第59話

「ハルマが張り切ってるなんて意外だな。昨日まで、あんまり参加しないかもって言ってたのに」

 城壁の上に立ち、周囲を見渡しながらチップが声をかけてきた。


 防衛するべき拠点は、30にわけられたサーバーそれぞれに置かれている。各サーバーごとに違いはなく、単純にプレイヤーの分散による負荷の軽減が目的だ。

 拠点は半径100メートルほどの円形。外周をぐるりと5メートルほどの高さがある城壁で囲まれており、等間隔に3つの城門が設置されている。そして、その中央に拠点の要である結界装置が配備されていた。外周に沿うように、生産職用の職人設備が置かれた部屋と死に戻りした時の復活部屋、回復を促す休息用の部屋が設けられている他は、特筆するものはないシンプルな造りである。各部屋にはNPCも数人配置されているが、イベント用のアイテムのやり取りを行ってくれるだけで防衛の手助けはしてくれない。

 この拠点を3日間守り抜けば、プレイヤー側の勝利となる。

 失敗の条件は2つ。ひとつは、拠点にある3つの城門が完全に破壊され、15分が経過した場合。もうひとつは、拠点中央に設置されている結界装置を破壊された場合である。結界装置を破壊されると、城門がいくつ残っていても即座に失敗となる。逆に、結界装置が残ってさえいれば、城門が3つ破壊され、15分が経過した後でもゴブリンの討伐は可能である。

 ただ、結界装置が機能している間は、拠点内には一定数のゴブリンかホブゴブリンしか入れないため、そう簡単に破壊されることはないだろう。

 問題は、城門の方である。

 拠点は平原のど真ん中に建っているため、守りやすいが攻められやすい。しかも、プレイヤーの人数は多いが、各自の目的はバラバラなために、統率がとれるかどうかは怪しいところだ。

 防衛に力を割けば討伐によるドロップ集めが思うように進まない。個人報酬のために討伐にばかり気を取られていると、防衛が薄くなる。

 戦闘で敗れれば、通常と同じく死に戻りとなる。ただ、通常の死に戻りと違い、HPもMPも回復した状態では復活しない。つまり、拠点で回復を待たなければならなくなるのだ。ちなみに、50%以上回復する前に通常サーバーに戻ると、ペナルティが発生してイベントサーバーには3時間戻れなくなる。

 当然、サーバーによって色が出てきて、居心地の良さは異なることになるだろう。そのため、イベント用サーバーの移動は、拠点内にいれば自由に行えることになっている。ただし、3つの城門が全て破壊され、15分が経過した後にも居座り続けると、3時間サーバー移動ができなくなる。この際、ログアウトはできるが、再ログインしても他のイベントサーバーに入ることはできない。

 城門破壊後の15分は、サーバー移動のために設けられた救済時間であろう。


「俺が張り切っても仕方ないんだけど、全体報酬が欲しくってな。がんばって防衛を成功してもらいたいんだよ」

 城壁の上から、弓を射ってゴブリンを討伐しながら告げていた。イベント期間中にレベルが18にまで上がったとはいえ、ハルマが城門の防衛に回っても足手まといになるだけなので、城壁の上から見かけるゴブリンを討伐する程度である。ラフもトワネもズキンも一緒に入ることが出来たが、さすがに目立ちすぎる。

「ん? ハルマって、見た目装備にこだわるタイプだっけ?」

 チップは他のメンバーが集まるまで、周囲の地形やゴブリンの分布を調べるために来ていた。

「俺が欲しいんじゃなくて、マリーのためだよ。使えるのかわからんけど」

 ゴブリン軍の進撃が開始される直前に更新された告知に、全体報酬の詳細が追加されていたのだ。

 全体報酬は30種類用意されており、ケモ耳や尻尾、眼帯といったアイテムに加え、羽もあったのだ。

 これに〈陽炎の白糸〉を使えなくとも、羽には白と黒、コウモリタイプと蝶タイプがあり、黒の羽が出回ることでズキンを連れて歩いても目立ちにくくなるのではないかと踏んでいた。

「そういうことね。ま、初めてのイベントなんだ。運営もそんなに本気出してこないだろ」

 そう誰もが思ったまま、イベントはいくつかの山場を乗り越え、最終日に突入していくことになる。


 防衛は、ほとんどのサーバーで順調だった。

 拠点内であればメニューからイベントサイトを閲覧できるため、MPを使い果たすまで外で戦っていたプレイヤーは、戦果を確認した後はだいたい戦況を把握するために確認していた。

 ハルマは城壁の上からゴブリンを討伐しては、襲撃の波が落ち着いたのを見計らって外に出て素材の回収を行い、拠点に戻ってEポーションを補充するというサイクルで何事もなく過ごせていた。

 何回か、突然、襲撃の波がやってきて逃げ遅れて死に戻りしそうになったこともあるが、その度に他のプレイヤーに助けられ難を逃れることができていた。同じサーバーを選択し続けるプレイヤーも多いことから、ハルマが貴重な生産職系のプレイヤーであることも認知されてのことである。

 Eポーションは事前に用意されていた数はすでに使い果たされ、ハルマのような生産職がいなければ回復が追いつかなくなってきているのだ。

 ただ、外で回収できるイベント専用素材にはハズレも多く、使い道のない木材であるとか岩といったものも含まれていた。

 チップ達も同じサーバーで活動しており、スズコのパーティと合同で遠出をしてはゴブリンロードを何回か討伐するなど、上々の活躍を見せている。

 どうやら、強敵になるほど拠点から離れた場所でしか戦えないようで、数も多くないらしい。

 また、どの時間帯でも防衛の難易度は大きく変わらないことから、ログインしているプレイヤーの数によって進撃してくるゴブリン軍の数も変化するのではないかといわれていた。

「今日の15時が終了時間だから大丈夫そうだな。何か所か落とされそうなサーバーもあるけど、この調子なら半分以上は残りそうだ。そろそろ昼飯にして、最後のひと踏ん張りに備えるか」

 城門の耐久値が3つとも半分以上残っているサーバーは多い。ハルマのいる拠点も同様である。対して、すでに失敗が確定しているサーバーは2つしかなかった。

 ハルマはゲーム内で午前中のひと仕事を終えると、昼食をとるために拠点内でスリープモードに入るのだった。

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