第60話

 スリープモードはログイン状態を維持しながらログアウトできる仕組みである。

 ログインにかかる時間や手間を省くためのもので、状態的にはマリーに近く、特定のプレイヤーにしか存在を知られない。そして、当然モンスターに襲われることもない。そのため、この状態が長く続くと強制ログアウトの対象になる。

 VRが浸透する以前の時代からの呼び方に倣って、「離席」と表現するのが一般的だろう。

 ハルマは昼食をとった後、残っていた夏休みの宿題に少し手を付けてから戻ってきた。


 そして……。


「はい?」

 思わず素っ頓狂な声が漏れてしまう。

 拠点の中はプレイヤーが溢れ、口々に何やら叫んでいる。

「まだ耐えてるサーバーあるから、戦えるやつは急ぐぞ!」

「終わりだ、終わり!」

「くそったれ運営。何だよ、あれ」

「おつかれさまでした。リタイアしますー」

「MP空っぽだけど、サーバー移動で回復できるんだっけ? できないよな?」

 視界の端っこには赤文字の時間が表示され、カウントダウンが進んでいた。残り9分ほどでゼロになる。

 何が何だかわからなかったが、拠点内にゴブリンが入り込んでいるのを見るに、城門が突破されてしまったのだろう。

「このカウントダウン、城門が3つともやられたってこと?」

 慌ててメニューからイベントサイトを開くと、驚きは更に増す。

 ハルマが離席していた2時間弱の間に、13のサーバーが防衛失敗に終わり、12が今まさに失敗に終わろうとしているところだったのだ。

「残ってるの、たった3つ!? しかも、城門の耐久値、どこもほとんど残ってないじゃないか」

 目を白黒させていると、見慣れた集団が近寄って来た。

「ハルマ、タイミング悪いな。ついさっき落とされちまったぞ」

 チップとスズコのパーティ全員だ。

「俺がメシ食ってる間に、何があったんだよ!?」

「いやー。ただただ正攻法で押し切られた。気づいた時には、どうしようもなくなってたわ」

「は?」

 チップやスズコのパーティ以外にも、この興奮を誰かに話したくて仕方のないプレイヤーが数人集まってきて、教えてくれた。

 残りが3時間を切ったタイミングの小さな変化が始まりだった。

 ランダムにポップしていたゴブリンの軍勢が集団を作り始めたのだ。

 それは次第に大きな塊を形成していき、ゴブリンロードを指揮官に整然とした軍隊へと変貌を遂げていったのである。

 ゴブリンの攻撃が脆弱なのは変わらないのだが、数が増えると脅威となる。それに上位のゴブリンが混ざり、小隊を作ることで更に強化されていた。そうやってバラけて戦うプレイヤーを分断しては数の優位を活かし始めたのである。

 フィールドに出ていた多くのプレイヤーが数の暴力に圧倒され、人数を減らし、統率のとれた軍勢によって城門は攻め込まれた。

 城門の防衛は、多くが遠出をするには不安があるプレイヤーが中心になっていたため、戦力としてはじゅうぶんではなかったのだ。

 それに加えてEポーションの不足も大きかった。

 結局、多くのプレイヤーが死に戻りしては回復もままならないうちに城門へと戻るゾンビアタックが繰り返し敢行されたが、奮闘空しく城門は破壊されてしまったのである。

「チップ達は、別鯖に行かないのか?」

「んー? オレ達もゾンビアタック組だから、全然回復してないんだよ。それに、プレイヤーが増えるとゴブリンの数も増えるだろ? だったら行くだけ迷惑かける可能性大なんだよな。せめてMPが回復してれば、回復魔法でどうにかなるんだけど」

 チップと同じ考えのプレイヤーは多いらしく、援軍に向かうよりもリタイアを選ぶプレイヤーの方が目立つ。

「ハルマこそ、行かないのか?」

「いやー。俺はまだ戦えるけど、城門の局地戦だろ? 接近戦じゃ役に立てないぞ。この状況じゃ、Eポーション作ったとしても焼け石に水だろうし……」

「あー。まあ、そうだな。ズキン姉さんが蹴散らしたところで、数で圧倒されると難しいだろうな。他にも誰かいたら話は別だろうけど……。しっかし、まさか運営がここまでしてくるとは思わなかったわぁ」

 チップの嘆きに、回りにいた全員が疲れたように頷くのだった。

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