第768話 ソフィーと決闘?

「魔王ソフィーだ……」

「いや、こないで!」

「ナージャ、逃げるぞ!」

「まて! 行くな!!」


 バロルドが法衣服をきた女性――ナージャの手を取って離れようとしたが、貴族の男が行く手を阻んだ。魔力で身体能力を強化しているのか、二人は振りほどけないでいる。


 あの状態ならしばらく放置してもいいだろう。


 問題は人狼どもだ。さっきまで執拗に追っていた俺のことなんて忘れ去っているようで、牙をむき出しにしてソフィーを睨んでいる。特にヴァレーは同じダンジョンマスターということもあってライバル心が大きいようで、周りなんて見えてなさそうだ。


 ヴァレーは近くにある大きな瓦礫を持ち上げてソフィーに向かって投げると、『魔法障壁』で防いだ。攻撃されたというのに視線は俺に向いたまま。他には興味がないといった態度が人狼立ちを苛立たせている。


「邪魔が入ったのでもう一度聞きます。何をしていたんですか?」

「敵地で侵入調査をしていたんだ」


 自分としては嘘をつかず、簡潔に事実を伝えた満点の回答だと思ったのだが、ソフィーは頬を膨らませて不満そうにした。


「ずるいです。私も誘ってください」

「無茶言うなよ。ソフィーがいたらすぐに正体がバレてしまうだろ」

「確かにそうなんですが……」


 まだ納得してないようだ。説得する時間はないので、無駄な会話は早く終わらせないと。


「次は一緒に行動しよう。それで許してくれ」

「わかりました」


 ようやく納得してくれたのか不満そうな気配は消えた。


 宙に浮いたまま、俺に近づくと抱きついてくる。


 髪から花の香りがした。アンデッドになっても手入れは欠かしてないようである。


「敵の計画は判明したんですよね?」

「ああ。ヴァレーという人狼のダンジョンマスターと、あそこの貴族が俺たちのダンジョンを攻めようと計画しているみたいだ」

「他の人たちは?」

「巻き込まれただけだ。殺したくはない」

「ふふふ、そういう所は相変わらずですね」


 耳に唇が近づいて軽い口づけをされるとソフィーは俺から離れて、ようやくヴァレーを見る。


「貴方が私のダンジョンを襲うとしている愚か者ですか?」

「だったらどうする。決闘でもするか!」


 ソフィーは魔法が主体なので接近戦はさほど強くない。一対一の戦いは不利である。また配下を使って俺を追い詰めようとしたヴァレーが、正々堂々と決闘をするなんて思えず、話に乗るわけにはいかなかった。


「ソフィーと決闘? するわけない!」


 魔弓から炎の剣に武器を変えて横に振るう。たいした魔力は込めてなかったので誰も燃えてないが、近づいていたヤツらは後ろに飛んで離れてくれた。


「ここは相手のダンジョン内だ。倒しても新しい配下はすぐに生まれてくる。外に行くぞ」

「はい!」


 俺を抱きかかえるとソフィーは宙に浮いて外壁を乗り越えて外へ出た。


 もしここもヴァレーの支配下であれば、森全体がダンジョンと言うことになるが、さすがに範囲が広すぎる。ここまでくればダンジョンから出たと思っていいだろう。


 空から逃がした子供たちの姿が見えた。数メートル離れた場所に身を寄せ合いながら座っている。全員、ヴァレーの背教になった町の方を見ているので、俺のことを待っているのだろう。


「少しだけ島民を増やしてもいいか?」

「私に聞くときは、だいたいラルスさんの気持ちは決まっていますよね」

「いや、まぁそうなんだが……ソフィーが嫌がるならやめるぐらいの決意だ。どうしたい?」

「素直に従うなら向かい入れてもいいですよ」

「ありがとう。それじゃ彼らを回収するから魔力は抑えてくれよ」


 人狼たちがすぐに追ってくるだろうから時間はかけられない。


 子供たちの前にソフィーと共に降り立つ。


「にーちゃ…………ん?」


 褐色の肌に白髪のソフィーを見て、プリンクトの動きが止まった。他の子供たちも怯えた顔をしていて近寄ろうとしてこない。


 外に発する魔力を抑えているのにもかかわらず、禍々しい気配を感じ取っているのだろう。


 少しでも威圧感をなくすため、しゃがんで子供たちの目線にあわせる。なるべく優しい声が出るように意識しながら口を開いた。


「君たちには選択肢がある。一つは自分たちの力だけで森から脱出する方法だ。森に住む猛獣や人狼の追跡を振り切って逃げるわけだから生存の可能性はかなり低い。恐らく全滅するだろう」

「にーちゃんは一緒に来てくれないのか?」

「迎えが来てしまったんだ。俺が住む島に戻らなければならない」


 俺と話しているプリンクトはソフィーを見た。


「気づいていると思うが彼女は人間ではない。だが、一緒に暮らすことはできる。そこでもう一つの方法を提案したい。俺が住んでいる島にこないか?」


 即答はできないようで後ろにいる子供たちの反応を見ている。


「相談してもいい?」

「時間はあまりない。人狼どもが来る前に答えが出なければ置いていく。それでよければ話し合ってくれ」

「うん」


 小走りでプリンクトは仲間の場所に戻って話し合いを始めた。


 外壁の破壊音がしたので聞き耳を立てる所じゃなさそうだ。


「ダンジョンの外なら対等以上に戦える。少しだけ時間を稼がないか?」

「相変わらず優しいですね」


 嫌みではなく賞賛として言ってくれた。


 フィネを作りだしてから少しだけ性格が柔らなくなった……いや違う。本来のソフィーに近づいている気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る