Ver.4/第44話

「あれ、卵だったら、孵化させる前に叩かないと、手に負えなくなるかも!」

 クレブオアラクネは、張り付いていたハルマから距離を取ったかと思ったら、ブルブル震えだし、下半身の蜘蛛の体から無数のトゲを飛ばした。

 トゲは戦闘エリアのあちこちに飛来し、突き刺さったかと思ったら、心臓が鼓動するように波打ち始める。

「数が多いな。ルヴァン、行ってこい! モカさんとユキチちゃんも! ハルマ! そのまま盾役やりながら、ヤタジャオースとズキン姉さんも使って、卵の処理を頼む!」

「了解!」

「アヤネとカルムは、そのまま本体を削ってくれ! シュンも、タゲのコントロール重視! リナも、そのまま!」

「はいよー」

 マカリナの経験則が活きるのか、別のトラップなのかを判断する余裕はない。

 散らばったトゲの正体が魔物の卵なのか、別の爆発系トラップなのかを確認するために、わざと見逃すという手もなくはなかったが、チップが選択したのは排除だった。

 仮に、別のトラップであったとしても、アヤネとハルマの回復系の仲間であるニノエとピインが残っているのでリカバリーはできると判断したからだ。加えて、ハルマのおかげで、蘇生薬の数に余裕はある。

 それよりも、本当に魔物の卵で、手に負えない数のモンスターに囲まれる方が危険である。

 どちらに転んでも乗り越えられると踏んだのは、視線の先でボスモンスターであるクレブオアラクネを、ずっと抑え込んでいるハルマとシュンが安定していたからこそである。

 長年の付き合いから、ふたりの能力値の高さは信頼している。

 口では嫌々ながらなところもあるが、やる時はやってくれるという信頼感があるのだ。

 チップの指揮の元、その場しのぎのパーティながらも連携が取れていた。

 ところが、周囲に飛び散ったトゲの処理が終わった瞬間だった。

「「何かヤバい!」」

 最前線でクレブオアラクネと対峙していたハルマとシュンがそろって声を上げていた。

 何が起こったのかは、一目瞭然だった。

 後ろから見ていても、クレブオアラクネの両目が怪しく光ったのが見えたからである。

「ふたりとも離れろ!」

 チップも咄嗟に叫んだが、時すでに遅しであった。

 クレブオアラクネはカッと目を見開いたかと思ったら全身から瘴気のような怪しい煙を吹き出した。

 ダメージを受ける類の攻撃ではなかったが、何かプレイヤーが不利な状況になるスキルに違いない。

 煙はクレブオアラクネを中心に戦闘エリアの半分ほどに広がり、ハルマとシュンだけでなく、トゲの処理で近くまで寄っていたモカやユキチにも届いていた。

「これ、レベルダウンの状態異常と、全ステータスのデバフ付きだ! エグ過ぎ!」

 いち早く煙の正体に気づいたのは、一番初心者のユキチであった。

 この辺は、別のゲームで培った経験が活きているらしい。

「い!? それは、マズイ! 俺、ガードし切れないかも!」

 ハルマのガード率100%は、DEXに頼る部分も大きい。むろん、そこを抜きにしても80%を超える確率でガードはできるのだが、100%と80%では、雲泥の差である。まして、ハルマの場合、一度の失敗が致命的なものとなる。

 クレブオアラクネの方から距離を取ったとはいえ、ターゲットはハルマのままだ。大技を使った直後の硬直によって、すぐに向かってくることはなかったが、それも時間の問題だ。

 こういう時にカバーするためにシュンとコンビを組んでいるのだが、シュンも同様にステータスが下がってしまっているため、下手に手を出せない。

 ハルマは、初めての死を覚悟した。

 

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