Ver.5/第26話
「マジか……」
チップを始め、複数の人物が同じ反応を見せた。
思っていた以上に、ハードな内容だったためだ。
期間はすでに発表されており、1周年の翌日、つまりは明日から9月の中旬までに渡る、夏休みを丸々使っても足らない超長期のイベントである。
ただ、前回の公式放送で伝えられていた通り、イベントというよりは、プレイヤー全体へのミッションと呼べるものだった。
ひとつの目標に対して、全員で挑み、クリアを目指す。
クリア報酬は、いくつかあるが、基本的に全体報酬とクリアしたプレイヤーへの個人報酬となっている。
個人報酬に目ぼしい物は発表されなかったが、全体報酬は無視できない。
「ようやく、獲得経験値の上限解放か……」
すでに、Greenhorn-onlineにとって、レベル差が絶対的な強さの判断材料にならないことは周知されている。その最たる存在が、最強の称号を持つ大魔王ハルマであるからだ。
それでも、手っ取り早く強くなる方法は、レベルを上げることなのだ。
この1年、ペナルティスキルを獲得しない範囲で日夜レベリングに明け暮れているプレイヤーのレベルは、50を超えている。ところが、次のレベルに上がるためには、気の遠くなる量のモンスターを討伐しなければならなくなっているのだ。
この最大の理由が、新規プレイヤーとのレベル差が大きくなりすぎないように、獲得経験値に上限が設けられていることにある。ただ、レベル自体に上限が設定されているよりは、獲得する経験値が無駄にならずに済むという面もある。
「上限が解放されたら、エリア進行も盛んになるかな?」
シュンの誰とはなしにつぶやいた考察に、居合わせた他の面々も同意する。
「そうだな。現状、新規エリアに進んで恩恵があるのは、生産職関係のプレイヤー、というか、採取目的のプレイヤーだけだもんな。モンスターの強さと獲得経験値が割に合ってないから、行くだけ無駄って人も多い」
「モカさんみたいな例外もいますけどね」
ナイショの言葉に、ハルマが付け加えると、ちょっとした笑い声が上がる。
「えー。だって、相手は強ければ強いほど、面白いじゃない」
笑われたことに対し、モカは不本意とばかりに反論するが、口を尖らせ頬を膨らませるだけで、本気で怒っている様子ではない。自分が戦闘狂である自覚は、しっかりと持っているのだ。
ここ最近も、ハルマ達と到達したミナドニークに入り浸っては、強敵を狙って戦いを繰り返している。ただ、相性の関係で、モカをもってしても勝率は半々といったところで、レベルアップの糧にはなっていない。
「でも。このイベントだったら、存分に戦えそうですよ」
テスタプラスによって、話が戻される。
「確かに……。でも、条件キツイなあ」
モカに限らず、この場に集まった全員が同じ感想だった。トッププレイヤーの中でも飛び抜けている者達でさえキツイと感じているのだから、新規プレイヤーには難易度が高いと事前に伝えていたのも納得である。
その証拠に、ユキチ以外の新規プレイヤー勢は及び腰で、サエラとパーティを組むことが多い主婦3人組は、参加する? どうしようか? 止めた方が賢明じゃない? という雰囲気だ。
イベントは、特殊フィールドの攻略がメインである。複数の層からなるダンジョンで、最奥で待ち構えるボスを討伐しなければならない。当然のことながら、ダンジョンの中にもモンスターは徘徊する。放送内で紹介された動画を見る限り、初期エリアに出るような低ランクのものは見当たらず、B~Dランクの比較的高ランクのモブモンスターばかりが目についた。
しかし、ダンジョン内には全てのアイテム、装備品の持ち込みが制限されている。消費アイテムが持ち込めないだけなら何とかなるだろうが、装備品まで持ち込めないとなると、戦い方から変更を求められる。
魔法職ならいざ知らず、アイテムも装備品もなしに、どうやって戦えというのかと思ったが、ダンジョン内の宝箱やモンスタードロップによって、入手が可能とのことだった。
ただ、完全に持ち込み不可というわけではなく、消費アイテムと装備品を合わせて、最大15種類までは厳選して持ち込むことができることになっている。それでも、アクセサリーなども含めると最大で15種類装備している。ポーションやMPポーション、蘇生薬といった消費アイテムも持ち込みたいとなると、装備品に回す余裕はなくなる。
加えて厄介なルールが続けられる。
「おおう……。パーティ人数によって持ち込めるアイテムの数変わるのか」
最大15種類というのは、ソロで挑んだ場合だったのだ。単独で15種、ふたりで各自10種、3人になるとひとり8種となっていき、9人以上になるとひとり2種しか持ち込めない。
9人以上? と、首を傾げていると、その説明もなされた。
「い!? 今回は、テイムモンスターもパーティ人数にカウントされるの!? しかも、カウントはされても、テイムモンスター自体は装備品も含めて、アイテムを持ち込めないとか、ひどい……」
ハルマも最初は呑気に構えていたが、このルールが発表されて、顔色が変わる。
いつもの調子で、ソロでありながら大人数での攻略が可能だと思っていたら、しっかりハルマ対策されてしまっていたのだ。これでは、仲間を皆連れて行ったら、持ち込めるアイテムは2種類しか選べない。
「うえ! ここにきて、空腹システム入れるのかよ!」
悲鳴は続いた。
イベントエリア限定にはなるが、満腹メーターがゼロになる前にゲーム内の食事を摂取しなければ、ダメージを受けるようになってしまうのだ。空腹度合いによってダメージ量は増えていき、イベントエリアを出てもリセットはされないらしい。
「おいおい、そこまでする?」
空腹システムだけでも厄介だと感じていたのだが、極めつけのルールが発表されたのだ。
1周年を迎える以前――つまりは昨日まで――に取得していたスキル以外は、イベントエリア内では使用不可というものだ。ただし、例外として、イベントエリア内で取得したスキルにかんしては、使用可であり、所持しているスキルの成長によって追加されたものも使用可とのことだった。
「イベントエリア内で〈料理〉のスキルが取れるとも思えないから、今から慌てて〈料理〉のスキル取っても、使えないってことね。食べ物も現地調達はできるみたいだけど、ここまでの流れから察するに、リスクもありそうね」
テスタプラスの隣で、コヤが引きつった笑みを浮かべる。これには、圧倒的多数のプレイヤーが愕然となっていることだろう。空腹システムが採用されているというのに、食事を自分で用意できないのだ。しかも、イベントエリアに持ち込めるアイテムの制限をかけられているのである。コヤの読み通り、現地調達できる食べ物に毒などの状態異常が混在してたら、生死にかかわるだろう。
「1年の集大成って言ってた意味がわかったわね」
スズコがうんざりした表情でうめき声にも似たものを吐き出したが、その目はやる気に満ちていた。難易度は確かに高い。しかし、それだけやり応えがあるということだ。
生粋のゲーマーの血が、グツグツとたぎっていたのである。それは、スズコに限らず、この場にいたほとんどの者が同じであった。
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