第770話 もう、大丈夫ですよ
「さっきまでの勢いはどうした? 反撃してみろよ!」
ヴァレーの猛攻にソフィーは『魔法障壁』を使って身を守っている。敵はただ殴って蹴っているだけなのだが、一発一発が重い。『魔法障壁』に当たると半透明の膜が大きくゆがみ、ヒビが入っている。反撃なんてする余裕はない。ソフィーは壊れないように修復をしているだけ。
思っていたとおり接近戦になるとヴァレーのほうが有利である。
手下の人狼どもは俺のほうに来ている。怯えは見えない。倒せるとでも思ったようだ。
「甘く見られたもんだな」
生きている人類の中で唯一、複数のダンジョンマスターと戦って生き残ってきた男だぞ。人狼ごときが勝てるなんて思わないで欲しい。
俺の中で眠っていた冒険者としての小さなプライドが舐められるなと訴えかけてくる。
結局の所、根っこの部分は村を飛び出したときと変わってないのかもな。粗野でメンツばかりを気にする、その日暮らしの冒険者だ。バウルのことは笑えないな。
「焼き尽くしてやるよ」
魔弓を消して炎の剣を創造する。
一瞬だが目眩を感じた。魔力切れの兆候なのだが早すぎる。
ギフト能力を多用したからといってもまだ少しは余裕あるはずなのだが、体は限界が近いと訴えていた。
経験からくる予測と現実に乖離が出ている。
加齢によって肉体が衰えてしまうのは常識だが魔力は違う。逆に上がっていくことすらあるのに、俺の総量は減っているようだ。
原因は気になるが今は戦闘中。思考を中断して『エネルギーボルト』を放ち、人狼の足止めをしながら炎の剣に魔力を注いでいくと刀身が熱を持った。
肌がヒリヒリして痛い。
こんなことになるなら戦場で再会したローザに『ウォータープロテクト』の魔法を教わればよかったな。後悔しながらも創造のギフトが教えてくれたとおりに、剣を前に突き出す。
『敵を焼き尽くせ』
過去、巨大スライムを飲み込んだ炎の竜巻を発生させるワードだ。
前回ほどの魔力は込めていないので威力は半減以下だが、人狼どもの毛皮は瞬時に燃えて肉の中まで焼けて黒くなって炭になった。
余波は俺のほうにも届いていて『魔法障壁』を突破して肌を焼いていく。刺すような激しい痛みだ。
子供たちはなんとか守り切れたようだが、こっちはもう限界だ。ギフト能力を解除して膝を突く。魔力はほぼ尽きていて頭はクラクラするが、気絶なんてしてられない。なんとか意識だけは保っている。
ソフィーたちを見ると、お互いに距離を取ってこっちを向いていた。
突如として発生した炎の竜巻に驚いて、ヴァレーは警戒しているようだ。
「撤退だ! 全員まとめて逃げるぞ!」
「でもアイツらはラルスさんを傷つけました。報復を……」
「そんな余裕はない! 俺の状態をよく見ろ!」
叫んだことによって痛みはさらに増してきたが、苦労した甲斐はあったようで、憎しみに囚われかけていたソフィーの表情が変わった。
転移して俺の隣に来ると怪我の状態を見る。
「酷い火傷です。すぐに回復魔法を……あっ」
アンデッドになったことで属性は反転している。呪いや暗黒魔法系しか使えないソフィーでは、俺を回復させる手段はないのだ。ダンジョンに戻れば火傷に効く薬草や回復系のポーションがあるので、復讐を考えずに撤退を選択してくれるだろう。
「子供たちもまとめて頼んだぞ」
「……わかりました」
集団を転移させるため魔法陣が地面に浮かぶのと同時にヴァレーが動き出した。
「逃がすか! ここで死ねッ!!」
配下を全滅させられて激怒しているのか、狼の顔を歪めながら走ってきている。
転移するよりも早くこちらにきそうだ。
「それは私も同じです。本来なら何も残さず殺してあげたいのですが……今はこれで許しましょう」
百を超えるアンデッドが召喚されるとヴァレーに襲いかかった。
腕を振るっただけでスケルトンの骨は砕け、レイスは霧散して消える。圧倒的な戦力差によって恐るべきスピードで数を減らしていくが、足止めには成功した。
「転移します。もう、大丈夫ですよ」
優しく包み込むような声は昔のソフィーそのままだ。痛みによって意識が途切れかけているせいか、金髪で生気のある肌をしている姿を幻視してしまった。
「逃げるなぁぁぁぁッ!!」
まだ本気を出していなかったようで、アンデッドを消滅させるスピードが上がった。口を開くと炎のブレスまで吐いている。知らずに戦っていたらまともに食らってしまっていただろう。
「さすがダンジョンマスターだ。強い」
「全力さえ出せれば私たちの敵ではありません」
「そうだな」
特にソフィーは子供を守るために魔力を抑えて戦っていた。遠慮なく暴れる環境であれば、この場で倒せていた可能性まであるので事実として言ったのだろう。
ヴァレーが拳を前に出すとスケルトンが吹き飛んで道ができてしまった。一直線に走ってくる。
しかし転移のほうが早くたどり着く前に発動し、景色が一変した。
周囲は見慣れた草原だ。近くに小さな集落がある。
全員生きて孤島に戻って来られたんだと実感した。
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