第2話
チップと別れてすぐ、ハルマは中世ヨーロッパを思わせる街並みを眺めながらフィールドへと向かっていた。
DEXにステータスが偏っているため、歩みは遅い。
しかし、歩みが遅いだけで装備は鎧系か軽装系の初期装備しかないため、回りのプレイヤーも同じ見た目ばかりであり大して目立つことはなかった。
しかも、βテストの情報で、序盤はレベルアップによるAGIとDEXの成長速度は早いため振らなくても問題ないと言われており、最初のポイントをAGIやDEXに多めに振り分けるプレイヤーは多くなかった。加えて、まだほとんどの者がレベルが上がっていないこともあり、ハルマと同程度の歩行速度の者も多かったのだ。
それよりも、外見は顔つきと髪型以外はリアルに依存しているため、巨漢のプレイヤーが人の群れの中から頭一つ飛び出していることの方が目立っていたのである――体型によって変わるのは見た目だけのため、どんなに巨漢であってもステータス通りの動きが可能である。ただ、小柄なプレイヤーの方が攻撃判定の面積が単純に小さいため攻撃を避けやすい反面、大柄のプレイヤーの方がリーチが長いというメリットがあった――。
ハルマはいわゆる中肉中背の範囲内におさまる体型のため、人ごみに紛れることができていたというわけだ。
ただ、自分の鈍い動きは馴染んできたが、アバターの体のため互いに触れ合うことができないことに慣れるのに手こずっている。
デジタルの体はぶつかることはないのだが、重なることはできてしまうため、自分を追い越していくプレイヤーが背後から体をすり抜けていくといったことが頻繁に発生してビックリさせられるのだ。
慣れない出来事に肝を冷やしているのはハルマだけでなく、あちらこちらで小さな悲鳴にも似た声が上がっている。
「さすがに初日だけあって、活気があるな」
自分の動きと周囲の動きを気にかけながら、新しい世界に溶け込んでいく。視野が広がっていくにつれて、様々な違和感も薄れていき、気づけば周囲の雑多な環境も楽しめるようになっていた。
「パーティメンバー募集中です。レベリング希望です!」
「フレンド募集してます! 未開の地を目指して、情報共有していきましょう!」
「回復魔法使える方探してまーす」
様々なプレイヤーが、あちらこちらで声を上げているのを耳にしながら、ハルマは賑やかな大通りをそのまま進んで行く。
「うーん。最初はどうにかなるだろうけど、今後もAGIを伸ばす予定はないから、接近戦は不向きだよなー。かといってINTもポイントを振るつもりはないから、魔法にも不向き。ってなると、投擲か弓での遠距離攻撃くらいだろうな。長槍もリーチはあるけど重すぎて装備できないし。うーん。ってか、俺みたいなステータスの奴こそパーティプレーするべきなんだろうけどな。それとも、チップが言ってた通り、AGIはレベルアップの成長だけで何とかなるのかなあ?」
仲間をともない、愉快そうに雑談しながら同じ目的地へと進んでいるのであろういくつものパーティを横目に見ながらも、頭の中では単独行動で何ができそうかばかりを考えていた。
要は、パーティプレーをする気はさらさらないというわけだ。
インベントリに事前に用意されている初期装備をひとつずつ確認していく。両手剣、片手剣、短剣、両手斧、片手斧、短槍、長槍、弓、ブーメラン、ツメ、ムチ、杖、魔法書、盾、大楯と並んでいる。初期の基本武器だけでもこれだけ種類があるのだが、冒険を進めていくと更に種類は増えていくらしい。
「おっも!」
取り出した弓は、ズシリとした重量を感じさせた。実際は手に持っていないのに、重さを感じるのも不思議な感覚だ。
「さすがに、STRが最低だと初期装備でもギリギリだな。ブーメランの方が軽いけど、ダメージ考えると弓一択だろうな。少しレベルが上がれば、重さも気にならなくなるかな?」
Greenhorn-onlineの世界では装備品に重さが設定されている。単純に、この数値よりもSTRが上回っていないと装備できないのである。基本的に、重いほど性能は高く、重さとSTRの差によって使い勝手に差が生じる。
これらの判定は装備品ごとに別途されるため、例えば剣の重さが10で、鎧の重さが15だった場合、STRは15あれば両方とも装備することができる。ただし、STRに任せて重い装備で身を包むと、重さの合計によってAGIにマイナスの影響が出てくるので注意が必要だ。
また、利き腕の設定もあり、片手武器の場合、利き手でない方で装備するとダメージ量が大幅にダウンしてしまう上に、追加効果が付与されていても、その効果は発動しなくなってしまう。両手に装備することも可能だが、そうすると、両方の武器にダメージ量のマイナス補正が入るため、総ダメージはむしろ低下する。
「弓攻撃の場合、ダメージが固定なのはデカいよなー。初期装備だけあって追加効果はないけど。ま、ブーメランと違ってSTRに依存しないのはありがたい。命中率が70%なのは微妙なところだけど、確かDEXで命中率の補正が入るはずだし、もう少し当たるかな? 矢の方は……、これか。良かったぁ。消耗品じゃないな。それとも初期装備だからかな?」
始まりの町は、複数の大陸に散らばって同じ規模のものが6か所用意されていた。
それぞれ、魔法の6属性にちなんだ名前がつけられ、最初から転移アイテムによって移動が可能になっている。
現在ハルマがいるのはウィンドレッドの町であり、風の加護を受けているとされている。
どの町も周辺に大差はなく、町から離れれば離れるほど各属性の特徴が色濃く出た地形へと変化していくのだそうだ。
6か所用意されているといっても、日本中のプレイヤーが集まると広大な町であっても人で溢れていた。それでも30分ほど歩いて門にたどり着いた時にはまばらになっていく。
ただし、フィールドに目を向けるとモンスターがポップした瞬間、エンカウントの奪い合いが起こるほど賑わっている。
「こりゃ、この辺じゃ戦闘は無理だな。かといって、遠出したらモンスターのランクが上がって危ないだろうからなぁ」
町とフィールドの境界線付近にしばし佇み、考え込む。
「ま、死に戻りしたところでデメリットがあるわけでもないし、ソロだから誰に迷惑かけるでもない。テキトーにふらふらしながら素材探すか。レベル上げより、生産に必要な素材の方が俺には必要だからな」
誰に許可を得る必要もない気楽なソロプレイヤーの特権を活かし、戦闘激しい地域をのんきに突っ切るのだった。
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