Ver.5/第41話

 回りのプレイヤーが悪戦苦闘していることを気にもせず、ハルマは第4エリアの攻略に向かうことにした。

 最初に足を踏み入れた時には、すぐに引き返してしまったので気づかなかったが、ここも一筋縄ではいかないエリアであることが、数歩進んだ段階で判明した。

「旦那様。あちきは、何も見えないです」

「ハルマ様ぁ。私も見えないっす」

 ズキンとニノエだけでなく、多くの仲間が足を止めてしまっていた。

「ここ、暗闇なのか……。エグイことするなあ」

 暗闇無効のパッシブスキルを持つ者など、ほとんどいないであろう。ピインのように光魔法で照明を用意できる者なら少なくないだろうが、セットできる魔法にも限りがある。

 今まで気にすることはなかったハルマでさえ、今回のイベントで魔法について改めて考えさせられた。

 現在、ハルマがセットしている魔法はドレイン系とエンチャント系の2種だけだ。魔法にかんするアドバイスは、アヤネやミコトだけでなく、ネマキとコヤにももらっているので、信頼度は高い。というか、これだけ贅沢な面々にアドバイスをもらった結果、魔法は諦めた方が良いという結論になったのだ。

 INTのステータスが低い上に、MPも少ないので、魔法を使うことがそもそも不向きだからだ。最初は、もっと戦闘の幅を広げるために、攻撃魔法のひとつでもと思っていたのだが、ネマキに相談した際も、向いてるのは支援系の魔法だと思うから、エンチャントなんかどう? と、あっさり助言された。

 なので、変に魔法に頼るのではなく、MPを使わないドレインと、INTによって効果が左右されないエンチャントだけの方が使い易いだろうとなったのだ。

 ハルマにとって、魔法はMPポーションやトラップといった、生産職分野で発揮するものなので、特に不便に感じることもない。

 しかし、一般的な魔法職の場合は、けっこう悩ましいものなのだ。

 魔法は、いくつでも覚えることが可能なのだが、セットできる数に限りがある。ただ、実際に上限数が決められているわけではない。どういうことかと言うと、際限なくセットできるのだが、数が増えると効果が薄れるのだ。

 同じ攻撃魔法でも、20個セットしているうちの1つの場合と、10個セットしているうちの1つの場合では、後者の方が威力が高まるのである。

 セット数の上限もINTの数値によって変化する。ここも、魔法職がINTを必要とする理由である。

 INTが高ければセットできる数を増やせる。INTが高ければ魔法の威力が上がる。しかし、セットする魔法を増やすと、魔法の威力は下がってしまう。

 こういったジレンマに、魔法職のプレイヤーは常に頭を悩ませているのだ。

 つまりは、ここまで攻略してくるレベルの魔法職プレイヤーにとって、セットできる枠に、生活魔法と呼ばれるアシスト系の魔法を使うのは、勘弁してほしいところだろう。

 故に、こういった暗闇の場合、魔法ではなくアイテムで対応することが一般的なのだ、……が。

 持込アイテムに制限がかかっているため、松明やランタンといったアイテムを用意しているプレイヤーはかなり少ないはずだ。

 そうなると、魔法職以外の誰かが魔法を覚える必要があるのだが、おそらく、すでに食材の調理のために火属性の魔法を覚えているだろう。そこに更に戦闘とは関係のない部分でMPを消費する魔法を覚えなければならないとなると、ケンカのタネになりかねない。

 そこまで考慮した上で、ハルマの感想も「エグイ」なのである。

 

 しかも、探索を進めるうちに、奇妙なことに気づく。

「このダンジョン、変化してないか?」

 岩山をくり抜いたような狭い通路はグネグネしており、いくつも分岐している。とあるルートを進んでいくと、蛇行しながらも円を描いて元いた場所に戻ることも多いのだが、通ったはずの通路に、見知らぬ分岐点が増えていたり、あったはずの分岐点が塞がっていたりするのだ。

