第40話 あなたの裸の写真を送ってちょうだい。

『うおおおお!!!俺の魚谷ドラゴンが火を吐くぜ!』


『なにおう!?魚谷ザウルス!大地を操り、魚谷ラバーたちの愛の結晶を奴の頭上に落とせ!』


『ぐあああああ!やられたぁ~!!』


『魚谷&ドラゴン!今週末リリース決定!』


 ……は?


 俺は自宅のリビングで固まっていた。


「兄さん?スマホの画面が近いです。目が悪くなりますよ」

「あぁうん……」

「全く。せっかくの休日に、ソファーで寝そべってるだけなんて、生産性が無いですよね」

「そうかもな……」


 加恋の説教が、右耳から入って、左耳へと抜けていく。

 俺の頭の中は、疑問符でぎっしりと埋め尽くされていた。


 スマホで、某動画サイトを使っていたところ、広告動画に、いきなり俺の名前が登場したのだ。

 いや、魚谷っていう苗字は、別に俺だけってわけじゃないけど……。制作会社の名前が『魚谷大好きクラブ』だったので、もうあの人の関与を疑う他ない。


 俺は急いで部屋に戻り、鳥山さんに電話をかけた。


「嬉しいわ。休日に電話してくれるなんて!嬉しすぎて失禁しちゃったらどうするのよ!ここ図書館なのよ!?」

「今すぐ図書館から出てください」

「わかったわ」


 電話した俺が悪いのは確かだけど、せめて外に出てからでもよかったのに。


「お待たせしたわね。大丈夫よ。おむつ履いてるから」

「酷い話題」

「冗談よ。休日の朝だから、こんなジョークが心地よいでしょ?」


 失禁なんてワードが出てきて、心地良いわけがない。


「あのさ、鳥山さんもしかしてだけど……。俺のアプリ作った?」

「したわよ?」


 それがどうした?みたいな反応だ。


「そうかそうか。今日から広告が出ているのね。すっかり忘れていたわ」

「なんであんなものを?」

「そんなの、私があなたのことが好きだからに決まってるじゃない。それ以外に理由が考えられますか!」

「……」

「何よ。別に顔や下の名前を出してるわけじゃないんだから、プライバシー的な問題も全くないわ」

「そうだけどさ……」

「もちろん、アプリで稼いだお金は、全額慈善団体に寄付するわ」


 ……文句が言い辛くなってしまった。


「ゲームの内容にも自信があるのよ。ストーリーは虚○玄さんに依頼したし、音楽は野○洋次郎さん、キャラクターデザインも、ブ○キさんを筆頭に、カン○クさん、今話題のしぐれ○いさん……。完璧な布陣だと思わない?」

「いくらかかってるのこれ……」


 そりゃあ、動画サイトの広告に登場するわけだ。


「まぁまぁ。リリースを楽しみにしていなさい」

「……うん。じゃあ切るね」

「あっ、ちょっと待ちなさいよ。これから私、ランチを食べようと思うの、今流行りの咀嚼音ASMRを」


 俺は電話を切った。


 ☆ ☆ ☆


「おい、魚谷&ドラゴンやってるか?」

「やってるやってる!今始めたら、好きなSランクキャラももらえるんでしょ?」

「始めなきゃ損だよな!」


 ……リリースから、たった三日で、我が校もすっかり、魚谷&ドラゴンの支配下に落ちていた。


 ちなみに俺もやってみたけど、それが出来上がった経緯がどうでもよくなるくらいには、素晴らしい完成度のストーリーだった。


「おはよう魚谷くん。どうしたの?そんなところでかっこよく座って」

「自分の席にただ座ってるだけなんだけど……」

「そうやってまた自分のかっこよさを否定する!素直に受け取りなさいよ!面と向かってかっこいいって言われてるんだから!ね!」


 朝からプンプンなのは、いつも通りとして……。

 あのアプリの発案者だと考えると、なんだか会話しづらいな。


「すごいね鳥山さん。魚谷&ドラゴン。めちゃくちゃダウンロードされてるらしいよ」

「当たり前じゃない。私の魚谷くんへの愛が生み出した……。子供みたいなものだから」


 クリエイターたちがこの発言を聞いたら、どう思うだろう。


「実はね。アニメ化も決まったのよ」

「話が早すぎない?」

「私もそう思ったわ。だけど、どうやら本当らしいのよね。どう?魚谷くん。これ、私があなたを好きだからこそ、起きた出来事なのよ。わかる?」

「はい……」

「グッズも企画しないといけないのよね。あぁ忙しい。魚谷くんとの新婚旅行を妄想していたら、夜も眠れないくらいなのよ」

「妄想やめたら?」

「あなた……。それは死刑宣告よ?」


 今こうして、俺たちが会話している間にも、魚谷&ドラゴンはダウンロードされているのだろう。


 教室のあらゆるところから、同じアプリの音が鳴っている。


「そうだ魚谷くん。これが上手くいったから、次回作も考えないといけないわね」

「そうかもね」

「次は、魚谷くんをもっと全面的に出したゲームにしたいのよ。画面に登場した魚谷くんの体を擦ると、エネルギーが溜まって、相手に攻撃ができる……。みたいな」

「色々アウトだと思うよ」

「じゃあ個人的に作るから、あなたの裸の写真を送ってちょうだい」

「よくそんなこと真顔で言えるよね」

「これが超人気アプリ、魚谷&ドラゴンを発案した人間の余裕ってやつね」


 引くくらい的外れな答えが返ってきた。


 神はこの人に、ありとあらゆる才能を与えた後に、倫理観を全部根こそぎ引き抜いたのだと思う。

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