Ver.6/第38話

 ザッパーン! と、クラーケンが勢いよく海から飛び出したのに合わせ、大きな波が生まれる。それだけでなく、飛び上がったクラーケンが大きな体を広げて自ら海面を叩きつけるように着水したことで、更に大きな波が作り出された。

 ハルマの目の前にいくつもの水の壁が迫ったきた。

 今まで経験してきたゲームだと、この波の数だけダメージを受ける。波が小さければ、衝撃も小さくなり、バボンの〈シールド〉も効果が期待できたかもしれないが、自分の背丈と同じくらいの高さがある波が連なっているのだ。

 一度に大きなダメージを与えるものではなさそうなので、もしかしたら、高いレベルの盾職や、それに特化したクラスを持つことで、耐えられるのかもしれない。

 だが、この波の衝撃をひとつでもまともに食らえば、ハルマの場合はおそらくアウトであろう。

 戦闘エリアぎりぎりまで下がれば届かない可能性もあったので、すでに目一杯下がっているが、どうやら予想通りエリア全体を範囲にした攻撃らしい。

 万事休すだな、と思った矢先だった。

 ひとつの可能性を思いつく。

「やるだけやってみるか」

 逃れる場所はない。耐え切れるステータスでも装備でもない。しかし、襲い掛かる波をものともしない仲間がいた。

 ベーシストレントのコンバスと戦った時と同じく、翼を持つヤタジャオースだ。

 波が届かない場所にいる彼は、大技を繰り出したことで動きを止めているクラーケンに、大ダメージを与えていた。

 そのことに気づくと、ひとつの答えが導き出されたのだ。

 ただ、成功するかは、やってみないことにはわからない。

 ハルマは、インベントリから次から次にアイテムを取り出し、使用し始める。これだけ立て続けに使うのも、〈大魔王決定戦〉の決勝以来だ。

「間に合えー!」

 スキル〈奇術〉。その中の〈人体浮遊〉は、透明な足場を構築するものである。手早く足場を組み上げ、駆け上る。

 近くにいたニノエ達も、ハルマに倣って荒波から逃れようと登ってきた。

 そうして、全員が透明な足場の上にたどり着いた直後だった。

「うおおお!?」

 先ほどまで立っていた砂浜は荒波に飲まれ、もみくちゃにされていた。

「助か……うわぁああああぁ」

 何とか攻撃範囲から逃れたと思ったが、〈人体浮遊〉の足場の上も、安全圏にはならなかった。

「この足場、攻撃受けると壊れるのか!?」

〈大魔王決定戦〉の時に、テスタプラス達に攻撃されたことはあったが、足場がダメージを受けるのは初めての経験だった。それだけ強力な攻撃なのだろう。

 このままでは、足場を失い、荒波の中に落ちてしまう。落水するだけなら、〈水泳〉のスキルで生存ルートがあるかもしれないが、水が引いていく気配がない。

 つまり、戦闘エリア全域が、一時的だろうが、水で覆われてしまっているのだ。

 こんな中でクラーケンと対峙しては、とてもじゃないが戦いにならない。

「頼む!」

 誰に祈りを捧げたのか不明だが、ハルマは〈人体浮遊〉と同じく、インベントリからアイテムを取り出した。これが機能しなければ、敗北が確定する。

 直後。

 ハルマは賭けに勝った。

「ダイバー師匠、あーりがとー!」

 思わず、〈奇術〉スキルを授けてくれたNPCに感謝の叫びを上げていた。

 もし、この場面を他の誰かが見ていたら、何が起こっているのか、理解できなかったことだろう。

 何しろ、ハルマは今、水の上に立っているのだから。

 波の上下運動に合わせて、ハルマも上下する。しかし、沈む気配はない。

 仕掛けは簡単だ。

 これも〈手品〉から〈奇術〉に進化した際に覚えたスキルで、ずばり〈水面歩行〉である。〈水面歩行〉と名付けられているが、奇術のタネはシンプルで、〈人体浮遊〉同様、見えない足場があるだけだ。〈人体浮遊〉との違いは、単純に水に浮くという点だけである。

 スキルを取得した直後は、使い勝手の良いスキルだと思ったのだが、実際には使う場面がほとんどなく、ちょっとした水場をショートカットするのに使っていた程度であった。

「戦闘中に〈人体浮遊〉が使えるのは知ってたけど、こっちは初めて使ったからなあ。良かったあ、使えて」

 もしかしたら、このゲームを始めて最大級のピンチだったかもしれない。

 ハルマも、生存ルートが存在していたことに驚いてしまう。

 これで、今度手詰まりとなったのは、クラーケンの方である。

 叩いても効かない。

 岩を投げ飛ばしても効かない。

 毒墨を吐いても効かない。

 荒波をぶつけても効かない。

 これ以上の攻撃パターンは用意されていない。

 後は、ハルマのドレインにダメージが蓄積され、一気に解き放たれるのを待つだけであった。

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