 最初は、気のせいかと思ったのだが、同じことが何度も続いたのだ。

 マッピングも、通るたびに修正されていく。

 モンスターは出ないようだが、これを本来は暗闇の中で探索しなければならないのかと思うと、表情も引き攣るというものだ。

 しかも、モンスターは出ないが、NPCが徘徊していた。

 最初に〈発見〉のスキルに反応があった時、ハルマもどういう反応をすればいいのか、戸惑ってしまった。

 見るからに、怪しげな集団。

 一瞬、他のプレイヤーに遭遇したのかと思い、挨拶もしてしまったのだが、返ってきた言葉にポカンと口を開けてしまった。

「ひっひっひ。こんな所に迷い込むとはお前らもついてないな。持ってるものをあるだけ寄こせば、見逃してやるぜ?」

 見た目は薄汚れているが、よくよく見てみると、身につけている装備品は上級者が使うものだ。ハルマに向けている湾曲した片手剣も、サエラやナツキの使っているものと同ランクのものである。

「は? え? ああ! もしかして、盗賊NPC?」

 馴染みはないが、エリアボスを倒さずに踏破できるルートに出ることがあると聞いたことがあった。つまりは、エリアボスよりも強い、というか、戦えずに束縛され、所持金を全部巻き上げられた上に、命を奪われるという理不尽な相手である。

 ここで所持金を奪われても、特に被害は少ない。粗方、預けてあるからだ。

 全滅させられても、このエリアの出発地点に戻るだけである。こちらも、さほど痛手とはならない。

 しかし、遭遇した盗賊NPCは、ハルマの知っているものとは別物だったらしく、即座に襲い掛かってくることはなく、こちらの様子を慎重に窺っているようにも見える。

「ん? 強制イベントではない?」

 チップから聞いていた話だと、エンカウントしたら即終了というレベルの災厄だったはずだが? と、首を傾げていると、盗賊NPCがジリジリと移動する度に妙な現象が起こっていることに気が付いた。

「何か……、勝手にHPが減ってないか?」

 こちらから攻撃を仕掛けているわけでもないのに、近寄ってくる度にダメージエフェクトが発生しているのだ。

「毒のアイコンも出てない……。ってことは、もしかして?」

 状態異常の毒によるスリップダメージ以外で、この現象が起こる原因に、ひとつだけ思い当たることがあった。

「ねえ? 食べ物あげるから、手を引いてくれない?」

 NPCではあるが、モンスターと同じくエンカウント対象としてステータスが表示されているところを見ると、戦闘して退けることも可能なのだろう。ハルマとしては、相手の人数を考慮しても、勝てると踏んでいるが、無駄な被害は出したくない。こういった相手が、弱いとも思えなかったからである。

 満腹メーターがなくなり、空腹ダメージを受けている状態だとすれば、交渉の余地もあると思ったのだ。

 果たして、ハルマの提案は効果てきめんであった。

 盗賊NPCの手下らしき数人が、ざわりと表情を変化させたかと思ったら、先頭のお頭らしきNPCに進言し始めたのだ。

「お、お頭。あっしは、もう、空腹でまともに動けねえです」

「あっしもです」

「ぐ……。し、仕方ねえ。そ、そこまで言うなら、食べ物で手を打ってやる」

 すごんでいた強面のお頭NPCが見せた、一瞬のホッとした表情をハルマは見逃さなかった。

「えー? 何か、偉そうだな。こっちは、別に戦ってもいいんだけど?」

 ハルマのように、普段からNPCと交流を持っているプレイヤーでなければ、こういう反応はなかなかできないだろう。

 しかし、ハルマは知っている。NPCは、非常にわかりやすい性格だと。

「あ、いや。どうか、食べ物を恵んで、もらえない、でしょうか?」

「えー? どうしようっかなあ?」

「じゃ、じゃあ。あっしらがこの洞くつで見つけたお宝と交換、というのは、どうでしょうか?」

 余りの手のひら返しに、面白くなって意地悪してみたのは、ただの気まぐれだったが、思わぬ方向に話しが進んでしまった。

「え? ああ、そういうことなら……」

 それから後は、商人NPCの取引と違いはなかった。単純に、交換材料が、ゴールドか、食糧かだけの違いである。

「んー? あんまり、俺の欲しいものはないなあ……」

 取り扱い商品と呼べるアイテムは、どうやらランダムで、数に限りもあるようだ。基本的に、フィールドにポップする宝箱から入手できる装備品がメインで、内容は第4エリアに相応しいものである。

 20種類の装備品をひとつひとつ吟味して、使いそうなものを探してみたが、付加効果がランダムで付いているため、どうにも中途半端なものばかりだ。

「まあ、この盾だけは、今使ってるのよりガード率高くなるから、交換しても良いかな?」

 こうして、穏便に盗賊NPCを退けた後も何度も道に迷い、探索を続けていくと、ようやく地形に変化が起こった。

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