプレイヤーの格好の的になってしまうと開発陣も考えていた。

 これまでも様々なイベントでシンボル的な立場となって盛り上げてくれていただけに、早期リタイアは些かもったいないと思っていたくらいだったのだが、それもすぐに雲行きが怪しくなっていった。

「どうしてこの人達は、こうも簡単にポンポンポンポン想定を越えちゃうんですか!? プランナー総出で熟考に熟考を重ね、必死になって考えた隠し要素ですよ!? 少なくとも2~3年、もしかしたらこちらから開示するまで見つけてもらえないじゃないかって神経すり減らしながら実装したっていうのに!?」

 クワっと瞠目したかと思ったら、堰き止めていた感情が爆発したみたいに一気にまくしたてた。

「あ……、ああ。まあ、それは、うん。そうだね」

 あまりの剣幕に吉多もたじろいでしまうが、畑違いの彼でさえ、白石の気持ちは理解できた。

 それほど、ハルマ陣営の動きは想定外の連続だった。

 ログを調べた結果、本人達も早い段階で他の陣営に〈征服〉されるだろうことを予想していたことはわかっている。

 だというのに、いや、だからこそか、彼らの行動は終始一貫して勝ちを目指すものではなかった。

 もちろん、そういう陣営は多い。

 全力で〈魔界の覇者〉を目指すプレイヤーの方が少ないのは、魔界がオープンする前から開発陣もわかっていたことなので、それでも参加したいと思える仕掛けを準備するのも仕事のうちだ。勝利陣営に属していたプレイヤーに報酬を用意しているのも、そのためである。

 報酬でプレイヤーを釣るなと批判されることも多いが、それで参加してくれる層が一定数以上期待できるうちは、この手法は極めて有効なのだ。せっかく頑張って作ったのだから、1人でも多くのプレイヤーに触れて欲しいと思うのは、クリエイターとして捨てられない感情だ。

 そりゃ、報酬がなくとも遊んでもらえるに越したことはないのだが、報酬がなければないで批判されてしまうというのも、これまた困った反応であるのも事実である。なので、報酬とは違った変化も加えることになるわけだ。

 ハルマ陣営のモカやネマキなども、その仕掛けのひとつである、第2ラウンド以降に発生する城下町エリアへの大規模襲撃イベントに興味を持っているからこそ参加しているようなものである。

 しかし、この負けても良いという思考と、手を抜こうという思考が一致しないこともある。

 負けても良いから全力で魔界を楽しもうという思考に至った結果、存分に遊び始めたのである。それは良い。開発陣としても歓迎するべき姿勢である。

 ……のだが。

 個人の趣味に走っただけの建物が特殊な条件を次々と満たし、リゾートホテルへと発展したのを皮切りに、様々な隠し要素を見つけ出していくことになる。

 中でも驚愕だったのは、プランナーのほぼ全員が「誰も気づけないですよ」と、半笑いで実装したゴーレムの進化を、あっさりと実現させた上に「こんな条件誰も満たせないでしょ?」と、安藤がいたずら半分で実装させた、桃による初期NPCの若返りまで発見してしまったのだ。

 これには、社内でも情報漏洩が疑われ、大騒動になったほどである。

 それもあって、彼らのログが慎重に、しかし迅速に調べられたという経緯があったのだが、調べれば調べるほど、「この人達、何も考えてないんじゃ?」というくらいに感覚で行動していることがわかっただけであった。

「ホントに、混ぜるな危険、って感じの人達ですよね」

 白石も言いたいことを吐き出して落ち着いたのか、やれやれと首を振り、諦めの境地に戻る。

「さて、この後、どう動くかねえ?」

 安藤も微苦笑を浮かべながらも、どこか楽しそうだ。

 思ってもいなかったことが起こる。プランナーとしては心臓に悪いことの連続ではあるが、ワクワク感も堪らない。

「この調子だと、次回にかんしてはまだしも、それ以降のプランは練り直さないといけないかもしれないです」

「ハハハ……。そうだね。1週間で3年分くらいのストックを使わされちゃったみたいなものだから。このペースじゃ、残りもいくつ見つけられるか、わかったものじゃないからね」

 白石の言葉に、安藤も今度ははっきりと苦笑いを作る。

「何はともあれ、まだ第1ラウンドが始まったばかりですからね。今回もハルマさん達からは目を離せそうにないです」

 吉多の言葉を合図に、そろって大きなタメ息混じりの笑みが漏れるのだった。

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