Ver.7.0/第22話

 風の大陸、アウィスリッド地方にある長老樹の元には、直に転移できる。

「あれだけの量が入るのに、入れる時は一瞬なんだよな。水源も量は変わらないし」

 スタンプの村にある世界樹よりも立派な枝葉を伸ばす長老樹の根元にある洞穴の中に、ひっそりと存在する憩いの場所。癒しの水と呼ばれる足湯には、今日も数人のダークエルフが湯治に来ていた。

 エルフの水瓶に汲み入れて、癒しの水が枯渇してしまわないか不安になったが、完全に杞憂であった。さすがは、デジタルの世界である。

 その場ですぐにエルフの水瓶から、癒しの水を出してみようかとも思ったのだが、ただの水なのか、癒しの水なのか、アバターの体では判断できないために諦めた。

 魔界でネマキが作るホテルに、水を張れるスペースが用意されているので、そこに流し込んでみないことには、わからないだろう。

 癒しの水がそのまま出てくるならスパとして、水になってしまっているならプールとして使う予定だ。

 温泉水の癒しの水にせよ、ただの水にせよ、放水されたものが消えずに残るのかも不明なため、色々と楽しみな試みである。


「これが温泉なんですか? それにしても、ジョウロだと何往復もしないといけないと思っていましたが、面白いアイテムをお持ちだったんですねえ」

 湯船にしては広く、プールにしては浅い場所でエルフの水瓶を使用する。

 ちょっとした噴水のように水瓶から放出された液体は、その場で消えることなく溜まっていく。

「ハハハ。これも足湯に関連するクエストで貰ったものですよ。それより、湯気が出てるってことは、温泉みたいですよ」

 足首の辺りまで溜まったところで、湯気が上り始めたのだ。温泉特有の硫黄臭もなければ熱も感じないので不思議な感覚だが、ただの水ではなく、間違いなく癒しの水であるらしい。

 その証拠に。

「あら? 効能も残ってるみたいですね」

 パジャマ姿のまま、湯船に入ってきたネマキに、温泉マークのアイコンが追加されたのだ。

「え? 本当だ……」

 ハルマにも同じアイコンが表示されていることに気づき、軽く驚いてしまう。癒しの水の効能は大したものではないが、あるとありがたいものだ。

 一定時間浸からなければならないが、HPとMPは全快し、バッドステータスも回復する上に、各種バッドステータスへの耐性が20%、3時間付与される。また、自動回復5倍の効能が同時に付与される。

 これを持ち歩けるとなると、利便性がグッと向上する。ただ、いちいちフィールドで湯船を用意しなければならないのは、些か面倒ではあるし、自動回復5倍の効果は即座に発揮されるとはいえ、その他の効能はじっくり時間をかけることで発揮されるものなので、頻繁に使えるものでもない。

 そして、この後、思わぬことも判明した。


「ハルマ様。ちゃんとスパリゾートホテルとして認定されたんですけど?」

「されましたね」

 ふたりそろって目を丸くしてしまう。

 すでに宿屋として認定させるために受付と看板を設置していただけでなく、部屋数とベッド数を増やし、ネマキのこだわりを諸々反映させたところで、リゾートホテルにランクアップされていたのだが、更に表示が変更されたのだ。そこには、しっかりとスパリゾートホテルと表記されていたのである。

 ネマキが凝りに凝った上に、温泉を用意したことで最後の条件を満たしたらしい。

「えーと、なになに? 城下町の人口が増える。この城下町の知名度が上がったってことなんでしょうか?」

 ネマキは追記された説明文をメニューから呼び出し、確認する。ハルマも同様にメニューを開いており、互いに新たな効果を確かめ合うことになった。

「レアNPCの出現率も増加するみたいですよ。レアNPCって、指揮官NPCのことですよね?」

「この書き方だと、住民NPCにもレアキャラがいるような感じですよ? あら。戦闘後に兵士が湯治にくることで回復時間が短縮するみたいですよ。勝ち残れるかわかりませんけど、連戦になった時にはありがたいかもしれませんね」

「病院以外にも、回復できる施設が準備されてたのか」

「病院? それも作れるんですか?」

「あ、はい。町長に作り方教えてもらってるんで、作ってる途中です」

「あら、そうだったんですね。それじゃあ、そちらのお手伝いもしましょうかしら」

「え!? いいんですか?」

「構いませんよ。こちらのホテルも、かなり満足できるものが作れましたから。温泉を見つけて来てくださったお礼も兼ねて、な療養施設にしようじゃありませんか。の大魔導士だけに! ふふっ、ふふふふふ」

「あ、はい。お願い、します」

 こうしてまた一歩、おかしな方向に進み始めることになるのだった。

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