Ver.5/第34話
「参ったな、こりゃ」
コングコングやロックベアーを撃退し、再び尾根に沿って転移門を目指していたのだが、エリア全体の中央付近まで進んだであろうところで、ハルマは足元に視線を向けた後、天を見上げていた。
アップダウンの激しい狭い山道を抜け、ひとつ大きな壁を越えると、急に広い場所に出た。カルデラ地帯らしい。
ただ、湖があるでもなく、森が広がっているでもない。
だだっ広い土地があるだけだ。いや、よくよく見てみると、小さいながらもカルデラ湖があるようだし、湖とは少し離れた場所に植物が生えているのも確認できた。どうやら、ここの湖は干上がりつつあるようだ。
しかし、そんなことは、どうでも良かった。問題は、このエリアの真上を、ビッグイヤーが飛んでいることだ。
カルデラの淵に戻り、周囲を観察し、再び〈導きのカギ〉を使ってみる。
やはり、このカルデラ地帯を抜けないと、転移門には行けないようだ。
「参ったな、こりゃ」
同じことをつぶやいてしまう。
なぜに、ここまで深刻に考えているのかというと、このカルデラ地帯に、ビッグイヤーとは別のモンスターがいたからだ。
ビックリトカゲ。
強いモンスターなのかと問われると、強くはない、と答える者が多いだろう。実際、このモンスターに負けるプレイヤーは、皆無に等しい。
しかし、勝てるプレイヤーも非常に少ない。
なぜか? このモンスター、好戦的なくせに、一気に倒し切らないと、すぐ逃げ出してしまうのだ。では脆弱な体なのかというと、そうではなく、むしろ非常に防御力も高い。
トカゲと名がついているが、ドラゴン系のモンスターであり、その皮膚はドラゴン特有の固い鱗に守られている。では、なぜに、トカゲの名が付いているのか?
逃げる直前、自分の尻尾を切り捨てるのだ。
そして、今回、ハルマを悩ませているのが、この尻尾の性質だった。
ただ切り落としていくわけがない。この尻尾、自爆するのだ。
幸い、爆発してもプレイヤーにダメージを与える類のものではない。煙幕を発生させ、自身が逃げやすいようにプレイヤーを威嚇するだけだ。運が悪ければ暗闇の状態異常にかかってしまうが、そこはハルマが心配する必要はない。
……しかし。
「あの尻尾爆弾、けっこう派手な音出したよな」
これを知っているのだろう。ズキンも目の前のビックリトカゲを美味しそうと口にしながらも、近寄ろうとはしなかった。
気にせず突っ切るか、カルデラの外周を進むか。
ビックリトカゲを警戒するにしても、避けて通れないほどではない。カルデラの外周に沿って進む方が安全に思えるのだが、こちらはこちらで問題があった。
所々に、何かの巣が配置されているのだ。
何か、巨大なものの巣。
ビックリトカゲのものにしてはサイズが大きすぎる。例えるなら、空飛ぶビッグイヤーにぴったりなサイズ。
巣には、ビッグイヤーを小さくしたような生き物が眠っている。
十中八九、ビッグイヤーの巣であろう。そして、近寄れば、巣にいるヒナが親を呼び寄せる算段なのだろう。
ただ、カルデラ内にある巣の数に対して、浮遊しているビッグイヤーは1体のみである。戦闘になったとしても、複数を相手にすることはなさそうだ。
「どうやっても、ビッグイヤーと戦わせたいのが見え見えなんだよなあ」
わかっていても、引き返す選択肢はない。
引き返して下山し、モンスターの大軍を押しのけ、次の山を越える。できないことはないだろうが、ビッグイヤーと戦うのと、どっちが楽か? というだけの話である。
どっちも楽じゃない。
どちらかと言えば、ビッグイヤーに注意を払いながら進めるだけ、マシな気もしている。
「はあー。行くか」
行くと決めたら、中央突破を選択していた。
外周を選択しても、ビックリトカゲはいるのだ。密度が違うだけで、同じだけ神経を使う。であるなら、距離は短い方が良い。
……なんて、思っていた時期がありました。
「参ったな、こりゃ」
またまた同じセリフをつぶやいていた。
意を決して進んだまでは良かったのだが、100メートルも進まぬうちに、回りはビックリトカゲだらけになっていたのだ。
「いやー。まさか、こっちの動きに合わせて、移動してくるとは思わなかったよね。しかも、ポップして数を増やしてまでさ」
誰に愚痴るでもなく、言葉を吐き出す。
仲間達も、助言を返してくれるわけでもない。
ジグザグに進路を取りながら、ビックリトカゲを避けて進んだが、すでに限界である。全方位に地雷が仕掛けられており、ハルマが踏むのを待っている。エルシアの結界を張ったところで、時間稼ぎにしかならない。
なぜなら、結界はエルシアを中心に展開されるわけではなく、固定された範囲にしか影響を及ぼさないからだ。つまり、移動すると結界から簡単に出てしまう。
「やるしかないか……」
気は進まないが、ここでイベントエリアを出たところで、再入場した時に、もっと事態が悪くなっている可能性の方が高いだろう。
それなら、万全の態勢でビッグイヤーを迎え撃つ方が、いくらか勝算も高まるはずだ。
限られた装備品、アイテムを改めて確認し、準備を整えると、ビックリトカゲのテリトリーに向かって走り出した。
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