Ver.5/第28話

 イベントエリアを進み始める。

 第1のエリアは、大森林だ。大森林と表現してみたが、どれくらいの広さがあるのかは、周囲の木々が邪魔で見通すことができない。もしかしたら、ハルマのスタート地点だけが森林地帯なのかもしれないが、現時点では確かめようもない。

 ある程度決まった場所にスタート地点が決められていると思っていたが、アテが外れた。〈発見〉のスキルの範囲に、他のプレイヤーの反応がないところを見ると、本当にランダムらしい。

 もしかしたらチュートリアルエリアで、すぐに転移門が見つかるかもしれないが、回りにプレイヤーの反応がないのだから、おそらくその可能性は低いだろう。いや、チュートリアルエリアだけは、1組しか入れない可能性もなくはないか。

 だが、広いのだろうという予感はしている。

 何しろ、マップを開いても、エリアの全容が表示されないからだ。いつもであれば、詳細はわからずとも、輪郭くらいは把握できている。それ故に、ミナドニークの壁のようにそびえる山脈の向こうにもエリアが広がっていることが推測できたのだ。それが、ない。加えて、マップに方角も表示されていない。

 いや、マップ画面の上が北であるのだろうが、問題は、自分がどの方角を向いているのかがわからない点である。

 いつもであれば、マップに表示される自身を示すマーカーは矢印となっていて、それを頼りに自分がどの方角を向いているのか判断しているのだ。今回は、そのマーカーがただの点なのである。

「まあ、晴れてれば太陽があるから、大まかにはわかるか? しかし、森林地帯だと、太陽も見失いそうだな」

 どうやら、自力でマッピングしなければならないようだ。ただ、移動範囲内のマッピングは、今まで通り自動的に行ってくれるらしい。

 何はともあれ、ハルマは急がなかった。

 カギが指し示した方角に進み始めるが、優先するべきはゴールではないと思っているからである。

「とりあえず、何が拾えるのか、だな」

 イベントエリア内には、通常エリアよりも高い頻度で宝箱がポップすると伝えられている。そして、採取の1日の上限数も設けられておらず、採取ポイントも至る所に設定されているらしい。

 徘徊するモンスターのランクは高めなので、派手に動き回るのは危険だろうが、ズキン、ヤタジャオース、シャム、バボン辺りであれば戦闘力として十分だろう。ラフ、ハンゾウ、ニノエにかんしては、現状装備品がないために、無理はさせられない。とはいえ、ニノエは回復役もこなせる。ハンゾウはそもそも不死なので、強化という面では優先度は一番低いのだが、変化の術でアタッカーにもヒーラーにも回ることが可能だ。ラフもサポート系の魔法が使えるため、期待している。

 アイテムの持込制限はキツイが、アイテムよりも遥かに有用な仲間を13体も引きつれていると思えば、デメリットよりもメリットの方が大きいと実感する。

 NPCも持込アイテムに含めると、完全ソロプレイヤーの持込アイテム15個と数がそろう。もしかしたら、運営も、この辺を落としどころに数を調整したのかもしれない。

「ま。とはいえ、結局、一番戦力にならないのは、俺に変わりはないけどな」

 現在、ハルマのインベントリに入っているのは、〈導きのカギ〉だけだ。持込アイテムはゼロである。

 最大でも2種類しか持ち込めないため、厳選しなければならない。厳選しなければならないのだが、情報が足らないために、決め切れなかったのだ。

 持込アイテムを変更するとリスタートしなければならないが、追加する分には問題ない。そのことに気づき、まずは手ぶらでやって来た、というわけだ。

 つまり、何も装備品を身につけていない。では、裸なのかと言うと、スイッチング機能によって、見た目だけはいつもと変わらないでいられる。そもそも、どれだけ装備を外しても、下着に近い普段着姿になるだけだ。

