Ver.5/第35話
走る。走る。走る。
ハルマの鈍足ステータスでは、大した距離も稼げないため、〈覆面〉を使ってワーラビットになっている。
しかし、全速力で駆け抜けるわけにもいかない。
戦闘は避けられないのだ。仲間と離れすぎるのもマズい。
ビックリトカゲがピリピリと周囲を警戒する中、テリトリーに侵入しないように進路を取る。
50メートル、60メートルと距離を稼ぐが、限界だった。むしろ、よく稼いだと自分でも思うほどである。
進めば進むほど、密集していく。足の踏み場もない感覚だ。
そして、ついに、ビックリトカゲのセンサーに引っかかり、襲い掛かられるようになってしまった。
逃げられるより、逃げる方を選択した方が良いだろう。
最初はそう思っていた。
甘かった。
「こいつら、自分から逃げるくせに、何でこんなに次から次に襲い掛かって来るんだよ!」
プレイヤーは、レイド戦や一部のイベント――〈ゴブリン軍の進撃〉みたいな特殊フィールド――戦でもない限り、別のパーティが戦闘しているエリアに侵入することはできない。見た目には同じ場所に立っていたとしても、戦闘の邪魔をすることもできなければ、助勢することもできないのだ。
しかし、モンスターは違う。
他のモンスターが戦っているエリアに、追加で侵入してくることができる。
ガストファングが恐ろしいのは、このシステムのせいである。
最初は5匹を相手にスタートしたとしても、気づけば30匹以上に囲まれているなんて、ザラなのだ。
ビックリトカゲも、次から次に戦闘エリアに侵入してきては、ハルマに向かって飛びかかって来る。ドラゴン系の強みであるブレス攻撃を使ってこないことは知っているので、対処は簡単なのだが、ハルマの脆弱なステータスでは、この単純な攻撃でさえ脅威である。
ワーラビットのままでは、その脆弱なステータスすらも半減されてしまうので、解除している。
「総員戦闘準備! ビッグイヤーに備えといて!」
覚悟を決める。
とっくに戦闘準備は整っていることは知っていながらも、叫んでいた。この声にビッグイヤーも反応したかもしれないが、知ったこっちゃない。
ハルマは、一番近くにいたビックリトカゲに攻撃を仕掛ける。
「かってえぇ! やっぱ、俺じゃ無理か……。ヤタジャオース、頼む! 念のために、ユララは〈加護の霧雨〉を使っておいてくれ」
直後、かすり傷程度のダメージを受けたビックリトカゲは、慌てたように撤退を始めた。
その場には、切り離された尻尾が残っている。
尻尾は、数秒の間を置いて、ボンッ! と、爆発して煙をまき散らした。
その爆音に驚いたのは、集まって来ていたビックリトカゲ達だけだった。
奇声を発しながら、逃げ出していく。
「まあ、だよな」
周囲からビックリトカゲが消えていくのに安心しながらも、視線を上げていた。
ゆっくりと旋回したかと思ったら、獲物を見つけたみたいにビッグイヤーが急降下してきたからだ。
「でっか!」
空を舞っている姿はずっと見ていたので、大きいことはわかっていたが、目の前にくると、思っていた以上の巨体であったことに驚いてしまう。
深海魚のラブカにドラゴン特有の大きな翼がついているような異様な姿である。大きな耳は見当たらず、単に地獄耳という意味合いからきた名前のようだ。その割には、ビックリトカゲの立てる戦闘音に反応しなかったのは何故? とも思ったが、共存共栄の関係なのだろう。
すでに戦闘エリア内にビックリトカゲの姿はない。いるのは、自分とその仲間達、あとはビッグイヤーが1体だけだ。
どんな攻撃をしてくるのか、情報はない。
ズキンやヤタジャオースによって、ビッグイヤーというモンスターであることは知ることができたのだが、それだけだ。詳細を教えてくれることはまずない。せいぜい、フレイバーテキストの範囲で知っていることを教えてくれる程度である。〈鑑定〉を使っても、事前に攻略情報を教えてくれることはない。
「バボン、〈シールド〉展開!」
手持ちの中で、最高強度の鉱石を〈統合〉してある物を消費して守りを固める。
まずは様子見、といきたいところだが、ガード率は100%に届いていない。0%も99%も信頼度に差はほとんどないと思った方が良いため、物理攻撃から身を守る術はないと考えているからだ。
当然、物理攻撃だけでなく、属性攻撃、特に相手がドラゴンなので、何かしらのブレス攻撃を仕掛けてくる可能性は高いはずだ。
それを食らってしまうと、まず生き残れないだろう。
森の守り神との盟約、そして、バボンの〈シールド〉で、どれだけ軽減できるのか。〈シールド〉の効果を正確に把握できていない現状、ちょっとした賭けである。
「ニノエも回復はピインに任せて攻撃優先で! ハンゾウもニノエに変化してガンガン攻めろ!」
