Ver.7.0/第20話
「え? そういうことだったんですね」
マカリナよりも少し遅れてモカとネマキも魔界にやって来たところで、確保しておいた場所は柵を目印にして囲ってあることを伝えると、真相が判明した。
通常、戦闘で発生するスキルや魔法によるダメージは、決められた範囲内にしか与えられない。見た目のエフェクトがどれだけ派手でも、せいぜい半径10メートル前後の範囲までで収まる。戦闘エリア全体を対象とするスキルや魔法もあるにはあるが、基本的には限られた範囲内にしか攻撃を行えないものだ。範囲が決まっているからこそ、プレイヤーも避けることができる余地が生まれる。
しかし、魔界ではルールが異なるらしいのだ。
「どうやら、魔法の効果範囲がINTの数値で変化するみたいで、わたしの場合だと、2発撃っただけであの範囲になっちゃったんですよ」
「ごめん、ごめん。あたしも言い忘れてたよ」
ネマキのステータスが高すぎたことで、魔法1回分では少し物足りなく、2回分だと広くなり過ぎたということだったようだ。フィールドでは本来の範囲より外になるにつれて与えられるダメージは減っていくのだが、瓦礫の撤去という作業においては、ダメージ量はあまり関係なかったようである。
「じゃあ。もうひとつの空き地の方は?」
自然と視線をモカに向ける。
「あー、そっかそっか。紛らわしかったか。ネマキちゃんの話を聞いて、うちのスキルの攻撃範囲がどのくらいあるのか試してみたくて、テキトーにぶっ放した跡だわ、きっと」
にゃっはっはとモカが罪を認めた。しかし、そこで何かを思いついたのか、ピタリと笑い声が止まる。
「そうだ。せっかく場所とっておいてくれたのなら、うちも何か作ってみようかな?」
コテリと首を傾げた後で、「うん」と決心したみたいに頷く。どうやら、決定事項となったようだ。
「というわけで、うちにも建物の作り方教えてくれる?」
こうして、ネマキとモカの建築作業が始まった。
「リナちゃーん。これって、ただ並べていけばイイの?」
「ハルマさま~。もうちょっと高級感のあるベッドって作れませんか? できれば、お姫様ベッドみたいに、ふりふりのカーテンとか付いてるのが欲しいんですけど」
「リナちゃーん。手が届かない所に壁乗せたいんだけど、どうすればイイ?」
「ハルマさま~。大理石っぽい質感の床ってありませんか?」
「リナちゃーん」
「ハルマさま~」
3時間のフィールドワーク以外、城下町エリアでそれぞれ作業を続ける時間が多くなった。
ハルマは城下町全体の下地を整えながらネマキの手伝いをし、マカリナは武器と防具の管理をしつつ、モカの手伝いを行っている。
ネマキは当初の予定通り、湖の畔にリゾートホテルを、モカは思い付きで城下町の中にダンジョンを作っている。
ネマキのリゾートホテルは宿屋の豪華版だと思えば使い道もあるだろうが、モカのダンジョンは本当にただの思い付きであるらしい。
どうやら、モカの作り出した空き地の広さが、たまたま第1回の〈魔王イベント〉で魔王城を拵えた時の広さに近かったこともあり、今だったらどんなダンジョンになるか作っているのだそうだ。
マカリナも建物作りは素人だが、モカに頼られるのが嬉しいらしく奮闘している。
思っていた以上に広い土地を与えられたネマキではあったが、作業は順調に進んでいた。アドバイザーとしてハルマがいるだけで、やりたいことはだいたい解決してくれるというのも大きかったが、もともとサンドボックス系のゲームの経験者ということもあり、すぐに慣れたのも大きかっただろう。
ハルマが思っていた以上に、スイスイ出来上がっている。
むろん、必要な建材を魔界に持ち込めるはハルマだけなので、負担は大きくなったが、ハルマ自身も大量に建材を必要としているので、あまり気にしていない。
「ねえ、ハルマ様?」
「なんでしょう?」
通常サーバーで作ってきた建材を届けた際に、声をかけられた。
「これだけ立派なリゾートホテルなので、どうせならスパリゾートにしたいんですけど、温泉って掘れませんかね?」
宮殿のような外観になりつつある建造物を眺めながら訊いてきたのだ。ハルマも隣に並んでネマキの仕事を眺める。
インドのムガル建築を参考にしているのであろうか、全体的に白を基調にしており、ドーム状の屋根にシンメトリーの位置に配置された塔、大きなアーチ型の門が目につく。
中に入れば、湖を一望できるように客室も配置されており、時間があれば、湖周辺にも手を加えたいようだ。
「温泉、ですか。井戸は作ったことありますけど、あれは特殊なアイテムで実際に俺が掘ったわけじゃないんですよねえ。さすがに、掘り当てることはできないでしょう……けど」
「けど?」
ネマキも半分以上冗談のつもりで尋ねていたので、思わぬ反応に怪訝な表情になってしまっていた。
「ああ、いや。どうだろう? 足湯がある場所なら知ってるんですよ。お湯を持ってこれるのかはわかりませんけど」
「あら。この世界にも足湯なんてあるんですね。普通の温泉なら私も知っていますけど。なるほど。他所から持ってくるのはありかもしれませんね」
「え? 普通の温泉もあるんですね」
ハルマの驚く様子に、逆に呆れた顔にネマキもなる。
「ホントにアンバランスな人ですねえ。火の大陸のフーソル地方にある火山の麓に行けば、誰でも見つけられる場所ですよ? むしろ、そちらの方を知らないことに驚きなんですが」
ネマキの胡乱気な視線が痛い。彼女の口にしたフーソル地方とは、1年前には開放されているエリアなのだから、ハルマが未開放であることの方が変なのだ。
「ふむふむ。水と一緒で濡れる感覚もなければ温まることもできないから、気分を楽しめるだけなのは一緒みたいですね。でも、俺の知ってる足湯って、ちょっとしたボーナス効果があるのに、そっちの温泉には何もないんですね」
ネマキに教えられた温泉の効能は景観を楽しみ、プレイヤー同士の交流の場として設けられている以外、何もないようだった。当然のことながら、レーティングの関係で温泉であっても全裸になることはできず、基本的にプレイヤーは通常の見た目のままの姿で浸かることが多いらしい。中には、水着に近い入浴時専用の見た目装備を準備し、スイッチングで切り替えてから入浴する者もいるようだが、少数派であるようだ。
利点があるとすれば、転移場所として設定できるので、移動が楽になる程度なのだとか。
「これといってクエストをクリアしなければ入れない場所でもありませんからねえ。温泉地というよりも、行楽地のプール、あるいはただのベンチに近いかもしれませんね。それでも、建物どころか屋根も何もない露天風呂なので、頻繁に噴火する火山を目の前にのんびり湯船の中で寛ぐのは、現実世界では味わえない楽しみではありますかね」
「なるほど。思ってた以上にダイナミックな温泉なんですね。ちょっと行ってみたいな……。何はともあれ、足湯の方は、たぶんレアクエストをクリアしないと入れないから、効果が付いてるってことなんですかね?」
こうして、ダークエルフの暮らす森の中、世界樹とつながる長老樹の根元にある秘湯のことを思い出し、久しぶりに足を運んでみることにするのだった。
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