Ver.5/第29話
結局、職人設備を選択した。
大魔王と呼ばれようが、不落魔王と評されようが、自分は生産職なのだという自負がそうさせたのかもしれない。
そして、それを後押ししたのが、イベントエリアの採取ポイントで見つかった素材たちだ。
たまに、素材ではなく装備品が見つかることもあった。しかし、採取ポイントで見つかる装備品は最低ランクのものの上に、錆びていたり腐食していたりするものばかりだった。装備品として使うこともできるが、〈鑑定〉した結果、素材として使えることが判明していた。
装備品以外で見つかる素材は、かなり種類が豊富であったし、素材ではなく材料がそのまま落ちていることすらあった。
つまり、イベントエリア内で職人作業をすることを推奨していることが窺えたのだ。ちなみに、イベントエリア内でのプレイヤー同士の物品の交換や取引は禁止されていない。この情報が広がれば、生産職もミッションに参加する意義も生まれてくるだろう。
材料が直接採取できるのであれば、錬金設備を持込む必要はないかとも思ったが、狙った材料が頻繁に拾えるわけでもないので、手間暇を考慮して、当初の予定通り錬金と鍛冶の設備を持込むことにした。
「さて。作っておくべきは〈調合〉〈木工〉〈裁縫〉〈料理〉が優先だろ?〈付加術〉と〈細工〉は、必要になってからでいいかな? 特に、〈細工〉は、ツルハシが必要になってからで……、あー、でも、バボンの武器をってなったら要るのか。まあ、でも、アクセサリーも含めておいおいだな」
職人設備を作るのは、さほど難しくない。初歩的な素材だけで事足りるからだ。レシピも、職人設備を購入した時に、覚えることができるので、慌てて用意する必要もなかった。
「ちょっと作業に集中したいから、エルシアさん、結界お願いできますか?」
マリーと一緒になって、近くを浮遊しているホーリースピリットのエルシアに視線を向ける。
「お任せください」
上品な声で返事をしたかと思ったら、祈りとともに何やら呪文を詠唱すると、優雅な動きで結界を展開させる。これで、15分はモンスターが侵入不可の領域が確保される。
結界が問題なく張られたのを確認すると、早速作業に取り掛かった。
まずは、〈錬金〉で集めた素材を材料に変質させていく。必要な材料をそろえ、続けて〈鍛冶〉によって、他の職人で使う設備を作り上げていく。ただ、始めてから、〈錬金〉で消費するMPを回復する手段が乏しいことを思い出した。採取ポイントでMPポーションを稀に拾えるが、性能は低く数も少ないため、〈調合〉で早めに準備する必要がありそうだ。幸い、ハルマの場合は、抽出機を用いた製法ではないため、大幅に手間は省ける。
エルシアの結界は、特別な制限もないため、切れる度に新たに張り直し、作業を続けていく。
繰り返すこと3回。拾ってあったMPポーションを使い切ることで、何とか最低限の準備を終えることができていた。
「とりあえず、ラフとズキン、ニノエの武器はこれでいいか。俺の装備は、もうちょっと素材集めてからだな」
実は、ズキンの装備品がないのが、けっこう痛手だったのだ。
彼女の強さは、高いステータスに依存している部分もあるが、それ以上に、カラス天狗の秘蔵アイテムによる特殊攻撃に頼る部分も大きかった。加えて、物理攻撃に使う錫杖もなかったため、現状、ただ殴るかイシツブテを使うことしかできずにいたのである。
ただ、索敵能力に長けているため、戦闘面以外の方がこのエリアでは助かっているのも事実であった。
採取を継続する。
転移門を探すことも頭の片隅にはあるが、やはり、今は足元を固める方が無難に思えていた。
「俺がクリアする必要があるわけじゃないしな」
クリアの個人報酬に興味はある。きっと、公表されていないものもあるだろう。気にはなる。
しかし、だからといって、無理をするつもりはなかった。
単純に、この冒険している感覚が楽しいので、やりたいようにやっている。正直、ハルマ向きのイベントだと思っている。たぶん、無理はしないながらも、クリアを目指すことになるだろう。そんな予感はしている。
それでも、慌てる時期じゃない。
幸い、生産職の分野では、一日の長がある。酔狂で取得した〈料理〉も、今回のイベントでは活かすことができる。
じっくりやれる下地があるのだから、自分のペースで楽しもうと思っているのだ。
当然、こんな気軽に楽しんでいるのは、ハルマ以外いないことなど、気づいていないのだが……。
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