第772話 恨みは俺じゃなく敵にぶつけろ
ポーションで濡らした布を貼り付ける日々を送り、ようやく火傷が完治した。
ベッドから出るとソフィーが怒るので、その間はずっと寝込んでいて体が鈍っている。鍛え直さないと。
体をほぐしてから家を出ると、集落の周りを走ることにした。
少し遅く起きたこともあって島民たちは畑仕事をしている。子供たちも手伝っているようで、大人と一緒に土を耕している姿が見えた。
人口が増えたので畑を拡大しているのだろう。
パッと見た感じ関係は良好そうだ。いがみ合っている雰囲気はない。
子供の一人が俺の姿に気づくと手を振ってくれた。
「ケガは大丈夫ですかーー?」
元気いっぱいな声だ。両手を振って存在をアピールしているので、伸び伸びと自由に過ごせていると思っていいはず。
進行方向を変えて声をかけてくれた子供のほうへ向かう。俺が近づいていると気づいたようで、他の人たちも集まってきた。
「もうよくなった」
意識して笑顔を作ると、声をかけてくれた子供の頭を撫でる。
「島には慣れたか?」
「うん! お腹いっぱい食べれるし、寝るところもあって毎日がたのしいよー!」
食事なんて魚とパンがメインで代わり映えしないメニューだ。寝床だって決してよいものじゃない。それなのに幸せそうな顔をしているのだから、これまで相当な苦労をしてきたことがわかる。
絶望ではなく希望をもって生活できているのであれば、昔のフィネを倒して島を奪い取ったかいがあったというものだ。
「にーちゃん。もう起きてだいじょうぶなのか?」
プリンクトも近くにいたようだ。クワを肩に乗せて顔を土で汚している。
「ゆっくり休んで完治した。それより島での生活に不便はないか?」
「ないよ。恵まれすぎて怖いぐらい」
「食事もか? 口に合うか?」
「もちろん! お代わりしても殴られないし、腹いっぱい食べられるからね!」
二人とも似たようなことを言っている。本当に困ってはなさそうだ。
「信じてよかったよ。にーちゃん。ありがとな!」
「これからも平和が続くことを約束する。安心していいぞ」
「わかった! でっかい畑を作って恩を返してみせるよ!」
指で鼻の下をこすってから俺に声をかけた子供を連れて、プリンクトは仕事に戻っていった。
先に住んでいた人たちも嬉しそうにしているのは、新しい変化が出たからだろう。閉鎖的な空気が和らいでいるのだ。
見捨てられない気持ちが先行して動いたことだったが、結果として全員が幸せになってよかった。
子供たちを見送ってから走りを再開する。気分が良いのでちょっと遠くまで行こうか。集落を離れて草原にできた小さな道を進むと、しばらくして海が見えてきた。風が潮の香りを運んでくる。
魔力で視力を強化して遠くを見ると小さな船があって、半裸の男が数人乗っていた。手には銛が握られている。海に飛び込んで魚を突いているのだ。腰には網状の袋がぶら下がっていて、採取したと思われる貝が大量に入っていた。
海流のおかげなのか、海に生息する魔物がいないので食料の調達は順調そのもの。
今日も食料に困ることはないだろう。
島には森もあるが、野生動物は鳥が中心で他の動物は存在しない。そのため狩りは積極的にせず、木材を集めるときに立ち寄るぐらいしかしていなかった。
みんな魚ばかりじゃ飽きちゃうだろうし、そのうち猪や鹿を転移魔法で連れてきて繁殖させるのも悪くはないか。
「だがそれも、ヴァレーたちを倒してからだ」
声に出して気持ちを戦闘モードに切り替えた。
敵はダンジョンマスターとプロイセン王国、教会の合同軍である可能性があり、フィネとアンデッドナイトたちだけじゃ戦力が足りない。俺も黒騎士として活躍する必要はあるだろうが、魔力の総量が減った今の体じゃ少し不安だ。
ソフィーにつけてもらったアンデッドの腕をなでる。
素材となった男は凄腕の冒険者だったらしい。一人で行動しているところを強襲して殺したらしく、彼には申し訳ないことをしたなと謝罪すると同時に感謝もしている。
アンデッド化した腕を通してギフト能力を使うと、性質が歪んで新しい能力が発揮できるのだ。
まだ鉄やミスリルの剣でしか試したことないが、呪われていたことまでは確認している。それ以上は恐ろしくて試してなかったのだが、誰もいないここなら心置きなく練習できる。
左手に炎の剣を創造した。
刀身は波のようにうねっていて真っ直ぐに伸びていない。赤黒い線が走っていて血管のように脈動している。まるで生きているようだ。
生者を呪え、この世を悲劇で満たせ。
脳に直接、メッセージが叩き込まれる。
心が憎悪に染まりそうになりながらも必死に耐え、剣を前に向ける。
「恨みは俺じゃなく敵にぶつけろ」
気合いでねじ伏せて力の一部を開放させると、周辺は呪いによって植物すら生えない場所になってしまった。地面に隠れていた昆虫すら死んでいる。恐るべき殺傷能力だ。
心なしか体力は回復しているように感じるのは、他者の生命力を奪い取ったからだろう。
これがあれば永遠に戦えるかもしれないな。
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