Ver.2/第87話
予選イベント〈不死者の砦〉も終了の時期が迫ってきている中、ランキングには名の知れたプレイヤーが上位を占めていたが、ひとり、未だ名前の登場していない者がいた。
ハルマである。
もちろん、ハルマという名前のプレイヤーは600組の中に数人いた。しかし、それらは多くの者が待ち望んでいる人物でないことを、当人達が否定しているのである。
不落魔王と評された人物の名前が見当たらないことに、前回は偶然だったのだとか、逃げたのだとか噂されていたが、それ以上に心配している者の方が多かった。
その当事者はといえば……。
「はあー。やっとテスト終わったあ」
テスト勉強の合間に息抜きと称してインすることはあったものの、イベントに参加するまでにはいたっていなかった。それはチップ達も同様で、テストが終わったことでようやく挑戦できる時間ができたのだ。
何しろ、最短でも30分ちょっとかかってしまうのだ。
スムーズに攻略できなければ1時間半から2時間は見なければならない。準備の時間なども入れると3時間は欲しいところだ。そのため、息抜きの時間で挑戦するものではなかったのである。
テスト最終日の夜は準備に終始し、挑戦は翌日に持ち越していた。
今回、ハルマはチップ達のパーティメンバーとして参加する予定である。
本当は持ち込みアイテムや、装備品を新調することで、裏方として支援するつもりだったのだが、1度は攻略しておかないと魔王への挑戦権もないと説得され、渋々参加することになっていたのだ。
魔王として参加するつもりはない上に、勇者になることにもあまり興味はなかったのだが、ちょっとだけなら参加してみるのも悪くないと考えるようになっていた。
「ちょっ……。デカッ!!」
スタンプの村で待ち合わせしていると、チップに開口一番驚かれた。見上げる視線の先にいるのは、ハルマのテイムモンスターであるシャムだった。
「いやーーーーん! シャムちゃん、超かわいくなってるじゃない! どうやったら、こんなに大きなプルプルになれるの!?」
チップの驚きを他所に、アヤネはシャムに飛びつき、プルンとした弾力を楽しんでいる。小柄なアヤネだからではなく、何人かは完全に体内に取り込めるサイズにまで成長していた。
そのアヤネが連れているテイムモンスターのカルムも全長3メートル、胴回り50センチほどと、なかなかに大きくなっていた。元はプチドラゴンだったのだが、今ではミズチに進化し、ドラゴン寄りのスライムみたいな半透明の竜になっている。
「いやー。ベビーサラマンダーの肉を料理して食べさせてたら、ぐんぐん大きくなっていくから面白くなっちゃって……。続けてたらシャドースライムから更に進化して、ヒュージシャドースライムになっちゃったんだよねえ」
ぽりぽりと頬をかく仕草で恐縮してみせる。
テスト期間中の短い時間でできることといったら、素材の採取であるとか、職人作業といった単純作業ばかりだったため、ベビーサラマンダーの討伐に出かけるのは純粋に楽しかったのである。
しかも、やればやるだけ目に見えてシャムが成長していくので、止まらなくなっていたのだ。
更に、モカに頼まれていた騎乗用のテイムモンスター装備の素材が、たまたまベビーサラマンダーのドロップアイテムだったのも大きなモチベーションになっていたのである。
「おっきいねえ……」
少し遅れてやってきたシュンも、ぽかんと口を開けてシャムを見上げてから、自身のテイムモンスターを召喚してみせた。
テイムモンスターは常時付き従うわけではなく、プレイヤーによって召喚と帰還の選択が可能なのだ。
「おいで、サラサ〈召喚〉」
サラサと名付けられたシュンのテイムモンスターはエレメント系である。シャムもシャドーの部分はエレメント系であるが、純粋なエレメント系の場合、実体を持たなかったり、持っていても流動的な身体であったりする。
サラサも通常時はゴーレムのような物質系を思わせる人型の姿をしているのだが、砂の体であるためサラサラと流れるように移動する。
「あとはオレのルヴァンだけだな。ほい〈召喚〉」
チップも自慢の相棒を召喚してみせる。
現れたのは屈強な戦士に成長したリザードマンだ。
明らかに主人の影響が色濃く反映されている。人型に近いため、チップと同じ両手剣だけでなく鎧や盾も装備していることもあり、見た目からも頼もしさが伝わってきた。
「ルヴァンちゃんも益々たくましくなってるわね。それにしても、唯一の不満はハル君のと違って、この子達とおしゃべりできないことよねえ」
アヤネは自分の相棒であるカルムの頬を両手でスリスリしながら頬を膨らませる。
「いや。俺もシャムとは会話できないぞ?」
「それは、わかってるわよ。わたしが言ってるのは他の子達。ラフちゃんですら、おしゃべりできるじゃない」
「あー。まあ、そういえば、そうだな」
シャムではなく、この場にいる他のNPCに目を向ける。ラフはインベントリに入っているが、確かにラフも含めて、全員と会話が可能だったが〈聖獣の卵〉から生まれたテイムモンスターが喋ったという話は聞いたことがなかった。
せいぜい鳴き声を出して意思疎通が何となくできる程度である。
「まあ、ほぼ全プレイヤーが持つことになるんだろうからな。中には複数持ってる人もいるくらいだから、そこまで容量が回らないんじゃないか?」
「もー。わかってるわよ。そういうことじゃないのよ。ここはファンタジーの世界なんだから、現実的な話はやめてよね?」
「あ、ああ。すまん」
アヤネにジト目で呆れられ、チップは素直に謝罪した。
そして、気まずい沈黙が続いたかと思ったら、「プッ!」と、アヤネが吹き出していた。
「ははは……。じゃ、行こうか」
一気に肩の力が抜けたところで、ハルマは〈不死者の砦〉に向かうためメニュー画面を操作した。
ポチポチポチと選択して、体が光に包まれ転移が始まった。
……が。
「おい! ハルマ! まだパーティ組んでな」
チップの言葉を聞き終わる前に、ハルマの姿はスタンプの村から消えていた。
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