Ver.5/第33話

 尾根を走破するのも、思っていた以上に大変だった。

 モンスターは、ほとんどいない。警戒しなければならないものは、空飛ぶビッグイヤーくらいのものであるが、同じような場所を旋回し続けるだけで、近寄ってくる気配もない。時折、鳥系モンスターに見つかり襲われることもあるが、今のところ初期エリアで見かけるランクのものしかいないので、ハルマでも難なく倒せる範囲だ。

 それ故なのか、戦闘に適したスペースを確保する必要もなく、開けた場所がほとんどない。それでも、ハルマみたいに高所を移動する者がいることを想定はしているらしく、狭い山道が用意されている。だが、数メートルから、長くても数十メートルで途絶えてしまうのだ。

「次は登った方が良さそうかな?」

 段差と呼ぶには高すぎる障壁に塞がれる。もしくは、崖と呼ぶには少し低い位置まで下りなければならない。それが頻繁に繰り返される。

「ハルマ! こっちにタマゴあるよ」

 マリーが目敏く、岩陰に隠れていた白くて丸いものを発見する。

「お! ホントだ。サンキュー」

「えへへぇ」

 途中、鳥の巣なのか、鳥系モンスターの巣なのかわからないものに採取ポイントの反応があったり、窪地に堆積したらしき土に生えた植物の回りで食材が採取できたりした。食材は他にも、襲ってくる鳥系モンスターが確率は高くないが落とすようである。

 ハルマの〈発見〉のスキルにすぐ反応することも多いのだが、オブジェクトに邪魔されてスキルが上手く反応しないことも稀にあり、そういう場合は、マリーが退屈しのぎで手伝ってくれている。

 途中で見つかる採取ポイントは、思っていた通り鉱石系のものが多かった。しかも、上に登れば登るほど、高ランクのものになるようだ。ただ、高ランクではあっても、レア物はほとんどなく、一足飛びに上級装備をそろえられることはなさそうだ。

 マリーの見つけたタマゴと一緒に見つかった枝系の素材も回収し、先に進む。

 突き当たる障壁の高さは、ほとんどが3メートルから5メートル程度であるので、クライミングロープやペグといったアイテムを使うことはない。このくらいの高さであれば、〈クライミング〉による補助だけでも登り切ることができる。加えて、こういった岩壁には、難易度があることもわかってきた。リアルと一緒で、つるっとした岩壁よりも、ゴツゴツしている方が登りやすいのだ。そして、このエリアの岩壁は、ほとんどが難易度の低い岩壁ばかりなのである。

 ちなみに、トワネに騎乗したまま壁上りができれば、それが一番手っ取り早いのだが、さすがにそれは無理だった。シャムに騎乗して高さを稼ぐことで、横着できないかとも試してみたのだが、降りる時は、必ずシャムが立っている地面に降ろされてしまうのである。これは、もう、意志に関係なく、ゲームとしての仕様なのでどうにもならない。

 目指す転移門は〈導きのカギ〉によると、尾根伝いにぐるっとエリアを回る必要があるようだ。何度か、山を下りて平地を突っ切った方が早いのでは? と、考えもしたのだが、その度に見下ろす範囲を埋め尽くすモンスターが目に入り、やっぱり止めておこうという結論に至る。

 地道にコツコツ一歩ずつ。

 いくつの山を走破したのか数えていないし、連なっているせいで区切りもハッキリしなかった。それでも、4つ目か5つ目の山に向かう所で、ググっと高度が低い位置まで下山しなければならなくなった。

 完全に下山する必要もなかったのだが、それまで1000メートル前後の高所を移動し続けたのに比べると、400メートルほどの高さまで下りていただろう。周囲の傾斜もかなりなだらかになり、歩きやすくなった反面、モンスターの数も増えている。

 高所には低ランクの鳥系モンスターしかいなかったが、この辺までくると獣系のモンスターの方が目立ってきた。熊やゴリラを連想させる見るからに獰猛なモンスターも多いが、もっとも警戒するべきは狼っぽい見た目のガストファングだ。

 岩山に潜むのに都合の良い毛色で、獲物を見つけると瞬時に詰め寄り鋭い牙を向けてくる。その素早さも厄介なのだが、こいつらは群れで行動するのである。

 少なくとも5匹。これが最小単位である。最低5匹の小隊が5つ以上群れて、ひとつの大隊を作って行動している。

 見下ろしている間に、もっともプレイヤーを蹴散らしていたのがガストファング達だった。小隊をひとつ蹴散らしても、すぐに次の小隊がやってくる。逃げても同じだ。狙われ、初撃を逃げ延びられなければ、大隊を全滅させるしかなくなる。

「ま、上から見てた感じだと、ガストファングはもっと下まで行って、開けた場所じゃないと連携とれなさそうだから、出てきてもせいぜい小隊ひとつくらいっぽいからな」

 ガストファングの強襲にプレイヤーが遅れを取るのは、山肌に溶け込む体毛によって発見しにくい点にある。そこは、ハルマの〈発見〉が優位性を保てる部分であるので、慎重に進めば問題ないと思っていた。

 それでも、4本腕のゴリラのようなモンスター、コングコングであったり、体表に鎧のような岩をまとった熊のモンスター、ロックベアーであったりと遭遇し、戦闘を完全に回避することはできなかった。

 コングコングもロックベアーも、単体の強さはガストファングよりも遥かに上で、激戦になったものの、装備品が心許ないハルマ達であっても、ヤタジャオースやシャムのブレス攻撃は健在で、サポート系の魔法も充実していることもあり、苦戦、というほどでもなく勝利することができていた。

「このくらいのランクのモンスター倒すと、けっこう高い確率で装備品ドロップするんだよなあ」

 ガストファングは単体だとDランク、しかもほぼEランクとも呼べる程度だが、コングコングもロックベアーもCランクだ。どうやら、Cランク以上のモンスターを討伐することで、装備品を整えて欲しいようである。

 とはいえ、Cランクのモンスターともなると、パーティの連携がとれていなければ勝利することも難しい相手だ。それに加えて、普通のプレイヤーは持込制限のせいでまともな装備品がそろっていない。

 装備品をそろえるための装備品が不足している状態なのだ。

「でも、コングコングはハンマーとか両手剣、ロックベアーは重鎧系しか落とさないっぽいから、俺達だと使い道ないんだよなあ。誰かとトレード出来るかなあ?」

 そのうち、どのモンスターを狙って狩ると欲しい装備品が集めやすいか、情報も出回るだろう。

 こういう攻略情報が蓄積されていくのを見守るのも、イベントの楽しみ方かもしれない。

 こうして、ハルマは、再び尾根に向かって登っていくのだった。

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