ハルマも、自身の攻撃の中で、最大火力である〈ファイアーブレス〉を使ってダメージを与えようとするが、ここで舌打ちを挟んでしまった。
「ちっ! あいつ、火竜系かよ」
最悪だ。
こちらの最大火力である〈ファイアーブレス〉からの連携技が、相手の耐性によって大幅に軽減されてしまう。そうでなくとも、ズキンがアイテムを持込めなかったせいで、威力をいつものように上げられないのだ。加えて、火の大陸の森の守り神との盟約が結ばれていないため、ハルマの火属性耐性は20%と一番低い。
時間との勝負だ。
ビッグイヤーが〈ファイアーブレス〉をハルマに向けて使った瞬間、勝敗が決まると言っても過言ではない状況なのだ。
ただ、こちらに不利なだけではない。
「ヤタジャオースとシャムはどんどん〈アイスブレス〉使って削ってくれ!」
こちらには邪竜にしてアイスドラゴンという頼もしい仲間がいるからだ。シャムも生まれ持った多属性の影響で〈アイスブレス〉を使える。
そして、ドラゴン系を相手にした時のズキンは、一部の封印が解かれたように強化される。今も、カラス天狗の秘術を駆使し、奮闘してくれている。
削る。削る。削る。
頼もしいアタッカー陣の活躍によって、順調にビッグイヤーのHPは減っていくが、ハルマも生きた心地はしなかった。
相手が頻繁に〈ファイアーブレス〉を吐き出してくるからだ。
ただ、ヤタジャオース達にヘイトが集まっているおかげで、ハルマが敵と認識されていないらしく、攻撃対象から外れているだけである。
しかし、それがいつまで続くのかは定かではない。
ターゲットは、急に切り替わるものだし、どんな行動に反応するのかも不明だからだ。ダメージを与えてくる者にヘイトを向けるもの、回復する相手にヘイトを向けるもの、何もしない相手にヘイトを向けるもの、と、実に様々なのだ。そして、ビッグイヤーの特徴を鑑みるに、声を上げるものにヘイトを向ける可能性は高かった。そうなると、指示を飛ばさなければならないハルマがいつ狙われてもおかしくない。
ハルマは指揮を執りながら、ビッグイヤーの背後に回るように心掛ける。背後であれば、〈ファイアーブレス〉に巻き込まれることはない。
ただ、ビッグイヤーの攻撃はそれだけでなく、サメのような口による噛みつき、巨体を活かしたプレスによる叩きつけ、尻尾による薙ぎ払いもある。正面にさえ注意すれば安全というわけでもなかった。
声を出して指示を飛ばすのは最小限に、〈ファイアーブレス〉が飛んでくる範囲に入らないように、仲間の様子も観察しながら奮闘を続ける。
ようやくビッグイヤーの残りHPが25%を切った。
戦闘パターンに変化なし。
強敵ではあるが、ボスモンスターというわけでもないようだ。
これでモブモンスターかよ、と思わなくもなかったが、特殊な攻撃パターンに切り替わるよりはマシである。
ハルマは、〈覆面〉を使って妖狐に切り替わると、マークを呼び寄せ装備を切り替える。
イベントエリアに入る際、マークはどういう扱いになるのかと思ったが、テイムモンスターとして入れてしまえば、その後装備品として扱っても問題ないようだった。
今回使うのは、〈勝者の記憶〉ではない。
単純に、INTを上げるためにマークを装備するのが最適だっただけである。
「HPメガドレイン!」
魔法の使用回数によって取得した〈魔力超錬成〉によって強化されたHPドレイン。魔法であるので、INTの数値によって効果は上昇する。
ハルマの中で、確信があった。
それは、〈魔王イベント〉のエキシビジョンマッチでHPドレインを使いまくった経験からくるものだ。
この魔法に対する耐性は、普通の魔法防御力とは別物だと。
ドラゴン系は、素の防御力だけでなく、属性耐性も魔法耐性も高めに設定されていることが多い。ドラゴンとは、やはり特別な存在なのだ。
とはいえ、弱点属性が用意されていないわけではない。
現に、ヤタジャオースの〈アイスブレス〉はいつもより効きが良い。加えて、ドラゴン系は、ダークドラゴンやドラゴンゾンビなどを除いて、闇耐性はあまり高くない傾向にある。状態異常には強いのだが、闇属性の攻撃はそれとは別である。
つまり、闇属性の数少ない攻撃手段であるHPドレインに対する耐性も高くないと踏んでいた。
「よっしゃ!」
ごっそりとHPバーが削られたのを見て、ハルマは思わず叫んでしまった。
ヤバい! と、思ったのも遅く、ビッグイヤーの怒りはハルマに向けられていた。
……のだが、ハルマの命が刈り取られる前に、ズキンやヤタジャオース達の猛攻が集中し、弾けるように消失したのだった。
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