Ver.6/第37話

 ハルマ自身は、幸運にも未だダメージを受けていない。

 ただ、どうして無事なのか、戦っているハルマ本人は理解していないというのが、些か奇妙な状況ではある。

「何で、俺、まだ死んでないんだ?」

 叩かれても叩かれても弾き返し、飛んでくるいくつもの岩石を弾き飛ばし、吐き出される毒墨を何度浴びても、変化がない。

 アクアに逃げるようにアドバイスをもらった毒墨だが、ハルマのAGIでは逃げきれなかったのだ。おかげで、数ターンに一度の頻度で繰り返される毒墨を浴び続ける結果になったのだが、一向に状態異常に陥る気配がなかった。

 それも、そのはずだ。この毒墨で引き起こされる状態異常は暗闇、猛毒、スロウの3種類しかないとはいえ、本来、どれかひとつでも食らうと致命的なはずなのだが、その全てにおいて無効にできるスキルを取得しているのだから。

 もし、クラーケンに自我があったなら、どうして目の前のひ弱そうな人間を倒せないのだろうかと、混乱していることだろう。

 そして、スキルを所持していることを忘れているハルマもまた、軽く混乱しているところである。

 戦いは、そんな両雄が対峙したまま、ある種の膠着状態に陥った。

 だが、互いの陣営という視点に切り替えると、少しずつではあるが、クラーケンのHPを削り取ることができていた。

 ヤタジャオース、ズキン、アクアといった面々が、ハルマに守られながら、攻撃を続けていたからだ。時折、ハルマの手が届かない所で被弾することもあるが、辛うじて即死を免れており、ピインとニノエが必死になって回復させている。回復が追いつかなくなってきたので、ハンゾウもニノエに変化して対応しているというのもあるが、ある意味、パターンにはまった状態だった。

 それも、ぎりぎりハルマ陣営が総崩れしないラインで。

 しかし、それが長続きしないのも、お約束というやつである。

「うー。地道にがんばってくれたおかげで、そろそろ25%削れるけど、どうだ? パターン変わるか?」

 ボスモンスターの行動パターンが変化するタイミングは、多くが残りHPが50%を切ったタイミングか、25%を切ったタイミングである。しかし、レイドモンスターや、豊富なHPを持つモンスターの場合は、その切り替えのタイミングがもう少し細かく刻まれることもあるのだ。

 果たして、クラーケンも、ハルマの懸念の通り、そのタイプであった。

「何するんだ?」

 ひっきりなしに近い動きで攻撃を続けていたクラーケンが、急に砂浜を離れ、海に潜ってしまったのだ。どうやら、入り江の中を所狭しと泳ぎ回っているらしい。

 ハルマも、何だかよくわからないが、悪い予感しかしないので、距離をとるために後方へと下がり始める。

「ハルマさーん! 荒波を起こす気らしいですう! 気をつけてください~!」

 何が起ころうとしているのか、視覚的にもわかってきた頃になって、ようやくアクアが忠告してきた。

「だから、そういうことは、もっと早く教えてよっ!」

 戦闘エリアを見回すが、逃れられそうな高台が用意されているわけではない。そもそも、そういうギミックだったとしても、今から逃げ出したのでは、ワーラビットになったとしても間に合うはずもない。

 おそらくは、大量の海水が押し寄せる広範囲攻撃だろう。下手したら、広範囲どころか、戦闘エリア全体が範囲である可能性の方が高い。

 これが物理攻撃とは思えない上に、ガードできるとも思えない。水属性と仮定すれば、耐性が70%はある。バボンの〈シールド〉込みで耐え切れないだろうかと一瞬頭を過るが、即座に、無理と判断した。

 これから襲ってくるであろう水の壁は、ハルマの〈ファイアーブレス〉を合わせ技で最大限に威力を高めたものと同レベルか、それ以上の威力が予想されるのだ。ちょっとやそっとの軽減で、ハルマのHPが残るはずがない。

「詰んだ、か?」

 無策でも、淡い希望はある。

 プレイヤーのステータスやスキルなど無視した定率ダメージの可能性だ。どんなステータスや装備のプレイヤーであっても、HPが1だけ残る。そんな攻撃の可能性だ。

 そういう攻撃である可能性は、意外に低くないというよりも、割とよくある演出だ。特に、戦闘エリア全域を対象にした攻撃の場合は、逃げ場がない分、救済措置的にHPが残ることがある。全員が瀕死状態なので、立て直しに大わらわとなるが、相手もしばらく動きを止めることまであるほどだ。

 しかし、このパターンでなかったとしたら、全滅必至だ。

 攻略方法のない攻撃は仕掛けてこないはずだが、どう考えても、戦うには早すぎる相手である。レベルも装備もクラスも、何もかもが不足した状態で戦っているはずなのだ。対策を立て、事前に万全の準備を整えても、勝率数十%であろう相手に、不意打ちされているのだ。

 ハルマの脳裏に、諦めるという言葉が浮かぶのも仕方のないことだった。

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