第771話 子供たちを任せた

 孤島に戻ってから全身の火傷を治療するため、家に戻ると回復用のポーションをかけられた。ダンジョンの機能では作り出せないため町でこっそりと買った低品質なものであり、即座に完治するほどの効果はない。


 聖剣を創造して『ヒール』を使おうとも思ったが、ソフィーは自分で治したいと言われたので止めておいた。


 これは俺の妄想かもしれないが、聖女だったころの気持ちが僅かでも蘇っているのであれば尊重してあげたいと思ったのだ。


 回復用ポーションは一日に何度も使わなければならず、直接肌にかけるだけじゃ非効率的で時間がかかってしまうので、ソフィーは効率的な方法を生み出す。


 清潔な布に回復ポーションをつけて火傷した箇所に貼り付け、ほぼ全身に包帯を巻いてくれる。俺の治療を他人にさせたくないみたいで、島民からの助けは拒否して作業はすべてソフィーがしてくれた。


 聖魔法は使えなくなったが知識や経験は残っているので、治療自体はスムーズずに進み、我が家のベッドに運ばれると寝かされてしまった。


「重傷なんですから、ラルスさんはしばらく動かないでください」


 ちょっと心配しすぎじゃないかと思ったが、あまりにも真剣な顔をされてしまったので反論はできない。


「子供たちはどうするんだ?」

「私が案内と紹介をします」


 生前はともかく今のソフィーに任せて大丈夫だろうかと疑問に思ったが、表情から決して譲らないという強い意思を感じ取った。


 否定してしまったら何をするかわからない。かといって無条件で任せたら大問題が発生するかもしれない。


 即答は難しいな。


 どうするか悩んでいると手を握られた。


「ラルスさんを傷つけた人狼どもを殺したい欲求を抑えているんです。そんな私を信じてもらえませんか?」


 俺の願望がそう思わせているのかもしれないが、濁った瞳の中に僅かであるが理性の光がともっているように感じる。


 目だけを動かして、部屋の隅で不安そうにしている子供たちを見た。


「にーちゃん。俺たちなら心配いらねぇよ」


 プリンクトは強ばった顔をしながらも笑顔を作ってくれた。


 こんなに気づかわれるなんて初めての経験だ。不覚にも感動してしまう。


 ソフィーがアンデッドクイーンになってから、誰にも頼らず自分でなんとかするしかないと思って行動してきたが、少しだけ肩の力を抜いていいのかもしれない。


「わかったよ。子供たちを任せた」

「はい。他の人たちと仲良くできるよう頑張りますね」

「頼んだ」


 張り詰めていた緊張から解放されると、全身が酷く疲れていることに気づく。再生中の肌はピリピリとした痛みを放っていて不快感がある。


 体が休息を求めていて意識を保っているのも限界だ。


「少し寝る」

「はい。ゆっくりと休むんですよ」


 頭を優しく撫でられると、ソフィーは子供たちを連れて部屋を出て行った。


 バタンとドアが閉まると鍵がかかる。


 誰も入れないようにしたのだろう。俺を守るためなのか、それとも誰にも触れさせたくないという独占欲の表れなのかわからないが、他人に迷惑をかけてないので些細な問題だ。今は気にするべきことではない。


 首を動かして二階の窓から外を見る。


 広場に数少ない島民が集まっていて、中心にはソフィーと助けた子供たちがいる。畏れを抱いているように見えるが平和に進んでいるようだ。


 暴走していない。

 安定している。


「魂が思考……精神に影響しているのか?」


 それこそスラム街の住民すら知っている概念である魂だが、詳細は誰もわかっていない。存在を疑う人だっているぐらいなのだが、新しいフィネという存在を知った今だと、俺は確かにあると信じている。


 アンデッドになった体は不可逆で決して生者に戻ることはない。

 しかし、歪められた魂はどうだ?


 答えはわからない、だ。


 誰も確かめたことがない。だからこそ検証する価値があると思った。


 目標は明白だ。混ざり合ってしまったカーリンとシェムハザの魂を分離してソフィー単体にすること。そうすれば魂の歪みは解消されるだろう。また可能であれば反転してしまった魔力も戻したい。自分勝手な思い出はあるが、ソフィーには聖魔法が似合うからな。


 魂のほうは既に『シンセンス・アンデッド』魔法で実現可能だとまでわかっているのでクリアしているが、精神の歪みについては、まったく見当が付いていない。


 情報があるとしたら聖魔法の使い手が集まった教会か、一般には公開していない禁書を集めている魔法ギルド辺りか?


 ダンジョンに引きこもっていたら前には進めないので、今回のトラブルが終わったら調べてみるか。


 状況が整理でき、新たな目標ができたので、早く動き出したいと体はうずうずしているが、さすがに今動き出すのはマズイ。殺し損ねたヴァレーたちは間違いなくヤンのダンジョンを襲ってくるだろうから、調査の前に脅威を排除しておく必要があるのだ。


 プロイセン王国側の人間と手を組んでいるのであれば、国家間の調整も必要になるので火傷を治す時間ぐらいはあるだろう。



 考え事をしている間に子供たちは無事に島民たちに渡され、案内を始めたようだ。


 一仕事終えたソフィーは転移魔法で島から去って行く。ダンジョンにでも行っていって、フィネに状況を共有するのだろう。


 防衛計画は二人に任せておけば安心だ。


「ふぁ~~~」


 眠気が最高潮に達した。


 一眠りしよう。


 体はボロボロだが心は久々に心は軽い。


 ゆっくりと瞼をおろして、窓から差し込む太陽の温かみを感じながら眠りに落ちていく。


 よい夢が見られそうだ。

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