Ver.5/第30話
イベントエリアの至る所から声が上がる。
「まずいまずいまずいっ! 逃げろ! 今の装備じゃ勝てん!」
「ぐあー。満腹ゲージがゼロになるうぅ……」
「うがっ! また毒入り果実だ。もう解毒薬残ってないぞ」
「ぎゃーっ! また奇襲かよっ!」
「もうMP空っぽ。MPポーションもなくなったから、戻るしかないかも」
「あれっ? はぐれた? これ、みんなどの辺にいるのよお? 方向音痴ナメんなよ!」
「おい。もしかして、目的地、この谷の反対側じゃね? 谷の切れ目、どこだよ」
参加している様々なプレイヤーが悪戦苦闘している中、ハルマは見つけた川に釣り糸を垂らしていた。
「お、ヒット」
釣果は上々で、全て食材として使える。
果実系食材、野菜系食材、キノコ系食材、穀物系食材、などなど、エリア内では様々な食材を採取することができていた。
イベントエリア内で見つかる食材はだいたい把握できた。
採取ポイントで簡単に見つかるものにかんしては、下ごしらえせずに食べても問題ないものは、かなり少ない。8割は何かしらの毒入りだった。それでも、〈料理〉スキルも〈鑑定〉スキルも持たない者であっても、直接死に至るほど強烈な毒ではないので、一時的に空腹を紛らわすことはできるみたいである。
中には幻惑の状態異常に陥り、運悪く戦闘に入ってしまったことで、敵と味方の区別がつかなくなり、仲間同士で殺し合う羽目になったパターンもあるようだが、稀な部類だろう。
一方、戦闘や釣りによって集めることができる食材に毒入りは少なく、火さえあれば〈料理〉のスキルを使わずとも食べることができるようである。魔法でも良いし、松明系のアイテムでも良い。ただし、松明系のアイテムは、自作できない者は外から持込まないといけないため、選択肢は火属性の魔法一択みたいである。
これもあって、プレイヤーの中では火属性の初級魔法が流行中だ。魔法職でなくとも、戦闘目的でないのなら、威力を考慮する必要がないため、気軽に取得できるし、不必要になったらデリートすれば良いだけだ。スキルは新規に取得しても使えないが、魔法は使える。こういったルールの隙間を見つけるのも、イベントの楽しみ方のひとつと言えよう。
とはいえ、これにも問題がないわけではない。
モンスタードロップで食材が落ちることは滅多にないし、比較的ドロップ率の高いモンスターは、討伐が難しいのである。加えて、毒入りの食材が全くない、というわけではないのもいやらしい。
MPポーションを自作できない者だと、MPの消耗も地味に痛手なため、毒入り果実で腹を満たす者も少なくない。
結局、安心して安定的に空腹を満たすためには、〈料理〉スキルを使うのが最適であることに変わりはない。中には、外で料理を買えるだけ買って、イベントエリア内で仲間と分け合うプレイヤーもいるみたいだが、料理に持込アイテムの枠を使うのは、意外に少数派のようである。
ちなみに、これのおかげで、ミッションに参加していない新規プレイヤーなどは、〈料理〉を取得して金策に励んでいるらしい。
「このくらいでいいかな?」
釣竿を使い切り、インベントリの中の食材を確認する。
料理設備も早い段階に作れたので、しばらく空腹になる心配はなさそうだ。
ただ、空腹システムはプレイヤーだけに適用されるわけではなく、仲間達の分も用意しなければならない。
ハルマの仲間達は、ゴーストや人形、アンデッドと、食事を必要としない者も多い。とはいえ、他の者が食事をしている中、除け者にするのは悪い気がしたので、定期的に全員で食事をすることにしている。
ハンゾウの故郷、忍びの里で見つけたテントもイベントエリア内の素材を使って作ることができた。
テントを使うことで、自動回復のペースが上がる。これにエルシアの結界も組み合わせると、簡易のセーフティエリアの完成だ。
食事をとる時は、こうやってキャンプすることが多い。多いというか、毎回だ。
この様子を稀に目撃する他のプレイヤーから、怪訝な顔というよりも、唖然とした顔を向けられることにも慣れた――SNSなどで、大魔王の優雅なイベント模様と題され、スクショが出回っていることなど、知る由もない――。
食材を集め、素材を集め、自力で食事とアイテムをそろえていく。
イベントが始まりまだ3日だが、夏休みを利用して、気の向くままに冒険を楽しんでいるうちに、気づけばインベントリの中身は充実していた。
「ポーション類も在庫はあるし、装備品も全員分行き渡っちゃったな。蘇生薬を作る素材が足らないのだけが、ちょっと心許ないけど、贅沢は言えないもんな」
さすがに、ガード率特化の武器まではそろえられていないが、ある程度満足できる装備をそろえることができている。
戦闘面でも生活面も不安は感じなくなってきた。
「うーん。そろそろ次のエリアを目指してみるか?」
この3日間、こまめに〈導きのカギ〉を使ってゴールを目指してはいたので、それなりに近づいてはいると思う。その証拠に、カギから発せられる光の強さは、最初に比べるとかなりハッキリとしたものだ。
しかし、相も変わらず、エリア全体の広さが不明なため、どのくらいの踏破率なのかは把握しようがなかった。
「チップ達の話だと、地形に邪魔されなければ、半日くらいで到着することが多いって言ってたよな。もうちょいで着くのかな?」
急いで先に進んだ方がいいのではないか? という不安と、じっくり準備を整えた方がいいのではないか? という不安を天秤にかけ、次に向かうのが時期尚早であったのなら、戻ればいいか、という結論に至り、ゴールを目指して歩き出すのだった。
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