 しかし、見た目以上の問題点がある。

 装備を身につけていない、イコール、ガード率も100%ではないという点である。

 とはいえ、〈心眼〉のスキルには、不意打ちに対する絶対回避が備わっている上に、〈発見〉のスキルによって周囲のモンスターとプレイヤーの気配は見通せる。そう簡単に危険な状況に追い込まれることはないだろうとは思っている。

「お? 採取ポイント、か?」

 疑問形になるのも無理はなかった。

 今までの経験上、採取ポイントは地面にしか反応しない。採掘ポイントだとしたら、岩場の壁面にしか現れない。

 だというのに、木の上に反応があったからだ。

「果実? 食材用の採取ポイントと反応が違うけど、食材っぽいな」

 通常の採取ポイントだと、落ちている物の大きさも形状も不明なままで、仄かな明かりが灯っているだけなのに対し、桃のような、リンゴのような物が生っている部分に反応があったのだ。〈料理〉のスキルを取得した際に発現した効果の中に、食材専用の採取ポイントが出現するようになる、というものがあるのだが、どうやらイベントエリアでは別の反応を示すらしい。

 おそらく、空腹システムの関係で、〈料理〉のスキルを取得していないプレイヤーへの配慮なのであろう。

 先に〈鑑定〉することなく、採取する。

「謎の果実?」

 簡易テキストには、食用の果実とだけ表示されている。ただ、注目するべきは、未鑑定アイテムのアイコンである。

 迷わず〈鑑定〉を行う。

「おっと。毒入りか……。コヤさんの読み通りだな」

〈鑑定〉が終わると、見た目から変化し、ピンクっぽい果実は紫と黒の斑模様のいかにも毒々しいものになっていた。


『ポズの実。果実系食材。食べると満腹度が小回復するが、毒の状態異常になる。加熱すると毒が抜ける』


 ちなみに、〈鑑定〉できなくとも、食べることで鑑定と同じ効果が発生するらしい。ただ、必ず鑑定できるわけではないらしく、鑑定できることもある、程度ではあるようだ。

「持ってて良かった〈鑑定〉スキル。ソラマメさんに感謝だな」

 同じ木から取れた7つの謎の果実は、〈鑑定〉の結果、4つはポズの実で、2つがパラの実、1つはアプの実だった。

「同じ木から採れても、全部一緒とは限らないんだな。ますます、持ってて良かった〈鑑定〉スキルだわ」

 ポズの実は毒入り、パラの実はマヒ毒入り、アプの実はただの食材アイテムだった。つまり、この中で、そのままノーリスクで食べられるのは、アプの実だけということになる。そして、ポズの実もパラの実も過熱すれば毒は抜けるらしい。

 とはいえ、加熱すれば、というのは、ほぼ料理すれば、という意味に等しいため、〈料理〉スキルを持たない者にはどうにもできない。

「料理しようにも、料理設備持ち込まないといけないよなあ。もしくは、中で料理設備を作るか、か」

 正直、これもハルマが何を持込むか迷っている原因のひとつでもある。

 イベントエリア内で職人作業ができれば、ハルマの場合、素材さえ手に入れば、たいていの物は作ることができる。しかし、そのためには、専用の職人設備が必要なのだ。本来は、特定の条件を満たした室内にしか設置できない職人設備も、〈ドアーズ〉のイベントエリア内では、どこでも設置できることは伝えられていた。

「職人設備作るには鍛冶、木工、裁縫、細工のいずれかの設備は欠かせない。で、材料作るために錬金設備も必要。この2種類さえあれば、他の職人設備は何とかなる。ってなると、やっぱりガード率100%は諦めるしかないよなあ」

 ガード率を100%にするためには、どうしても装備品が3つは必要になる。盾は、イベントエリア内で見つかるかもしれないが、ガード率特化の武器が都合良く2つも見つかるとは思えない。そのため、愛用の片手剣2本を持込アイテムに設定しようかとも考えているのだ。

「まあ、まだ決断するタイミングじゃないかな? もう少し探索を進めてからにするか」

 こうして、2時間ほどかけて、周囲の探索を行ったところで、一度イベントエリアを出ることを選択するのだった。

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