Ver.7.0/第24話

「よっこいせっ」

 掛け声と共に、地面に鍬が突き刺さる。別にアバターの体なので、肉体労働による疲労もないのだが、動作に対して自然と声が出てしまうのは不思議なものだ。

 ツルハシとどっちが良いか迷ったが、土を掘るには鍬の方が適しており、順調に作業が進んでいた。本来、鍬は穴を掘るのではなく、耕すことに使うアイテムなのだが、デジタルの世界であるため土の状態を変化させるアイテムという認識の方が適切だろう。

 現在、ハルマがいるのは魔界である。

 城下町エリア内ではなく、フィールド。魔瘴にさらされ、滞在時間は最長でも3時間と定められているエリアだ。

 そんな場所で畑仕事かというと、そうではない。

「いやー。予想が当たって良かった」

 城壁の上からフィールドを一望した際、本城エリアの近くに川が流れているのを見つけたのだ。マップではただの森林エリアとなっており、実際に見てみないことには川があることは気づけなかったかもしれない。

 一番近い所で、距離にして150メートルほどしか離れていない。加えて、城の回りには水の張られていない外堀が存在する。

 当然、つなげればいいんじゃね? という発想に行きつく。問題は、フィールドの地形にプレイヤーが干渉できるのか? であったのだが、村で農作業する際に使っていた鍬で試してみた結果、ちゃんと穴を掘ることができたのだ。

 邪魔な森林エリアも挟んだが、こちらも斧を使うことで伐採が可能なことが判明した。しかも、伐採した樹木も素材として使えると、良いこと尽くしだ。小さいサイズの木の場合は、穴を掘るアイテムを使うことで、そのままインベントリに入れることが可能なことも判明した。これで、城下町に植樹も可能なようだ。

 斧も蘇生薬の素材を集める際に定期的に通っている雨降りの迷宮のボスを倒すことで頻繁にドロップする。初級迷宮のボスである、みのかさタウロスの場合は両手斧なのでハルマのSTRでは未だに装備できないが、中級のミノタウロスの場合は片手斧に変わるので、エンチャントとSTR上昇薬を併用することでギリギリ装備可能だった。ここで〈覆面〉を使ってワーウルフになっても良かったのだが、そこまですると過剰な気がしただけだ。

 土を掘るといっても、ゲーム内の仕様と言うこともあり、ブロックのように決まったサイズの土の塊として場所を移すことになる。

 ザクッと鍬を振り下ろした場所の土の塊が、ひょいっと横に積み重ねられる。これがツルハシの場合だと、ブロックのサイズが小さくなり、作業効率が落ちてしまうのだ。

 ただ、作業が予想以上に捗ったのは、シャムのおかげもあった。

「いやー。助かる」

 掘り出した土のブロックを移動させる必要があったのだが、何でも食べるのがスライムの特性ということもあり、なんとその場で食べてくれたのだ。むろん、基本は肉食であるためほとんど吐き出してしまうのだが、ちょっとしたブルドーザー並みの仕事をやってのけてくれたのである。

 最初の数回、ハルマ自身が持ち上げ、移動し、脇に積み重ねる、という作業を行ったところで学習してくれたのか、食べて、運んで、吐き出す、ということをやってくれるようになった。その際、ちょっとだけ土のブロックが小さくなっているが、水路の土壁として使うには問題ない。

 わざわざハルマが持ち運ばずとも、一度インベントリに土のブロックとして仕舞って運ぶことも可能なのだが、ひとつひとつ並べていく作業は、地味に時間がかかってしまう。そこをシャムが代わりにやってくれるようになったのは、嬉しい誤算というやつだ。

 掘り出し作業もハルマだけでなく、ツルハシを使うバボンも手伝ってくれ、邪魔になる小石などはマリーがポルターガイストを使ってどけてくれる。ニノエとハンゾウも自主的に手伝ってくれたおかげで、1時間とかからずに川と外堀はつながった。

「ところで、この水って、溢れないか?」

 つなげてから思い至った懸念点に、慌てて対策を考えたが、これもシャムに頼むことで解決できそうだった。

 どかした土を元の場所に戻して、堰き止めれば良かろうとなったわけだ。土はブロックとして脇に積み重ねられているので、シャムでなくとも難しい作業でもない。

 しかし、これはもっと簡単に解決された。

 外堀が8割程度水で満たされたところで、それ以上増えることがなくなったのだ。

「さすが、ゲーム。ん? なんか知らんけど、モンスターも勝手に入ってきてるな。っていうか、フィールドの種類でポップするモンスターは決まってるから、ここで自然発生してるのか」

 あっという間に湛えられた水の中、3種類の水棲モンスターの姿を見つけることができた。

 戦って正体を暴くのが手っ取り早いのだが、相手は水の中である。アクアがいるとはいえ、どんな強さなのかも判然としないため、陸上から〈鑑定〉スキルを使うことにする。モンスターのステータス的な部分はわからないが、名前や特徴は調べることができるからだ。

「しびれゼリー、ばくだんグローブ、きりさきタートル、か。どれも厄介なモンスターだな」

 一番数の多いしびれゼリーは、端的に痺れクラゲである。接触するだけでマヒの状態異常を与えてくる。

 ばくだんグローブも名前の通り、爆発するフグのモンスターだ。ただ、これはどの程度の爆発なのかは不明である。自爆して、自らも消えてしまうのか、フグのトゲだけを飛ばして自然回復するのか、そのどちらでもないのかは、戦ってみないとわからない。そして、戦うつもりは今のところない。

 さいごのきりさきタートルは、単純に硬い甲羅の部分に刃物状の突起物があり、水中を高速移動する際に切り付けてくるモンスターであるようだ。

 どれもコモン種のモンスターのため、数は多く、体も大きくないが、水中という特殊な場所を棲家とするため、陸上モンスターを相手にした場合、かなり有利に戦いを進めることになるだろう。

「ここにいるモンスターって、他のプレイヤーに攻め込まれた時はどういう扱いになるんだろ?」

 一応、城門にかかる橋まで本城エリアに含まれる。つまりは、外堀も本城エリアの範囲ということになる。しかし、そこで泳ぐ水系モンスターの群れは、ハルマが戦って集めた兵士というわけでもない。

 そして、本城エリア周辺のフィールドは、拠点エリアでもなければモンスターが徘徊するエリアでもない、いわば不干渉の中立エリアみたいなものであるため、モンスターも本来ポップしないはずなのだ。

 また、防衛戦も籠城だけが戦略ではなく、本城エリアから離れた中立エリアまで戦場が広がることもあるようだ。

「ま、どっちでもいっか」

 自衛的に戦ってくれるのなら儲けものだと、ハルマはその場を後にするのだった。

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