第769話 ですが無駄な努力です

「誰かを守りながら戦うのは久々ですね。心が躍ります」


 ふんわりと宙に浮いたソフィーは魔力を溜めている。禍々しさを抑えていることもあって、近くにいる子供たちは多少の恐怖を覚える程度で済んでいる。本気を出してたら泡を吹いて死んでいただろうから、彼女の気づかい、優しさ、といったものが感じられた。


 俺は右手に魔弓を創造して人狼が近づくのを待ちながら、声をかける。


「怖いからと言って離れすぎるなよ。守れなくなる」

「わ、わかった」


 まだ幼い仲間を抱きしめながらプリンクトは、しっかりとした態度で返事をしてくれた。これなら慌てて逃げ出すことはないだろう。


 あとは時間を稼いでいる間に相談が終わって賢明な判断をしてくれることを祈る。


 前を向くと人狼の姿が見えてきた。他にも銀色の毛皮をした狼や大きな虎、犬耳と尻尾が生えている人間の姿もある。


 獣と人間の要素を組み合わせた獣人とでも名付けようか。人体を改造してつけたのだろう。俺たちほどじゃないがヴァレーもダンジョンマスターらしく、命をもてあそんでいるようだ。


 これなら遠慮なく戦えそうだ。


「俺が先制攻撃する。守りと撃ち漏らしたヤツらの対処を任せる」


 返事を待たずに弦を引くと魔力で矢が作られる。


 獣人たちは立ち止まって弓を構え、人狼と動物型の魔物はそのまま走っている。あのペースじゃ、味方の矢が届く前にこっちへきてしまうぞ。肉体的な能力は驚異的だが集団戦には慣れてないように思える。


 接敵される前に弦から指を離して矢を放つ。


 途中で分裂すると前を走っている狼と虎に突き刺さり、地面に転がる。後ろにいる個体は跳躍して乗り越えてくるが、すぐさま第二射を放っていたので回避できずに矢が刺さり、着地と同時に転倒した。


 獣人が矢を上空に向けて放った。狙いは正確で俺たちがいる場所へ落ちてくる。子供たちも同時に狙っているようだが、当たる寸前でソフィーが『魔法障壁』を発動させて守り、さらに真っ黒な槍を数十本生み出した。


『ダークランス』


 同時に放たれると動物型の魔物を通り過ぎて、後方にいる獣人たちちへ突き刺さる。頭を貫かれて即死する個体もいたが、狙いが甘くて当たらず地面に突き刺さったものも多い。


 だがこれは、あえてそうしたようだ。


 黒い槍が突き刺さった地面が黒くなり急速に広がっていく。近くにいる獣人たちは苦しみ始めた。


「何が起こったんだ?」


 近づいてくる敵を矢で射りながらソフィーに聞いた。


「呪いが地面を伝わって浸食しているんです。全身が引き裂かれるような痛みで動けないはず。もう遠距離からの攻撃は心配ありません」


 だろうな。あの調子じゃ獣人たちは動けない。


 矢によって動物型の魔物は数を減らしているが主力の人狼は無事だ。連戦が続いて魔力が大きく減っているので、ソフィーの力を借りよう。


「召喚魔法はいけるか?」

「もちろんです。配下を呼び寄せます!」


 前方に魔法陣が浮かび、スケルトンナイト、レイスといったアンデッドが出現する。


 敵のダンジョン内であれば無効化されてしまっただろうが、範囲から出ている場所ならこういった方法も使えるのだ。


 アンデッドたちが人狼に襲いかかる。単体の能力は敵の方が高く、腕を振るだけで骨が粉々に砕けていく。一方的にヤられてはいるが、倒すために戦っているわけじゃないのでこれでいい。


 余裕ができたのでヴァレーの姿を探すと外壁の上にいた。腕を組んで立っていて、こちらを見ている。動くつもりはなさそうだ。


「俺たちの能力を調べているのか。思っていたより頭を使う」

「ですが無駄な努力です。この場で見せる力なんて知られて困るものなんてないんですから」

「そうだな」


 ギフト能力ぐらいは隠してもよかったかもしれないが、ダンジョンマスターが相手では仕方がないと諦めている。フィネやヴァンパイアナイトは見せてないので、良しとしておこう。


「それより、まだですかね。そろそろ足止めも限界です」


 後ろを見たソフィーは心配そうな顔をしていた。


 足を引っ張られているのに苛立った様子はない。


 やはり、精神が変わっている。


 もしこれがフィネに魂の一部を分けた影響であるなら、また同じ魔法を使ってカーリンやシェムハザの魂も取り除けるかもしれない。


 これは大いなる希望だ。


 諦めに支配されていた俺の心に火が付く。まだやれることは残っていたのだ。


 持ち場から離れてプリンクトの前に立つ。


「結論は出たか?」


 周囲の子供たちの反応を見ても、体が震えていて身を寄せ合っているだけ。充分に話し合ったようには見えない。


 この期に及んで先延ばしにするのであれば、残念だが見捨てる選択も視野に入れる必要もありそうだ。


「島に行ったら僕たちは殺されるの?」


 聞いてきたのはプリンクトが手を握っている少女だ。


 恐怖で震えているのにしっかりと俺の目を見ている。透き通った瞳をしていて、心の内まで暴かれた気分になった。


「そんなことはない。島で働いてもらうが、当面の生活は俺が面倒を見る。安全だって約束しよう」

「…………お仕事は何をするの?」

「畑仕事だ」

「誰かを騙したり、殺したりしない?」

「もちろんだ。そういった犯罪は絶対にさせないし、されたら俺に言ってくれ。必ず守る」


 少女はプリンクトの手を引っ張って耳打ちをする。何を言ったか聞こえなかったが決意した顔になった。


「わかった。にーちゃんを信じる」

「その決断、絶対に後悔させない。任せろ」


 さっさとこの場から立ち去ろう。ソフィーのほうを見るとヴァレーと戦っていた。


 結論を出すのが少し遅かったみたいだ。

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