Ver.7.0/第21話

 すぐにでも長老樹の根元にある足湯に向かおうと思ったのだが、その前に準備しなければならない物があることに思い至る。

「この水瓶の中の水って、どこかに保管できるのか?」

 湧き出る温泉水を魔界に持ち込めるのか、一応試してみることにしたのだ。そのためには、水瓶の中を一度空にしなければならない。入ったまま新たに汲むことで上書きできるかもしれないが、混ざって水のままということにもなりかねない。

 任意の場所でエルフの水瓶は使うことができるので、テキトーな場所に水を撒けばいいだけなのだが、どれくらいの量が保存されているのか、確認しておきたかったというのもある。

 ジョウロを使っても持ち運べるが、あちらは一度に入れられる水の量も多くないので、何度も汲み直さないといけない。

「ところで、アクアって、水じゃなくてお湯でも大丈夫なのか?」

 エルフの水瓶に蓄えてある水は、アクアの身を保護する水としても活用されることになっている。自己修復に近い能力で随時補給しているので、いまのところ役に立ったことはないが、今後、乾燥したエリアでの激戦も考えられるので、必要になることもあるだろう。

「熱湯でなければ問題ありませんよお。特にい、私は竜人種由来のマーメイドなので、一般的なマーメイドよりは熱に強いですのでえ」

 ちなみに、アクアは常に水を身にまとっている関係で、火属性の攻撃にもダメージを受け難い。だが、この話ぶりだと、水が沸騰するほどの攻撃を受けるとダメージも大きくなるのだろう。

「なるほどね。しかし、困ったな。触ったところで温度は全くわからんもんな。何なら、マグマにだって手を突っ込める体だろうし……。まあ、ニノエ達も気持ち良さそうに浸かってるから、熱湯ってことはないよな?」

 チラリとニノエに視線を向ける。

「そっすね。アクアさんでも、ちょっと温いくらいだと思うっすよ」

 ダークエルフの感じる温いが、共通認識なのかはさておき、おそらく問題ないであろう。そうなると、問題はやはり、すでに水瓶の中に入っている大量の水をどこに放出するかとなる。

「モカさんとネマキさんに、思ってた以上に場所持って行かれたから、自由に使える土地って、意外に少ないんだよな」

 城下町エリアの大まかな構想は出来上がっている。現在は、それに沿って準備を進めている段階だ。脳内に出来上がっている未来予想図で検証するも、やはり余分な土地はほとんど残っていない。

「中がダメなら、外、か? 今日の分の素材採取まだだから、ちょっと探してみるか」

 

 フィールドに出て、すぐに打ってつけの場所は見つかった。

「外堀あるけど、水は張ってないんだな」

 採取や兵士集めに向かうには、城下町から出ることが多かったため、本城エリア周辺の地形を見て回るのは初めてだった。

 よくよく考えてみると、本城エリアのことは、NPCに任せ切りであるので、外観どころか、内装も把握していない。知っているのは、ラヴァンドラの常駐する玉座の間と、近くにいるファーンとピナタの重要NPCのいる部屋だけだ。

「兵士を本格的に配置する前に、一度見て回らないとダメだな」

 水の張られていない外堀は、深さ5メートルほどだろうか。ぐるりと本城エリアを囲む城壁に沿って10メートルほどの幅で掘られている。城門の前に橋がかけられ、往来は自由にできるようだ。

「にしても、跳ね橋じゃないんだな。城門か城壁のランク上げたら変化するのかな?」

 木製の質素な橋とはいえ、10メートルの幅を渡れるサイズだ。そう簡単に動かせるとは思えない。鎖で引き上げられるようになっているようにも見えないため、据え置かれているものなのは明白だ。正直、防衛のことを考えると頼りない。

 とはいえ、現状、初期ランクからひとつ上の強度にランクアップさせただけだ。勝ち残る気がないとはいえ、無防備すぎるのも失礼であろうと城壁と城門だけは手を加えたのだ。見張り台と本城の強化をどうするかは、城下町エリアの進み具合で決めていくことになっている。

 実のところ、素材と資金に余裕はあるので、もうひとつの上のランクには見張り台と本城を合わせてもすぐに上げられる。しかし、無駄になるとわかっているものに、300万ゴールドをポンと出せるかと言うと――余裕で出せるのだが――やはりもったいないという気持ちの方が強いのだ。

「とまれ、時間ももったいないから、早速やってみるか」

 当初の目的を思い出し、インベントリからエルフの水瓶を取り出すと、外堀に向けて放水を始める。

 超特大の水量だと勢いが強すぎるので、特大の範囲でどんどん水を垂れ流す。エルフの水瓶による放水は、放水量と放水時間は反比例する仕様になっている。小に比べて特大は短時間で放水が止まってしまうのだ。超特大で15秒、特大で30秒。そのため、30秒ごとにMPを使って放水しなければならなくなる。

 放水に必要となるMPはハルマの極小ステータスでも苦にならない量しか必要とはしないながらも、立て続けに要求されると苦しくなってくる。

 結局、一度はMPポーションを使って補充しなければならないほど水瓶の中に水は溜まっており、外堀にも薄っすらと水が張られるほどの水量となっていた。

「めっちゃ入ってるとは思ってたけど、思ってた以上だな。しかし、しまった。外堀が広すぎて、結局、どのくらい入ってたのかよくわからん。どこか堰き止めて範囲絞ってからやれば良かった」

 またどこかのタイミングで検証してみないといけないなと思いつつ、ひとまず魔界から出て、長老樹の元へと向かうことにするのだった。

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