Ver.6/第43話

 アクアの能力を確認し終え、家を出る。

 ファイアールで見つけたクエストも気になるが、まずはシャーザーキに向かうことにした。昨夜は、ほとんど足を踏み入れただけで、散策も行えていないからだ。

 

「本来は、こういう感じなのか」

 クラーケンに備え、臨戦態勢だった集落も落ち着きを取り戻し、穏やかな日常の風景が広がる。

 あちこちにあった店にも人が戻り、利用も可能だ。

 店員は、多くがマーメイド以外の種族が担っているようである。

「基本的に、私たちは自給自足で事足りるんですけどねえ。陸上で暮らす種族の方でないと採取できないものも多いので、こうやって行商人を呼んで商いをやってもらってるんですう」

「なるほどね」

 アクアの説明を聞いて、この集落の設定を学んでいく。

 マーメイドに限らず、魚人種と他の種族との関係は良好なようだ。

 この世界の新たな一面を知ることができるだけでも、ここに来た甲斐があるというものだが、店で売られているものを見て回ると、興奮は更に大きくなった。

「さすがにエリアをすっ飛ばしただけはあるな。知らない素材やアイテムばかりだ」

 見かけた物を片っ端から購入していきたい誘惑に、グッと耐え、全ての店を見て回る。買いそろえたところで、使い道がわからないものばかりなのだ。中には、所持しているレシピに対応できそうなものも散見されたが、そこの研究に時間を費やしている場合ではない。ただでさえレベル上げの時間を削ってやってきているのだ。

 それでも、購入を我慢するのは、断腸の思いであった。

「くーっ! クラスが追加された直後じゃなければなあ」

 NPCに囲まれ、誰からも共感してもらえない嘆きを吐き出す。

「まあ、仕方ない。それより、ここから外に出るのは、どうすればいいんだ?」

 アクアの話だと、この近くにマーメイドの都市、ヌソッキがあるはずだ。

 ここと違い、入るのにボス戦もないだろうから、足を延ばしてみようと思っていたのだ。

「それならあ、陸の方に転移門が設置されていますから、そちらを使ってください~。私たちは使いませんが、他の種族の方が来られる際の玄関口ですのでえ」

 アクアに案内され向かったのは、昨日、NPCが避難していった場所の方角だった。どうやら、避難場所の洞くつの中に、転移門も置かれているらしい。

 シャーザーキそのものが、切り立った崖に囲まれた入り江の中に作られている。

 転移門のある洞くつは、そんな崖の一角にあり、中にはいくつかの民家らしき建物も置かれていた。ここも、元は天然の鍾乳洞か何かだったらしく、天井にも床にも鍾乳石らしき突起物が残っているが、床の方には往来しやすいように、大部分に板が渡され、通路が出来上がっていた。

 あちこち寄り道できそうな空間が広がっていたが、板張りの通路に従って進んでいけば、迷わず転移門へとたどり着いた。

 ここには、避難場所になる広場と、行商人の休息所くらいしかないらしいので、まずはヌソッキを目指すことにした。


 転移門を起動させ、瞬時に視界が切り替わると、目の前の光景にびっくりさせられた。

「え?」

 転移門は、ここ以外でもいくつか利用されている。

 イベント会場へ向かう場合を除き、その転移距離は短い。

 だいたいが、ダンジョンの奥地から入口へと送り届けてくれるものなので、今回も、シャーザーキから遠く離れた場所へ移動したわけではないだろう。

 ハルマが到着したのは、どこかの高台で、見晴らしの良い広場だった。それなのに、目の前には、ヌソッキと思われる街並みが見下ろせていたのだ。

「どうかしましたかあ?」

 アクアが横でシャーザーキとヌソッキのことを語っていたが、ハルマの反応が思わしくないことに気づき、尋ねてきた。

「いや。あれって、ヌソッキだよな? シャーザーキとヌソッキって、どのくらい離れてるんだろう? って、思ってさ」

「シャーザーキなら、あそこですよお?」

 ハルマの問いに、アクアは指をさして答える。

 指さす方向を見てみると、ヌソッキのすぐ近くに島がある。シャーザーキは見えないが、どうやら目と鼻の先という距離感であるらしい。

「何で、アクア達は、ヌソッキから離れて集落作ってるんだ? こんなに近いなら、一緒に暮らした方が便利なんじゃないか?」

「あ~。そういうことですかあ。実は、私達シャーザーキで暮らすマーメイドと、ヌソッキで暮らすマーメイドは、厳密には違う種族なんですよお。私達は気にしないんですけど、ヌソッキのマーメイド達からは特別扱いされちゃっていましてえ、一緒に暮らすと、何かと不便なんですう」

「何か、悪さでもしたのか?」

「違います、違いますう。ヌソッキのマーメイドは純粋な魚人種なんですが、シャーザーキのマーメイドは、正確には竜人種で、水神様の眷属の子孫なんですよお。私の魔力が高いのも、その名残みたいですう」

「ふぁ!?」

 アクアの説明に、思わず彼女の下半身に目が行く。

 今まで魚の下半身だと思い込んでいたため、しっかりと観察しなかったが、言われてみれば魚とは少し違う。マーメイドとラミアの中間といったものだ。

「竜人種と呼べるほど神通力も残っていないので、マーメイドとして扱ってもらって構わないんですけどねえ。どうしても純粋なマーメイドからは崇められちゃって、気が抜けないってことで、別々に暮らしているんですう。本当は、仲良く一緒に暮らしたいんですよお?」

「何ていうか、平和なエピソードだな。要は、特別扱いされたくない、支配階級になりたくない、ってことだよな?」

「まあ、そういう感じですねえ」

 おっとりとしたアクアの受け答えを聞いて、何だか仲良くやっていけそうだと、改めて思うハルマだった。

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