第1章 リスタート
Ver.6/第1話
熱気が地表を覆っている。
ただ、日が沈む頃には、いくぶん和らぐようになってきた。早朝であれば、多少肌寒いと感じる日もあるほどだ。
とはいえ、夏の終わりを感じる隙間もあるにはあるが、まだまだハルマ達の夏休みは終わっていない。日中に家から一歩外に出れば、太陽からの容赦ない攻撃に、リアルのHPはゴリゴリ削られる。
なので、太陽の勢力が強い時間帯に過ごすことになるのは、冷房による特殊フィールドが展開された自室を占拠した上での、Greenhorn-onlineの世界ということになる。
この日も、午前の過ごしやすい時間に残っている宿題を消化し、昼食を済ませた後には、無意識のうちにインしていた。
「レベルは上げたい。でも、今じゃないよなあ……」
サービス開始1周年の特別イベント、というかミッションだった〈ドアーズ〉は、無事にクリアされた。
これにより、イベント終了後に獲得経験値の上限が引き上げられる修正が入ることが決まった。簡単に言えば、レベルを上げやすくなる。逆を言えば、〈ドアーズ〉が終わるまでは、レベル上げに時間を使うのはもったいないということでもある。
今まで、積極的にレベル上げという作業を行ってこなかったツケが、思わぬ形で回ってきてしまっていた。
ハルマがレベル上げをやってこなかったのは、いくつか理由がある。
ひとつは、単純に、モンスターを黙々と討伐する行為が好きではないというシンプルなもの。これが、画面に向かってコントローラーを操作してのゲームであれば、いくらでもやれるのだが、VRゲームの中でアバターの体を使ってとなると、些か飽きてくる。
Greenhorn-onlineのレベルは、比較的序盤の内から上がりにくくなる。戦闘が好きなプレイヤーであれば、さほど苦にならない量ではあるのだが、ハルマが最初に描いていたプレースタイルは、純粋な生産職である。
そもそも、戦闘を繰り返すことを想定して始めていない。
ふたつめは、生産職であるはずなのに、戦闘で苦労することがなかったという特殊なものだ。
プレーを開始して1週間も経たずに、マリーとラフという頼れる仲間と出会ったことを手始めに、次から次にNPCの仲間が増え、自身がレベルを上げずとも、気づけば公式の最強プレイヤーである大魔王にまでなってしまっていた。モブモンスターを狩り続けることに飽きてしまうのも、周りの仲間が強いおかげで、緊張感がないというのも理由であろう。
何はともあれ、今まではレベルを上げる必要を、全く感じていなかったのだ。
しかし。
「まさか、クラスシステムが追加されるとは思ってなかったもんなあ。ってか、レベル40以上が条件って、何だよ」
クラス。ゲームによってはジョブや職業など、様々な呼ばれ方をする。
むしろ、今までなかった方が不思議なシステムではある。
これまでも、盾職だとか、魔法職だとか、回復職だとかみたいな呼び方をしていたが、これは装備やスキル構成によるプレースタイルによるものだ。レベルアップによって獲得するステータスポイントの任意の振り分け、取得スキル、得意武器などにより、戦闘スタイルは千差万別だ。
新たに追加されるクラスが、これらにどのような影響を及ぼすのかはまだ不明であるが、テイムモンスターが普及した時と同様、もしくはそれ以上の変化が起こる可能性は大きいだろう。
ハルマも、その波に乗りたいと思っている。
……の、だが。
現在のレベルは34。
クラス取得に必要な40までは程遠い。
ただ、不満をぶつける相手もいない。
何しろ、自分よりも半年以上遅れて始めたプレイヤーでも、すでにレベル40を超えている者が多いからである。1年前に行われたイベント〈ゴブリン軍の進撃〉が終わった時点で27だったハルマのレベルが、未だ34というのは、さすがに放置し過ぎである。
当時平均レベルが30くらいだったプレイヤー達も、50前後までしか上げられていないとはいえ、自分の怠慢でしかない状況なだけに文句も言えない。
レベルは今すぐにでも上げたい。でも、〈ドアーズ〉が終わってからの方が効率が良い。
ジレンマである。
「どうしよっかなあ?」
〈ドアーズ〉が終わるまでは、まだ3週間近くある。
あー、とか、うー、とか悩まし気な声を絞り出しながら、決断できずにいたが、変化は外からやってきた。
「あん?」
いつもであれば、明け方近くまでインして、この時間にはまだ起きていないはずの、親友チップからチャットが飛んできたのだ。
「おはよう。どうした? こんな時間に珍しいな」
「おはー。夏休みが終わる前に、一度くらいは一緒に遊んでおきたいと思ってな」
「あー。そういや〈ドアーズ〉が忙しくて、それどころじゃなかったもんな」
「そういうこと。オレ達もハルマの情報のおかげで昨日クリアできたから、ようやく自由の身になったところだ」
「オッケー。俺もやること決まらなくて悩んでたところだから、すぐにでも大丈夫だぞ」
「じゃあ、世界樹の前の広場に来てくれよ。頼みたいこともあるから」
「頼みたいこと? まあ、いいや。すぐ行くよ」
ゲームの知識にかんしては、チップの方が豊富である。職人関係であれば、注文書のように使い魔にメッセージが飛んでくる。面と向かって頼まれることはあまりないため妙な感覚があったが、深く考えることもせず家を後にするのだった。
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