Ver.6/第29話

「な……何が起こったんだ??」

 今までも、何度となく驚かされてきたが、今回が一番だったかもしれない。

 恐る恐る、何かが落ちた泉に近寄り、確かめる。

「ビックリしたあ……」

「驚きましたね」

 マリーだけでなく、今回ばかりはエルシアも悲鳴を上げたほどだ。ハルマも、ビクビクしながら泉の淵に立ち、水底を覗き込む。

「暗くて、よく見えないな」

 大きさ的には、25メートルのプールほどの広さがあるが、深さがどのくらいあるのかはわからない。雨雲で光が遮られ、雨粒で水面に波紋が広がるせいもあるが、水中の探索がいまだに進んでいないことの方が大きいだろう。

 ここの泉にモンスターがいるのかどうかも調べたことはない。ただ、戦闘エリアを確保できるギリギリの広さであるため、いない可能性の方が高いとは予想できる。

 とはいえ、〈水泳〉のスキルは育て切っているし、ユララのおかげで活動時間も気にする必要はないものの、飛び込んで調べる度胸はなかった。

「釣りでもしてみるか?」

 消極的な解決策として、まずは小手調べに釣りをすることにした。幸い、釣り道具は、虫捕り用も含めて常備している。


「何か……。静かだな」

 釣りを始めて数分。妙なことに気が付いた。

 先ほどまで頻繁に聞こえていた雷鳴がぴたりと止んでいる。では、カミナリが収まったのかというと、稲光は相も変わらず雲の中を走り回っている。むしろ、頻度は上がっている気さえする。

 釣り糸を見つめるのにも飽きてきて、ぼんやり空を見上げていた時だった。

「お!?」

 ビクンと、釣り糸に反応があったのだ。

 釣りは、DEXで釣果が変わるので、ハルマが釣り上げられなかったのは、大型過ぎてSTRが足らなかった場合に限る。

 今回も、かなりの大物だ。

「これ、STRが足らないパターンっぽいな。こんな小さな泉に、そんな大型の魚がいるのか?」

 ギリギリとしなる釣り竿と、ピクリともしない手応えに、半ば諦めていたのだが、不意に体ごとひっくり返りそうになるほど相手の抵抗がなくなった。

「うお!?」

 尻もちをつきそうになるも、そこはシステムのアシストによって踏み止まり、スキルの効果で巻き上げられる糸の先に視線を向ける。

 グングン巻き上げられる釣り糸の先には、程なく大きな影が見えてきた。

「何か釣れてるな」

 手応え的には失敗している感覚なのだが、不思議なことに、自ら釣られている雰囲気があった。


 と。


 釣り上げられた勢いのまま、何かが泉から飛び出してきた。

「はい?」

 そのタイミングで釣り針は外れたのか、飛び出してきた何かは、再び泉に落ちた。

 そうかと思ったら、再びハルマの前に顔を出してきた。

 現れたのは、透明感溢れる肌をした、凛とした表情を浮かべる神秘的な美女である。何事かと、そのまま成り行きに任せて見守っていると、美女は重力に逆らうように水面から腰まで出してこちらを見つめてきた。

 女神様でも釣り上げてしまったのかと、気まずくなる。

「あなたが落としたのは、この金の太鼓ですか? それとも、銀の太鼓ですか?」

「え?」

 ハルマと視線が重なったかと思ったら、泉の美女は、水中から金でできた和太鼓と、銀でできた和太鼓を取り出し、尋ねてきたのだ。

「斧じゃないんだ……。って、どっちも、俺のじゃないです」

「なるほど。それでは、あなたが落としたのは、この普通の太鼓なのですね?」

 泉の美女は、満足そうに使い古された太鼓を取り出した。それは、大小5つの太鼓が連なり、半円を描くように配置されている。

 しかし。

「いや。それも俺のじゃないですよ? そもそも、俺、何も落としていませんし」

「え!?」

 ハルマの答えに、今度は泉の美女が戸惑いの声を上げた。

 どうしたものかと眺めていると、泉の美女は徐々に凛とした表情を崩し始め、あからさまにオロオロしだした。

「ほ、本当に、あなたのじゃないんですか?」

「違いますね。さっき落ちたのが、それだったら、空から降ってきたんじゃないですかね?」

「そ、空から!?」

 美女は、見た目にそぐわぬ素っ頓狂な声を上げる。

「えーと。ところで、あなたは、泉の女神様か何かですか?」

 女神であれば、回りにいる森の守り神の誰かに話しを聞けば、進展があるかもしれない。

「え? あー。えーとお。……女神様ごっこしてるぅ、ただのマーメイドで、アクアと申しますう」

「……」

 アクアの自己紹介を聞き、ぬーんと表情が消えてしまう。

 確かに、よくよく見てみると、水に浸かっている下半身は、人間のそれとは違い、肌から鱗へと変異していた。

「ほう。こんな所にマーメイドとは、珍しいな」

 ハルマが反応に困っていると、ヤタジャオースがアクアの前に飛んでいき、しげしげと見つめ始めた。

「あっ、はい~。この泉は、底の方に横穴があって、海とつながっているんですう。マーメイドの集落との往来に使うのに便利な海流も近くにあるので、人間族との取引などがある時は、使っているんですよお」

「へえ。こんな所が、マーメイドの集落の出入り口になってるのか」

 ハルマも、思わず感心してしまう。

「私たちの集落は小さいですからねえ。外敵から身を守るために、こういう小さな出入口がいくつもあるんですう。わたしも、一応、ここの見張り番を任されているんですう。それよりも、この太鼓どうしましょう? せっかく、伝説に残る泉の女神様を再現できる、またとないチャンスだと思ったのですがあ……」

 ショボンとしながら、アクアは使い古された太鼓を見つめる。

 ハルマもどうしたものかと考えてみるも、この太鼓がどういうものなのかがわからない。何か重要なものだろうことは予想できるのだが、特段、クエストが発生している様子もなく、手掛かりがない。

 何かヒントでもないかと太鼓を観察しながら思案に耽っていると、横からマリーが興味深そうな顔をして声をかけてきた。

「叩いてみたら?」

 実にシンプルな答えだった。

「なるほど。音に気づいて、持ち主がやって来るかもしれないな」

 ハルマとマリーのやり取りを耳にし、アクアがおずおずと尋ねてきた。

「演奏できるんですかあ?」

「どうだろう? ドラムと同じカテゴリーだったら、何とかなると思うけど」

 演奏する機会があるのかもわからないが、基本的な楽器は一通り作ってある。そのため、ドラム用のスティックもインベントリに入っている。

「それでしたら、お願いできますかあ?」

 アクアも、拾ったは良いが、どうしたらいいのか困っているらしく、ハルマに快く太鼓を差し出してきた。

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