第775話 その態度はよくありませんよ

「お帰りなさい」


 玉座から立ち上がると両手を広げて歓迎してくれた。


 フィネは俺から降りると小走りで近づいて、今度はソフィーに抱きつく。


「パパを連れてきたよ!」

「良い子ですね」


 頭を撫でながら褒めている姿は普通の親子に見える。


 歩きながら左右の壁を見ると、人が隠れられそうな支柱や垂れ下がった布などがあった。なかなか豪華な見た目である。天井には大きなシャンデリアがあって、火がないのに青白い光を放っている。光量はあまりないため、全体は薄暗く隅のほうは暗い。


 小さな階段を登ってソフィーの前に立った。


「パーティーをすると聞いているんだが、何のお祝いなんだ?」

「私たちに関連することです」


 具体的なことは言われず、少しは考えろと言われたように感じた。


 俺とソフィーの誕生日ではないし、出会った日でもない。ダンジョンマスターになった日も違うし、同棲を始めた日でもない。記念と呼べるほどの特別な出来事はなかったはずだ。


「すまん。全く思い浮かばない」

「パパ。それはダメだよ!」

「え、あ、ごめん……」


 そもそもの話だが、そういった細かいことを覚えているタイプの男じゃないのだ。求める相手を間違っている……と思っているんだが、言い訳をしたらさらに怒られそうだと直感が教えてくれた。


「何でもいいから言ってください」

「えーと、そうだな。俺たちが島に移住した日、とか?」

「ぶっぶー。違います」


 外してしまい、ソフィーは頬を膨らませて不満そうな顔をしている。まだ怒ってないようだが、二回、三回と続いたらどうなるかわからない。かといって当てる自信はない。前にも後にも進めない状況だ。


 一人じゃこの試練は乗り越えられそうにないので助けを求めることにした。


「フィネはわかるのか?」

「もちろん!」

「ほう、教えてくれ」

「ダメー」

「ちっ」


 流れで行けるかと思ったのだが、断られたので舌打ちした。


「ラルスさん。子供に向かって、その態度はよくありませんよ」


 久々に怒りのスイッチを押してしまったようで、ソフィーが禍々しい魔力を放ちながら俺を見ている。


 俺からすると、まだフィネは敵のイメージが強く態度に出てしまう。我が子のように扱えとプレッシャーをかけられても困るんだが……。理解してもらうのは不可能だろうな。


「すまなかった。二人ともゴメン」

「いいですよ。ラルスさんだから許します」

「うん。パパだから特別に許してあげる」


 別の人間なら絶対に許さないとも受け取れる言葉だった。


「それで答えは思い浮かびましたか?」

「すまん。わからない」

「仕方ないですね」


 飽きられてしまったが、いってみればそれだけだった。素直に謝るのが正解だったようだ。


 暴走するようなことはなく落ち着いている。アンデッド化したソフィーは、当てられるなんて期待していなかったのかもな。


 なんだか少しだけ寂しい。これからは気をつけようか。


「クイズの答えですが、今日はフィネが生誕して一ヶ月記念の日なんですよ!」


 てっきり俺かソフィーに関することだと思っていたので、意外な答えだった。そうか。「私たち」の中にフィネまで含まれるようになったのか。


 ようやく少しだけ自分の子供なんだなと実感をもった気がした。


「普通は一年単位で祝うんじゃないか?」

「小さいうちは致死率が高いんです! ちゃんと一ヶ月生きてくれありがとうってお祝いしないとダメなですよ!」


 色々とツッコミどころはあるが、アンデッド特有の歪みであるため何も言えない。


 不要な魂を取り除いて精神が生前に戻ったら、こういった発言も減っていくのだろうか。誰もやった事がないので、実現してみるまで答えはわからない。


「そうだな。こんなちっこいフィネが頑張ってるんだから、祝ってやらないとな」


 推定7〜8歳ぐらいありそうな少女の頭をなでる。


 髪はパサパサとしていて潤いはないが、汚れてはいないので触り心地は悪くなかった。


「では、配下に挨拶をしましょうか」


 手を取られて玉座のある部屋から出て廊下を歩く。


 どこにいくのだろう付いていったらバルコニーにでた。眼下には広場があって、先ほど見てきたテーブルや料理がある。ゾンビメイドや執事スケルトンの他、防衛を担当しているアンデッドたちが整列していた。


 先頭にはヴァンパイアナイトが立っていて、俺たちの姿を見ると膝をついて首を垂れ、他も後に続く。


 一糸乱れず滑らかに動く姿は感動すら覚えた。


 各国の王も似たような光景を目にしているのであれば、権力に酔ってしまうのもわかる。平民よりも自分は尊い存在だと勘違いしてしまうのも無理はない。


「みんな、ラルスさんの声を待っています」

「ソフィーやフィネじゃなく、俺なのか?」

「はい」


 命令権なんて持ってないのだが期待されてし待っている。


 本当にアンデッドが俺の言葉を聞きたいのか疑問は残るが、何か言わなければこの場は終わらない。


 息を大きく吸い込みながら覚悟を決めると、大きな声を出す。


「我が配下たち! よくぞ集まった!」


 歓声ではなくダンジョンの入り口近くで大きな爆発が発生した。


 ここからでも土煙が見えるほどの規模だ。


「ソフィー?」

「侵入者です。数は……多いですね。数千はあって、今も増えています」


 ダンジョンへの侵略がはじまったようだ。人狼たちがこっちに迫っているのだろう。


「記念パーティーを邪魔するなんて許せません」

 

 殺意が暴走してしまったソフィーが転移しそうだったので、手を握って止める。


「落ち着け」

「でも!」

「フィネの誕生日を祝いに来てくれた客なんだから、盛大に歓迎してやらなきゃダメだろ?」

「!!」


 言いたいことは伝わったようで、殺意は急速におさまっていく。


「そうですね。ちゃんと歓迎しなきゃいけません。フィネ、玉座に戻りますよ」

「はーーい!」


 二人転移で行ってしまった。


 広場にいたアンデッドたちは慌ただしく動いて防衛の準備を進めている。


 俺も見ているだけじゃなく動かないとな。

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