Ver.5/第40話

 砂漠を越え、ピラミッドを攻略し、第4エリアへと向かう。

 湿っぽいダンジョンを抜けたと思ったのだが、新しいエリアは、最初からダンジョンの中だった。

「気が滅入るわー」

 というわけで、食糧の在庫も心許なくなってきていたので、一度引き返し、第1エリアへと戻ることにした。

 ここで、戻らなければ、またしばらく機会を失ってしまうかもしれないので、迷いはなかった。


 ハルマが、意図的に振り出しに戻った頃、第1エリアの攻略に明け暮れるプレイヤーも増え続けていた。

 一般的なプレイヤーが第1エリアに抱く印象は、気が抜けない、だ。

 どんなに探索を続けても、森を抜けることはなく、木々によって視界は悪い。徘徊するモンスターは基本的にCランク。弱くてもDランクであり、運が悪ければBランクに遭遇することも珍しいことではない。

 そんな強敵ぞろいであるにもかかわらず、周囲を警戒することが難しいエリアなのである。

 それだけで、気を張り続けなければならない。

 だというのに、このモンスター達には、困った習性があった。

 地上だけでなく、樹上からも襲い掛かって来るのだ。

 むろん、これはイベントエリアに限ったものではない。森の中を棲家とするモンスターであれば、そういった行動パターンを有するものは少なくないのだが、プレイヤーの方がそれに慣れていないのだ。

 通常サーバーであれば、森は回避して進むことができる。好んで探索することもあるが、〈発見〉のスキルなどを持つ者がいなければ、安全に行うことはできない。いつもであれば、そういったプレイヤーをパーティに誘い入れて冒険する者も、イベントエリアでは話が変わる。

 テスタプラスが懸念した通り、長期間大人数でのパーティを維持することは困難であり、1週間と経たない内にパーティを解散、リスタートさせる者が続出している状況だ。

〈発見〉のスキルを育てているからと、安易にパーティメンバーに入れることもできなかったのである。

 かくして、多くのプレイヤーは、地上に、樹上に、モンスターの姿がないかを常に警戒しなければならない。

 そんな状態で、進行速度が上がるはずもなかった。

 問題は、モンスターだけではなかった。

 持込アイテムが制限されているせいで、どうしてもパフォーマンスは落ちる。倒せるはずのタイミングで倒し切れなかったり、耐えられるはずの攻撃に耐えられなかったりした。

 そこを補強するためにはイベントエリア内で装備品を入手しなければならないのだが、そう都合良く、自分に合ったものが見つかるはずもない。

 ポーションやMPポーションも、質の低い物しか拾えないため、自然回復に頼ることも多くなり、益々進行速度は落ちてしまう。

 そうしている間に、何が起こるかと言うと、今度は満腹メーターが減少していくのだ。空腹状態になると、問答無用でHPが減り始めるので、何か食べなければならない。

 しかし、〈料理〉のスキルを取得している者は、非常に少ない。誰でも取れるスキルでありながら、取る意味のなかったものだからだ。

 当然、採取ポイントで手に入る、謎の果実に手を出さざるを得なくなる。この段階で、リスタートを決意し、持込アイテムに食糧を選択できる者は、まだまだ少ない。

 謎の果実に手を出すことで、空腹は紛らわせられるが、毒のスリップダメージで、空腹時並みにダメージを受ける者、マヒや眠りで身動きが取れない間にモンスターに襲われる者、同士討ちを始める者、などなどなど、不運な事故で全滅する者は後を絶たない。

 第1エリアを抜け出すためには、これらを乗り越えなければならないのだ。最終的に、攻略情報が出回る頃には、第1エリアで準備を整えるのに必要とされる時間は、中堅プレイヤーで10日ほどと言われることになる。

 3日でアイテムをそろえて、のんびりした攻略? そんな人、いるわけないじゃないですか、ハハハ……。とは、その攻略サイトの管理人の言葉である。


 大森林を抜け、第2エリアに到達したプレイヤーは、今度は開けた視界に安堵する。……最初は。

 しかし、目的地へと向かい始めると、あれあれ? と、表情が険しくなっていくのだ。

 行けども行けども、モンスターの群れしか見当たらない。

 ここでも相手しなければならないモンスターは、多くがCランクだ。

 しかし、Dランクのモンスターだからと侮っていたガストファングを相手にしてしまうと、いつの間にか数十体に囲まれていることもザラだった。

 逃げまどい、命からがら平地の森の中に駆け込むと、食材の見つかる採取ポイントもあるが、ひと際凶暴なBランクのモンスターも待ち構えているのだ。

 エルダーハーピー。単体の力はBランクにしてはそれほど高くないが、ハーピーの群れを呼び寄せる上に、ずる賢い。

 そのテリトリーに足を踏み入れると、簡単には抜け出せない相手だ。

 森のエルダーハーピー、山のビッグイヤー。どちらも相手にしたくない場合は、モンスターの群れを突っ切るしかない。どのルートを選択しても、生半可な戦力では乗り越えることはできない。

 このエリアでは、プレイヤー同士が協力し合わなければ、先に進むことは困難なのだ。複数のパーティが手を取り合い、道を切り開くことができれば、4日ほどで攻略することができるだろう。

 え? 単独で2日? そんな隠しルートなんか、存在しませんって……。これも、攻略サイトの管理人の言葉である。


 強行突破で第3エリアに進んだプレイヤーは当然いる。

 単独で挑戦し、イベントエリア内でパーティメンバーをそろえられるようなコミュ力の高いプレイヤー集団が、主にそれだ。

 多少の不利な状況もものともせずに、先へ先へと突き進む。

 基本的に、高レベルな者が多いため、ゴリ押しで第3エリアへと到達できてしまうのだ。長期間の束縛に耐えられるくらいに、ゲームの中に住める環境で生活する者でもある。この中には、サービス開始直後に、ペナルティスキルの〈不眠不休〉を取得してしまった者も多い。この経験があるからこそ、足並みもそろえられる。

 しかし、砂漠エリアでも同じことができるかというと、話は変わる。

 砂の中に潜むモンスターを〈発見〉できずに強襲され、囲まれ、何度となく全滅の憂き目にあう。

 何とかピラミッドにたどり着いても、遅々として探索は進まない。

 モンスターの強さは、前のエリアよりも低いのに、だ。

 何故か? ピラミッド内には、複数のトラップが仕掛けられているからなのだ。中には〈発見〉のスキルが育っている者が混ざっているパーティもいるのだが、〈トラップ解除〉のスキルを持つ者は少ないのだ。


 第4エリアに到達するためには、仲間に恵まれることを前提として、その上で極めて順調に進めても10日以上、中堅プレイヤーであれば20日近くが必要であろうと攻略サイトでは締めくくられている。

 

 さて、ハルマに戻ろう。

 第3エリアを抜け、食材の確保のために第1エリアの大森林に戻ったのは8日目のことである。

 次に攻略を目指すのは第4エリア。

 強行軍で突き進んでいるプレイヤーが、ようやく砂漠に到達した頃である。

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