Ver.5/第61話

「ほえ?」

 誰が、というよりも、誰もが同じような反応をした。

 先ほどまでコロシアムの舞台の上にいたはずなのに、森の中に立っていたからだ。周囲は広場となっているのだが、目立った大木が5本取り囲むように立ち、鳥かごみたいに枝葉を伸ばし、空を覆っている。

 てっきり、わかりやすい大型のボスがでーんと待ち構えているのかと思ったのだが、その気配はない。それどころか、モンスターの気配すらない。

「フルレイド戦、なんだよね?」

 何が始まったのか、ユキチも周囲を警戒しながら困惑気味に口にする。

 その場の全員が身構えながらも、変化のない状況にジリジリする中、ふいに声が上がった。

「ひいっ! なんか出てきた!」

 それは、すぐ側で上がったコイモのものだった。

「え?」

 コイモの視線の先に目を向けるも、何も見えない。

「何も、いませんよ?」

 近くにいた別のパーティのリーダーが、人騒がせな、といった怪訝な表情を見せるが、そこで変化は現れた。

 コイモの視線の先に、トラップの反応が浮かび上がったのだ。

「コイモさん。もしかして、今も〈陽炎の眼光〉使ってます!?」

「あ。うん。まだ効果は切れてないよ。あ! あれピラミッドにいたイタズラ妖精ね!?」

 ハルマの問いに答えたところで、コイモ自身も気づいたらしい。

「そういうことなら。〈パラレルコンタクト〉」

 ハルマはスキルを起動させ、アイテムの範囲使用を可能にすると、手持ちの〈陽炎の眼光〉を味方全員に使用する。

「のわっ! 何だ、アレ!」

 ピラミッドの攻略情報はまだ出回っていないため、初めて見る者も多かったらしい。気づけば、コイモが最初に見つけた方向以外からも、続々と現れては、周囲にトラップを設置し始めていた。

「あいつは、トラップを仕掛けて回る特殊なNPCです! 気をつけてください! でも、攻撃を仕掛けてくるタイプじゃないので、下手に動かなければ大丈夫だと思います。〈トラップ解除〉のスキルを持ってる人がいたら、念のために解除してもらえると助かるかも」

 ハルマの言葉に、数人が動き出す。

 さすがに、ここまでたどり着いているプレイヤーだけあり、レアスキルである〈トラップ解除〉を取得している者がいたようだ。

 ハルマも、周囲を警戒しながら、作業に加わる。

 中には「え? ハルマって〈トラップ解除〉まで使えるのかよ?」と、ささやく声もあったが、気にしている余裕はなさそうだ。

 何しろ、今度こそモンスターが現れたからである。

「ハル君! トラップにレベル3以上のある!?」

 ここにいるプレイヤーの中で、〈発見〉のスキルがもっとも育っているのが誰かを知っているユキチが、確認してくる。ユキチも、3までは〈発見〉できるが、多くの者は2までしか〈発見〉できないことを念頭に置いたものであろう。加えて、自分に見落としがないかの確認でもあったようだ。

「ピラミッドと違って、ない!」

「オッケー! 〈発見〉のスキルがⅡになってない人は、下手に動かずに、見えてる人が中心になって対処しよう! 解除できる人を守るよ!」

 今回の参加メンバーに、指揮官タイプのプレイヤーはいない。

 仕切れる人はいるのだが、基本的に支援タイプのプレイヤーが多い。戦闘特化のパーティも、寄せ集めのソロ集団なので、その辺の連携はアバウトなのだ。

 この場に大魔王がいたことも、この辺の役割分担を明確にできなかった要因である。困ったことに、誰もが遠慮してしまい、ハルマに仕切りを押し付ける格好になってしまったのだ。

 むろん、根本的にハルマもソロプレイヤーである。指揮能力は低い。

 そのため、ゲーム慣れしているユキチと、経験豊富なサエラにサポートを頼むことにしていた。

 幸い、ユキチもニャル達と同じで、遠慮しないタイプなので、積極的に周囲に指示を飛ばすことに躊躇はなかった。

 襲い掛かってくるモンスターは、〈ドアーズ〉の第1エリアを徘徊するものばかりだ。地上からも樹上からも、続々とやってくる。

「俺の援護は要らないから、他の人を!」

 ハルマは、自身の仲間に守りを任せ、解除に専念する。

 ユキチ達は、ハルマの指示に従って、他の〈トラップ解除〉持ちのプレイヤーを守るために移動を始めた。

 トラップを〈発見〉できない者も、動けないながらも支援や遠距離攻撃で参戦し、互いのプレースタイルを確認していく。

 そんな中、何とも異質なコンビがいた。

「第1段階は、トラップを避けながらのモンスター殲滅ってところだろうな。長丁場になりそうだから、節約していきますかね」

「はいな。こういう相手は、あたしゃの出番ですね。死角だけお願いしますよ」

「ほいさ」

 アグラとヤチだった。

 Cランク中心のモンスターの群れを相手取り、素手で立ち向かったかと思ったら、見事な回避を見せながら、カウンターや投げ技を駆使してどんどんダメージを与えていくのである。

 ヤチが前衛で奮闘しているのを、アグラはすぐ後ろで錫杖を振り回し援護する。

「いやー。何度見ても、ほれぼれしちゃう」

 ニャルは、サエラと組んで回避盾を受け持ちながら、素直に称賛の声を上げていた。こちらはこちらで、しっかりと戦線を維持している。

 サエラとニャルが足止めしている間に、ユキチが前衛で、コイモが後衛からダメージを与えていく。それをチイが支援するというのが、基本戦術らしく、完璧に機能している。

 サエラも、役立たずだったと自嘲していたが、ゴリなどから盾職のアドバイスをもらっていることもあり、安定感はゆるぎない。そもそも、未だに彼女以外使っているのを見たことがない魔法剣によって、火力は申し分ない。

「いつの間にか、しっかりしたパーティになってるじゃん」

 彼女達のパーティだけでなく、さすがにここまでやってくるだけはあるプレイヤーばかりだった。

 生産職だって、戦える。

 ハルマですら、そんなことを再確認してしまうのだった。

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