Ver.6/第2話
「あー! 来た来た! ハルちゃん、待ってたよー!」
待ち合わせ場所に指定された世界樹の前の広場には、チップだけでなく、チップのパーティメンバーであるシュンとアヤネの他にモカもいた。
目敏くハルマを見つけて手を振ってきたモカの様子から察するに、偶然の出来事ではなさそうだ。
「モカさんまでこの時間にインしてるなんて、珍しいですね」
チップよりは規則正しい生活をしているとはいえ、彼女は社会人プレイヤーなので、仕事が終わってから、夜にインすることが多いのだ。ただ、朝からインして、昼間にはビールを飲むために離席することも割と多い。どちらにせよ、昼食後の時間帯は不在であることがほとんどだ。
どんな仕事をしているのか気にはなるが、聞かないのがマナーであるので、不思議な人だなという印象のまま、すでに1年以上も仲良くやっている。
こういう付き合い方も、ある意味、MMORPGの正しい楽しみ方のひとつと言えるだろう。
「まあ、ちょっとだけ時期をズラした夏休みってやつだよ」
「あー。なるほど」
世間では、お盆休みが過ぎたばかりである。
「そんなわけで、モカさんから頼まれて〈ドアーズ〉を手伝うことになってな。それなら、オレ達よりもハルマを連れて行った方が役に立つってことで声かけたんだわ。後、リナ達にも声かけてるから、少し待ってくれ」
「そういうことね」
チップの説明を聞いて一瞬納得しかけたが、すぐに疑問が浮かぶ。
「って……。ルールが緩和されたと言っても、パーティ編成を変えると、リスタートなのは変わってないよな?」
〈ドアーズ〉は第5エリアを抜けるまでに様々な試練を抜けていく仕様に加えて、いくつもの縛りが設定されている。
アイテムの持込数の制限。
イベント開始後に新規で取得したスキルは不使用。
空腹システムの採用。
などなど……。
アイテムの持込数は、パーティ人数によって調整があるため、後からパーティ編成を変えると、スタートからやり直しになる。人数が減る分には、継続も選択可能だが、モカはソロで挑んでいたため、それも出来ない。
また、サーバー数も多く、イベント会場内で待ち合わせてパーティを組むという方法は、偶然に頼るしかないのだ。
この中で、ハルマ達がミッションクリアしたことで緩和されたのは、イベント開始後に新規で取得したスキルも使用可能になった点と、これにより間接的に空腹システムも改善された点。後は、それまで同行は許可されながらも、装備品類の持込制限が厳しかったテイムモンスターの扱いのみである。
つまり、モカを手伝うためにパーティを組むと、モカは最初からのやり直しを余儀なくされるわけだ。イベントが始まって1か月ほど経つ。この期間の奮闘が、かなり無駄になってしまう。
「ん? あー。いいの、いいの。うち、全然進めてないから。何しろ、第1エリアすら抜けられてないもん」
ハルマの心配を理解したのか、モカはあっけらかんと告げていた。
これには、ハルマも目を点にしてしまう。
「え? 第1エリアも?」
「ハルちゃん? 方向音痴を、ナメちゃダメだよ?」
彼女のしみじみとした言葉を理解するのに、時間はさほど必要なかった。
「モカさん。そっちじゃないですよ!」
マカリナとマカリナのリアルフレンドであるラキア、加えて、職人仲間のソラマメが加わった8人組で、〈ドアーズ〉にリトライしたのだが、戦闘が終わるたびに、誰かがモカの行き先を注視するようになっていた。
行き先は、パーティリーダーだけが1時間に1度使える〈導きのカギ〉によって示される。プレイヤーは、その方向を覚えて進行するのだが、今回のイベントではマップ上に自分が向いている方向が表示されないため、少し油断すると行き先を見失ってしまう。
それでも、多くは太陽の位置や、周囲の地形を頼りに、大まかな進行方向を定めるものなのだが、どうやら、モカにはそういった習慣がない、というか極めて苦手らしく、ちょっとしたことですぐ迷子になってしまうのだ。
しかも、困ったことに、間違ったまま進んでも、マップをチェックする癖がないため、しばらく間違っていることに気づかない。いや、マップは毎回確認しているようなのだが、そもそもマップの見方がわかっていない節があった。
それでも、通常サーバーの場合は、現在地と進行方向が同時に表示されるため、何とかなっていたようである。
「なるほど。1か月近くも、このエリアを彷徨うはずだ」
今回のイベントサーバーのマップには、プレイヤーの現在地しか表示されず、進行方向がわからない仕様になっている。
地図が機能しない。周囲の景色も、行けども行けども森の中の変化の乏しいもの。そうかと思えば、谷や川、崖といったものに行く手を遮られる。
方向音痴のソロプレイヤーには、どんな強敵よりも難関だったらしい。
戦闘にかんしては、彼女ほど頼れる仲間はいないが、思わぬ弱点に、全員が微苦笑を浮かべてしまう。
しかし、不思議なことに、それがまた、モカという人物の好感度を上げるのだから、わからないものである。
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